竹心の魚族に乾杯

Have you ever seen mythos?
登場する団体名、河川名は実在のものとは一切関係ございません。

予測と罰記憶

2010年05月03日 12時34分12秒 | 竹田家博物誌
潮干狩りは楽しいです。けれども何度か行くと飽きてしまいます。魚釣りの方は何度行っても、「また行こう」という気になります。この違いはなんなんでしょう? 考えてみれば不思議ですね。

アサリは逃げないので同じ場所に行けば同じように獲れますけれども、魚の場合は移動しているので今どこにいるのかを予測しなければなりません。こうしたことが関係しているのでしょうか?

・・・・・

さて、眼を持った生物は脳がでかいです。これは、「予測」という機能が大きく関係しているかもしれない、ということをこれまで見てきました。
例えば「記憶」をとってみても、これに「予測」という要素が入るだけで途端に量的にも質的にも高いものにならざるを得ないわけです。それくらい、「予測」というものが重要な要素だということです。

人間自身も普段無意識に「予測」を行っていて、それが判断や好みに大きな影響を与えているわけです。だとすれば魚だって似たようなものがあってもおかしくないはず。人間で言うと「うまくいった」時とか「思い通りになった」時に「やったー!!」「うれしい!!」という感覚があるわけですけれども、魚や動物にもこうした感覚があるのでしょうか。さらにあるとすればどのような機構によって実現されているのでしょうか?

調べてみると、なんと、ドーパミンシステムには、「罰記憶」という仕組みがあるのだそうです。ドーパミンというのは「快」物質のわけです。どちらかといえば「不快」のカテゴリーに属するヒスタミンではなくて、「快」のドーパミンのシステム自体でどうやって「罰」を実現しているのでしょう? これは一見すると不可能なように思えますが…。

現在までに、ドーパミンの発火パターンには2種類があることが分かっているそうです。

ドーパミン細胞はトニック発火とバースト発火という異なる2つのパターンを取ることが知られている。トニック発火はドーパミン細胞にみられる一定間隔で起きる自発発火であり、細胞内に備わっているイオンチャンネルによるペースメーカーコンダクタンスによるものである。そのため、外部からのシナプス入力にはよらず、そのような入力が遮断されているin vitroのスライス条件下においてもトニック発火は観察される。バースト発火は一過性の非常に短い間に起きる連続した3~5つの活動からなる。自発的なトニック発火とは異なり、バースト発火は外部からの興奮性入力によって引き起こされることが知られている。*


一つは、何か好ましいイベントを感知した際に起きる「バースト発火」。これはごく当然のように思えますけれども、もう一つは、常に一定の周波数で起きている「トニック発火」です。そんなものが本当にあるのかと思うのですが、これが本当によく注意しないと感じられないわけですけれども、何かのきっかけでそれが崩れたりすると、ちょうどベースやドラムが突然途切れたかのように、その存在に気付くわけです。

そしてこのドーパミンのトニック発火が途切れると、もちろん生物体は“困る”わけですけれども、何かのきっかけで「途切れさせる」ような意図的な回路が備わっているというのです。それはどういう時なのでしょうか?

ドーパミン細胞のバースト発火は予期していない報酬(例えば、果物などサルの好物)、またはそのような報酬を予期するような感覚刺激が動物に提示された時に引き起こされる。一方、予期していた報酬が逆に提示されなかった場合や嫌悪的な刺激(例えば電気刺激などの痛み)が与えられた場合、ドーパミン細胞にみられる自発的なトニック発火が一時的に抑制される。*


つまる所「学習」のために、トニック発火を一時的に抑制する仕組みが脳の中にあるということです。嫌悪的な刺激ということですから噛みつく、体当たりするなどの攻撃をされた時がそうでしょう。また、報酬が提示されないケースというのは、捕ろうとしていた獲物が別な個体に横取りされた時とか妨害された時がちょうど当てはまるのではないでしょうか。そのような時に「予測―イベント」が達成されなかったという判定を視覚・海馬系のシステムと連動して起こすというふうに考えられます。「違うぞ、違うぞ、意図したものと違うぞ。」というわけです。

ですから、ひとつは、トニック発火を遮断されるような状況に遭遇した時に、それが何を意味するのかに依らず、動物はそれをともかく「罰」として記憶する可能性が考えられます。


もう一つ、これとは別にドーパミン細胞を抑制してしまうようなメカニズムも考えられていて、文章を引用すると長くなるので図を見てほしいのですが、前頭前野系のドーパミンシステムと海馬系のドーパミンシステムとは互いに相反的に機能しているというものです。


(*この図の出典も下記)


前頭前野ですから霊長類に特有のものなのでしょうけど、これなどは、「ずっと抱き続けている願望」がある場合、それは視覚・海馬系の強化ということですから、前頭前野の活動、つまり何か本質的な対策を考えたりということが、はっきり言って「邪魔」でしかないと感じられるわけです。なぜならせっかくドーパミン細胞の活動が活発になっているのに、「考える」ことによって不活発にしてしまうからです。そういうことだと思います。

私たちは「うざい」という表現をよく使うわけですけれども、「うざい」というのは、こんがらがった糸とか、汚れの付着したもの、膨大な文字や文書に目を通さなければならない時とか、長いスピーチなどに直面した時にポッと出る言葉ですけれども、こういうことも考えてみると面白いテーマです。


さて、こうした「罰」と「報酬」とを上手に記憶して自分の行動に役立てるという仕組みですけど、例えばショウジョウバエですと幼虫の段階からすでに持っているそうです。ハエの幼虫は、眼はありますけど、もちろんまだ充分に発達していないので「予測」が行動にそれほど寄与していません。ですから「罰記憶」の仕組みがよりピュアな形で現れていると言ってしまってよいでしょう。

それが蛹になり成虫になると、今度は交尾する相手を見つけたり、卵を産み付ける場所を探さなくてはなりませんから、どうしても「予測」というものをふんだんに活用しなくてはならなくなります。

するとそれまで幼かった「罰記憶」の仕組みに、新たに「予測」が入ってくることになるはずです。すると自然な成り行きで、自分が予測した結果について罰記憶の仕組みを適用することになるでしょう。
そして予測が不成功に終わった時、その時まさに「罰」が発動することになるでしょう。そのぶんだけハエは不成功に終わる「失敗する」ことを避けようとするでしょう。
それとこれまで見てきた「欲求や願望を増強する作用」が実際にあると仮定すると、目的とするイベントが生じた際にその報酬が強められるということと、その増強されていく報酬に向けて、そしてその目的とする願望に、自身がますます強く惹き付けられるという2つの作用が生じることになります。

予測が的中した場合、期待や願望を抱いて為した行動が成功裏に果たされた場合は「解放感」、そうでなかった場合は「罰」というふうになってくるでしょう。


そういうふうに見てくると、冒頭の「やったー!!」「うれしい!!」がちょうどこうした作用に当てはまっているということが納得できます。

逆に言うと魚釣りは、潮干狩りと違って、思い通りに運ばなかったり、期待を裏切られたりする。だからこそ余計にハマっていくということになるのかもしれませんね。




* 「実験医学」増刊『神経回路の制御と脳機能発現のメカニズム』(2008年)

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