「キンセン」 谷川俊太郎
「キンセンに触れたのよ」
とおばあちゃんは繰り返す
「キンセンて何よ?」と私は訊く
おばあちゃんは答えない
じゃなくて答えられない ぼけてるから
じゃなくて認知症だから
辞書を引いてみた 金銭じゃなくて琴線だった
こころの琴が鳴ったんだ 共鳴したんだ
いつ? どこで? 何が 誰が触れたの?
おばあちゃんは夢見るようにほほえむだけ
ひとりでご飯が食べられなくなっても
ここがどこだかわからなくなっても
自分の名前を忘れてしまっても
おばあちゃんの心は健在
私には見えないところで
いろんな人たちに会っている
きれいな景色を見ている
思い出の中の音楽を聴いている
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