風薫る道

Who never feels lonely at all under this endless sky...?

犬塚孝明 『薩摩藩英国留学生』  1

2007-09-23 00:29:12 | 



この時、彼らは初めて「パイナップル」と称する珍果を食して、その美味に驚き、市来は「その味は日本の桃の如く、形は丸く少し長く、皮は松の皮に似て黄色、実白く漢字に訳して松カサクタモノと云」と記している。(p40)

食事の際に、「アイスクリーム」なる氷菓子が出たのも、この航海中であった。これもまた、彼らがはじめて喫食するものであったが、氷は寒い時にできるものだという観念があるものだから、このような炎熱下で氷を食することに対して、ひどく奇妙な感じを受けたらしい。(p42) 

私は、彼らの行動を丹念に跡付けることによって、彼らが「西洋との接触を通じて、その内部に「国家」という概念を形成していく過程を追いながら、留学生たちがしだいに「藩人」から脱却していく姿を、この小著の中で描いてみたかった。(p169)

(犬塚孝明 『薩摩藩英国留学生』)

260年続いた徳川幕府が終焉を迎えつつある元治2年(1865年)、平均年齢20歳前後の若き15人の薩摩藩留学生が、海外渡航という国禁を犯しイギリスへと旅立った。

もう何年も前に読んだ本です。
私のいた職場には色々な国の人間がいました。お国の違いなのか単なる人間性の違いなのか、彼らの意外な面に呆然とし、こちらもどういう態度を取るべきなのか悩まされることもしばしば・・・。語学力も十分ではないからそのストレスは生半可ではありません。
そんなときふと、幕末の密航留学生の存在を思い出しました。260年続いた鎖国の国から海を渡った彼らは、異国を目の当たりにして一体何を感じ、どんな反応を示したのだろう。そこに何か答えがあるような気がして、さっそく図書館へ行って借りてきたのがこの本でした。

そこで目にしたのは、好奇心一杯の真っ直ぐな心をもつ眩しい若者達の姿でした。
自分よりはるかに優れた科学を持つ外国人に対して決して劣等感を感じたり、卑屈になったりはしません。
また、国の危機を救うため悲痛な思いで日本を発った彼らですが、実際に旅が始まると、初めてみる世界を前にその好奇心を隠そうとはしない。初めて食べるパイナップルに無邪気に喜び、外国人の挨拶である接吻に仰天し、初めてみる珍妙な動物「ラクダ」に夢中になってしまったり。
そしてロンドンへ到着してしばらくたった頃、彼らは驚くべき知らせを耳にします。
なんと、彼らより一年も前に長州藩の密航留学生がロンドンへ渡っており、現在もユニバーシティ・カレッジで勉学中だというのです。
日本では関係の最悪な薩長両藩に属する彼らですが、遠い異国の地で互いに交流を重ねる様子はとても微笑ましいものがあります。

また、ある日、彼らは連れ立ってロンドン郊外の製鉄工場へ見学へ行くのですが、その時の様子が当時の「タイムズ」紙で紹介されています。これを読むと、彼らが西欧の先進的な機械を前に目を輝かしている様子が目に浮かぶようです。黎明期の若い日本と日本人の姿は、現代を生きる私にはとても眩しく感じました。

この本の最後には、帰国後彼らがどのような人生を歩んだのかが紹介されています。
人生の同じ時期に同じように異国を体験し、帰国後はそれぞれに日本の近代化に多大な貢献をした彼らですが、その最期は劇的なほど様々でした。
そこに、人というものの多様さと人生の不思議さを感じます。

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