「『パラサイト』と『ダーウィンの悪夢』」 『ダーウィンの悪夢』その後5 関川宗英
2011年秋、アメリカで「ウォール街占拠運動」が起きた。スローガンは「我々は99%だ」。当時のアメリカは格差が広がり、1%の富裕層が国全体の所得の25%を受け取り、富の40%を保有していたという。若者たちはウォール街を1%の富裕層の象徴とみたて、抗議に押し寄せた。この活動が、「ウォール街占拠運動」だ。
2018年にはフランスでは「黄色いベスト運動」が起きる。マクロン政権の環境保護を目的とする燃料税の引き上げがきっかけで、郊外や地方で生活する低所得者層の強い反発を招き、そのうねりは全国規模のデモへと拡大した。この抗議活動も、格差の拡大する現実がもたらしたものだ。
1%の富裕層と、富を奪われる99%の人々。格差は2020年の今も拡大している。格差はなぜ拡大し続けるのか、グローバリズムがその要因の一つであることは間違いない。
「トップ1%の最上位層が、自分たちに都合よく市場のルールをゆがめることで莫大な利益を手にし、その経済力で政治と政策に介入した結果、格差が拡大した」と、アメリカの経済学者ジョセフ・E・スティグリッツは書いている。
そもそもグローバリズムは、自由貿易の理念を出発点とするものだ。保護主義を超えて、モノやカネが自由に行きかえば、良い製品やサービスが市場に供給される。第2次世界大戦が極端な保護主義の結果生まれたという反省から、自由貿易は世界経済活性化のための基本的な政策となってきた。
自由貿易とはいっても、市場経済の発展を目指しながら、政府はその行き過ぎは是正するというのが、先進国の「グローバル・スタンダード」だった。ところが、1970年代以降の低成長と、その後のサッチャー英首相やレーガン米大統領に代表される保守(反)革命によって、世界的に政府介入否定論が勢いを増すことになる。グローバリズムの台頭である。
ピケティは、こうした英米発の市場万能論が新しいグローバル・スタンダードとなったことで、一旦縮小した所得・資産保有格差が昨今、先進国で拡大していると『21世紀の資本』で訴えている。そして、このままでは、第一次大戦前の極端に不平等な時代に戻ってしまうと警告している。
『ダーウィンの悪夢』が発表された2004年当時、グローバリズムが格差を拡大させていると世界的な議論になっていた。
1998年韓国経済危機、2001年アルゼンチン経済危機、世界にグローバリズムの歪みが顕現化していた。そして、2001年7月イタリアジェノバG8には30万人もの人々が反グローバリズムを訴えてデモを繰り広げている。
阿部賢一氏は、ザウパー氏の映画を「ヨーロッパ人受けのするストーリー」と批判したが、そのストーリーとは「反グローバリズム」のことだろうか。だとするなら、阿部賢一氏は新自由主義的な立場から、ザウパー氏の映画を論難するレポートを書いたことになる。
2020年2月、『パラサイト』がカンヌパルムドール賞に続き、アカデミー賞を受賞した。その監督ポン・ジュノ氏は言っている。「水は上から下に流れ、決してその逆には行きません。そして貧しい人々は洪水で沈むんです」と(*1)。
効率性の価値で人を測るような人より、貧しい人々、社会的弱者に痛みを感じている人を、私は信じる。
(「ドキュメンタリー映画はフィクションだ」 『ダーウィンの悪夢』その後6 最終回 に続く)
*1 https://bunshun.jp/articles/-/25011