「夕焼け」
谷川俊太郎
ときどき昔書いた詩を読み返してみることがある
どんな気持ちで書いたのかなんて教科書みたいなことは考えない
詩を書くときは詩を書きたいという気持ちしかないからだ
たとえぼくは悲しいと書いてあっても
そのときぼくが悲しかったわけじゃないのをぼくは知ってる
自分の詩を批評的に読むのはむずかしい
忘れかけていたってそれは他人のものじゃない
かと言ってまったく自分のものでもない
どう責任をとればいいのか宙ぶらりんの妙な気持ちだ
知らず知らずのうちに自分の詩に感動してることがある
詩は人にひそむ抒情を煽る
ほとんど厚顔無恥と言っていいほどに
「文学にとって最も重要な本来の目的のひとつは
道徳的な問題を提起することだ」とソール・ベローは言ってるそうだが
詩が無意識に目指す真理は小説とちがって
連続した時間よりも瞬間に属しているんじゃないか
だが自分の詩を読み返しながら思うことがある
こんなふうに書いちゃいけないと
一日は夕焼けだけで成り立っているんじゃないから
その前で立ちつくすだけでは生きていけないのだから
それがどんなに美しかろうとも
詩集『世間知ラズ』(一九九三)
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