chuo1976

心のたねを言の葉として

「九月の風」   黒田三郎

2012-07-09 04:11:55 | 文学
「九月の風」   黒田三郎



ユリはかかさずピアノに行っている?
夜は八時半にちゃんとねてる?
ねる前歯はみがいてるの?
日曜の午後の病院の面会室で
僕の顔を見るなり
それが妻のあいさつだ

僕は家政婦ではありませんよ
心の中でそう言って
僕はさり気なく
黙っている
うん うんとあごで答える
さびしくなる

言葉にならないものがつかえつかえのどを下ってゆく
お次はユリの番だ
オトーチャマいつもお酒飲む?
沢山飲む? ウン 飲むけど
小さなユリがちらりと僕の顔を見る
少しよ

夕暮れの芝生の道を
小さなユリの手をひいて
ふりかえりながら
僕は帰る
妻はもう白い巨大な建物の五階の窓の小さな顔だ
九月の風が僕と小さなユリの背中にふく

悔恨のようなものが僕の心をくじく
人家にははや電灯がともり
魚を焼く匂いが路地に流れる
小さな小さなユリに
僕は大きな声で話しかける
新宿で御飯たべて帰ろうね ユリ
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「洗濯」   黒田三郎

2012-07-08 05:35:00 | 文学
「洗濯」   黒田三郎


 酒を飲み
 ユリを泣かせ
 うじうじといじけて
 会社を休み

 いいところはひとつもないのだ
 意気地なし
 恥知らず
 ろくでなしの飲んだくれ

 われとわが身を責める言葉には
 限りがない
 四畳半のしめっぽい部屋のなかで
 立ち上ったり坐ったり

 わたしはくだらん奴ですと
 おろおろと
 むきになって
 いまさら誰に訴えよう

 そうかそうかと
 誰かがうなずいてくれるとでもいうのか
 もういいよもういいよと
 誰かがなだめてくれるとでもいうのか

 路傍の乞食が
 私は乞食ですと
 いまさら声を張りあげているような
 みじめな世界

 しめっぽい四畳半の真中で
 僕はあやうく立ち上がり
 いそいで
 洗い場へ駆けてゆく

 小さなユリのシュミーズを洗い
 パンツを洗い
 誰もいないアパートの洗い場で
 見えない敵にひとりいどむ

 水は
 激しく音をたてて流れ
 木の葉は梢で
 かすかに風にうなずく
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「ふゆのさくら」   新川和江

