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続・Fukushimaは人災か~隠蔽される福島第一原発の疑惑

2011年04月11日 12時31分10秒 | おかしいぞ
⑤放射線の漏れは本当になかったのか

これも気になるところなのである。何故なら、初期段階から本当に漏れがなかったのであれば、作業環境は比較的容易であるはずであり、電源回復などの作業が10時間以上もかかるとも思われないからである。だって、本業の電気屋さんですよね?電気屋集団が揃っていながらにして、外部電源の復旧がそうそう困難だとも思えないのだ。

例えば、東北電力の女川発電所では、非常用ディーゼルと外部電源との併用とかだったと思うが、外部電源切替は割と早い段階で行えたはずと思うが。

もしも、放射線量が高まっていたということなら、作業は困難を極めることとなり、電源復旧作業などが容易ではなくなっていた、ということになるだろう。他のポンプの異常の点検作業なども難しくなっていただろう。注水機能が失われた午後5時前ころから、数時間で放射線量が高まり、作業環境がどんどん悪化していったのなら、原子炉建屋とかタービン建屋内部には中々近づけない、ということになるはずだ。

水位が確認できない、といった話も、本当は放射線量が高まっていて、中央制御室から退避していたのなら、計器を誰も見に行けないということになってしまい、水位がどうなっているかなんて分からない、ということになるんじゃないのかな。いくら官邸で「一体どうなっているんだ」と怒ってみたって、現地の人間でさえ「どうなっているのか誰にも分からない」状態だったのなら、そりゃあまあ、誰にも分かるはずもない。

初っ端の危機は、恐らく午後8時半から9時くらいの、退避勧告が出された頃だろう。きっとその辺りから、放射線量が高まり出していたのなら、近隣への影響を考えて、退避させるだろうから、だ。注水機能が停止してから、3時間半から4時間程度が一つの目安ということなのだろう。この時点までに、電源を確保するとか、他の冷却手段を用いるとか、何らかの手立てが必要だったものと思われる。
それでもこの時点での放射線量は、後から訪れる悲惨な状況からすると、まだまだ余裕があったであろう、多分。そのことが、判断や措置の遅れを招いたのではないか、ということもあるのではないかと思う。人災の所以、ということだ。


⑥東電は何を隠したかったのか

東電が米軍や原発メーカーらの協力申し出に対して、あまり率直に応じてなかったようなのだが、これには何かのワケがあるのではないか、というのが、私の推測である。
今から思えば、全く取るに足らないような、些細なことだったのではないかと思うのである。こんなに重大な事態を招くくらいなら、たとえミスを咎められたとしても、全てをオープンにして全力で協力を仰ぐべきだった。

例えば、非常時用のマニュアルの手順と違うことをやってしまい、間違えたとか、不適切な措置を選択してしまったとか、そういった何かではないか。
東電社員の若い2人が死亡したという報道があったが、4号機の中央制御室にいたのに、地下1階で死亡していた、というのも、おかしいと思わないか?
毎日新聞の検証記事では、地下1階にいた作業員たちが必死で逃げたという話が掲載されていた。
検証・大震災:初動遅れ、連鎖 情報共有、失敗(その1) - 毎日jp(毎日新聞)

地震発生後に、ここに向かって降りていったというのか?
タービン建屋の地下に行くなんて、自殺行為のようなものではないか。
続・福島第一原発の人的被害を隠蔽するのは何故なのか?
この2人が発見されたのは、本当に4号機のタービン建屋だったのか?

他の理由なら思いつくが。
それは、非常用ディーゼルが起動しないか、故障したので手動で起動しに向かったのではないか、ということだ。しかも、それは、4号機ではなかったのではないか?例えば、1号機のタービン建屋の地下に降りていったものの、帰ってこなかった、とかではないのか?
だが、放射線量が強くて救援にさえ向かえない、とかだったなら、もうタービン建屋には誰も近づかなくなるから。2人が放射線量が強くて死亡したのではなく、水死だったとしても、そこには誰も行けなくなる。行くのが怖いから、だ。お前、行って見て来い、と言われたって、死にに行くようなものだもの。

そうして、1号機は混乱を深めることになってしまったのではないのか?


実際、どうなのかは不明だ。
東電が頑なに外部からの協力を拒んだのは、何故なのか?
何かが露見するのを恐れたのか?
ミスが発覚するのが怖かったのか?


⑦2010年6月17日の事故は何を示すか

何度も取り上げるが、NISAの検査期間に入っていた福島第一原発で何が起こっていたのだろうか?

