明日よりいよいよ「名もなき生涯」が公開になります。
年が明けてまだ一ヶ月ちょっとですが、早くも私の今年のベスト1候補です。
第二次世界大戦時、ドイツに併合されたオーストリアで、ヒトラーへの忠誠と兵役を拒絶し、ナチスに加担するより自らの信念に殉ずることを選んだ、フランツ・イェーガーシュテッターという実在の農夫、まさに歴史の中に埋もれた名もなき一人の短い生涯を描いた作品です。
監督は、30代で撮った「天国の日々」でカンヌ国際映画祭監督賞を受賞したあと哲学の教授になり、映画界から遠ざかって沈黙を守り、20年後に「シン・レッド・ライン」で復帰するというこれまた哲学的な人生を歩んできた巨匠テレンス・マリック。
その「天国の日々」では、マジックアワー(日が沈んで夜になるまでのわずか20分程度の日暮れの時間のことで、光が柔らかく人物や風景が劇的に美しく見える)と言われる時間帯にほとんどが撮影され、この撮影方法が以降の映画界に多大な影響を与えたと言われているように、マリック監督の作品は映像の美しさが半端ではありません。
この「名もなき生涯」でも自然そのものと自然の中の環境が、映画のサブテーマにもなっています。豊かな自然をたたえた山と谷に囲まれた小さな村の畑を耕しながら、静かに生きてきた無名の人々のところにナチスドイツの影が少しづつ広がってくる。妻とちいさな子供たちと貧しくても、平和な日々を生きる小さな幸せに包まれていた主人公の魂は、自然光で捉えられたその風景が美しければ美しいほど、痛みを伴っていく。それは深い心の闇の旅ともいえます。
プロデューサーのグラント・ヒルはマリック監督が、この実在の物語のどこに惹かれたのかとの問に答える「驚くべき不屈の愛の物語だ。群集心理や人が何かに駆り立てられる根源を掘り下げ、信念と良心のために限界まで見つめる。これはいつの時代にもあてはまる献身と愛と寛容の壮大な物語だ」と。
この作品の美しさ、素晴らしさは映画館のスクリーンでないと味わうことはできないと断言します。ぜひご覧ください。
2020/2/20 シアターキノ 中島洋