2012-07-07 04:56:29 | 文学
「ふゆのさくら」   新川和江



おとことおんなが
 
われなべとじぶたしきにむすばれて

つぎのひからはやぬかみそくさく

なっていくのはいやなのです

あなたがしゅろうのかねであるなら

わたくしはそのひびきでありたい

あなたがうたのひとふしであるなら

わたくしはそのついくでありたい

あなたがいっこのれもんであるなら

わたくしはかがみのなかのれもん

そのようにあなたとしずかにむかいあいたい

たましいのせかいでは

わたくしもあなたもえいえんのわらべで

そうしたおままごともゆるされてあるでしょう

しめったふとんのにおいのする

まぶたのようにおもたくひさしのたれさがる

ひとつやねのしたにすめないからといって

なにをかなしむひつようがありましょう

ごらんなさいだいりびなのように

わたしたちがならんですわったござのうえ

そこだけあかるくくれなずんで

たえまなくさくらのはなびらがちりかかる

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「花」   石垣りん

2012-07-06 04:39:23 | 文学
    「花」   石垣りん




   夜ふけ、ふと目をさました。


   私の部屋の片隅で

   大輪の菊たちが起きている

   明日にはもう衰えを見せる

   この満開の美しさから出発しなければならない

   遠い旅立ちを前にして

   どうしても眠るわけには行かない花たちが

   みんなで支度をしていたのだ。


   ひそかなそのにぎわいに。
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「晴れた日に」  石垣りん

2012-07-05 03:17:14 | 文学
「晴れた日に」  石垣りん
 



車一台通れるほどの

アパートの横の道を歩いて行くと

向こうから走ってきた

自転車の若い女性が

すれ違いざまに「おはようございます」

と声をかけてきた。

私はあわてて

「おはようございます」と答えた。



少しゆくと

中年の婦人が歩いてくるので

こんどはこちらからにっこり笑って

お辞儀をしてみた。

するとあちらからも

少しけげんそうなお辞儀が返ってきた。



大通りへ出ると

並木がいっせいに帽子をとっていた。

何に挨拶しているのだろう

たぶん過ぎ去ってゆく季節に

今年の秋に。



そういえば私の髪も薄くなってきた

向こうから何が近づいてくるのだろう。

もしかしたらもうひとりの私だ

すれ違う時が来たら

「さようなら」と言おう

自転車に乗った若い女性のように

明るく言おう。

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「村」   石垣りん

2012-07-04 04:53:30 | 文学
「村」   石垣りん



ほんとうのことをいうのは

いつもはずかしい。



伊豆の海辺に私の母はねむるが。

少女の日

村人の目を盗んで

母の墓を抱いた。



物心ついたとき

母はうごくことなくそこにいたから

母性というものが何であるか

おぼろげに感じとった。



墓地は村の賑わいより

もっとあやしく賑わっていたから

寺の庭の盆踊りに

あやうく背を向けて

ガイコツの踊りを見るところだった。



叔母がきて

すしが出来ている、というから

この世のつきあいに

私はさびしい人数の

さびしい家によばれて行った。



母はどこにもいなかった。
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「ちいさい庭」   石垣りん

2012-07-03 04:04:13 | 文学
「ちいさい庭」   石垣りん




老婆は 長い道をくぐりぬけて
そこへたどりついた。

まっすぐ光に向かって
生きてきたのだろうか。
それともくらやみに追われて
少しでも明るいほうへと
かけてきたのだろうか。

子供たち---
苦労のつるに
苦労の実がなっただけ。
(だけどそんなこと、
人にいえない)

老婆はいまなお貧しい家に背を向けて
朝顔を育てる。
たぶん
間違いなく自分のために
花咲いてくれるのはこれだけ、
青く細い苗。
老婆は少女のように
目を輝かせていう
空色の美しい如露が欲しい、と。
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「崖」   石垣りん

2012-07-02 04:43:18 | 文学
     「崖」   石垣りん


    戦争の終わり、
    サイパン島の崖の上から
    次々に身を投げた女たち。


    美徳やら義理やら体裁やら
    何やら。
    火だの男だのに追いつめられて。

    とばなければならないからとびこんだ。
    ゆき場のないゆき場所。
    (崖はいつも女をまっさかさまにする)


    それがねぇ
    まだ一人も海にとどかないのだ。
    十五年もたつというのに
    どうしたんだろう。
    あの、
    女。
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「しじみ」   石垣りん

2012-07-01 02:51:03 | 文学
「しじみ」   石垣りん



夜中に目をさました。
ゆうべ買ったシジミたちが
台所のすみで
口をあけて生きていた。

「夜が明けたら
ドレモコレモ
ミンナクッテヤル」

鬼ババの笑いを
私は笑った。
それから先は
うっすら口をあけて
寝るよりほかに私の夜はなかった。
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札幌国際芸術祭

 札幌市では、文化芸術が市民に親しまれ、心豊かな暮らしを支えるとともに、札幌の歴史・文化、自然環境、IT、デザインなど様々な資源をフルに活かした次代の新たな産業やライフスタイルを創出し、その魅力を世界へ強く発信していくために、「創造都市さっぽろ」の象徴的な事業として、2014年7月~9月に札幌国際芸術祭を開催いたします。 http://www.sapporo-internationalartfestival.jp/about-siaf