Fukushimaの2010年6月の事故は、NISAの検査期間中だった件

3/12からずっと取り上げてきた事件なのだが、どうも怪しいのだ。
東電の説明というのは、整合的ではないのである。隠している、としか思えないのである。

プレスリリース 2010年|TEPCOニュース|東京電力

この時には、プラントのどこかに物理的損傷などはなかったし、外部電源は普通に来ていたはずだ。なのに、これが受電できず、非常用ディーゼルが起動した。ディーゼルが起動したのなら、高圧注水系など普通に用いられる冷却系を使えばいいはずなのに、どういうわけか「隔離時冷却系」を起動し水位を回復させたということなのである。
しかも、ディーゼルが自動で起動したにも関わらず、6/17の広報では『原子炉へ給水するポンプが停止したことから、原子炉の水位が一時的に低下しました』となっているのだ。給電されているのに、何故給水ポンプは停止したのか?
まさか、津波でも受けたとでも言うのか?
どう見ても、おかしいとしか思えないのだ。

更に、東電の体質を示すのは次の記述である。
TEPCOにとっての隔離時冷却系とは、次のようなものだそうだ。

*3 原子炉隔離時冷却系
何らかの原因により、通常の原子炉給水系が使用できなくなり、原子炉水位が低下した場合等において、原子炉の蒸気を駆動源にしてポンプを回し、原子炉の水位確保および炉心の冷却を行う系統。なお、本系統は非常用炉心冷却系ではない。


一般人がいかに専門知識に乏しいか、ということを悪用しているとしか思えない記述ではないか。電源確保が全て失敗した時でも動かせる代替ポンプということなら、言ってみれば「最後の手段」的な給水ポンプじゃないのか。通常電源がある場合、高圧注水系などを用いるわけだろう?
他人の無知を利用して、さも「何事もなかったかのような顔」をしている、ということだ。確かに、私も何も知らなかった。原発なんて、よく知らないことだった。だが、今回の一件で、冷却系というのにはどういうものがあるか、概略は知ることができたよ。東電が、普通の人々はどうせよく知らないんだろう、という姿勢で、騙そうという説明をしているようなものだということも、知ったんだよ。


東電というのは、緊急事態に陥っても「緊急ではなかった」と強弁するような組織なのだということも、分かったということである。


そんな連中の発表を鵜呑みになんてできるものか。



※※追加(18時頃):

グーグルさんの検索では、14日以前くらいのニュース記事が消えてしまっているようで、トホホです。元記事のリンクを消されるからだろうと思うが、どこの新聞社もアーカイブを保存しておくと「よからぬこと」に使われるから、恐れて(笑)消すのだろうか。後から、いちいち検証なんかされると困るから、ですかね?これは、まあいいか。


以前にも疑惑については書いていたが、この時の記事での補足があった。

福島第一原発~重大事故の連鎖

この中で、12日早朝の通報(多分、15条通報)があったわけだが、これが何だったのかというのを調べたのだが、正確には判らない。政府の資料なども何処かに隠されてしまっているようで、正確な資料が出てこないのだ。

が、12日の
・5:22 1号機
・5:32 2号機
・6:07 4号機

というのは、「原子炉内圧力抑制機能喪失」というものだったのではないか。

これは、弁を開放しろ、と政府から迫られていたのだが、弁が開かないよ、と、そういうことだろう、多分。
残りは人力でやるしかない、ということだったのであろう、と。

ところで、何故4号機の原子炉内の弁が関係あるのか判らないのだが、ひょっとして4号機の燃料棒は原子炉内に存在していたということか?それとも、情報の誤伝達とか?
或いは、調べた情報源がガセだったか?
ちょっとよく判らない。3号機の誤りかもしれないし。


それと、深夜にあったのがポンプのバッテリー切れで注水できなくなった、という報道が確かあったと思うのだが、今となっては、その記事が探せないのだけれども、どうだったか。

いずれにせよ、11日~12日明け方にかけての出来事を正確に掴まないと、今回福島原発の事故が何故ここまで重大になってしまったのか、ということが判らずじまいだろう。


そういえば、東電の清水社長が謝罪に行った、とかいう話だったが、今頃ノコノコと出向いていくのも、腹立たしく感じられるわな。
何というか、空々しいというか。
もうね、謝罪に来るくらいなら、防護服を着て、お前が作業員の列に加われ、とか思うんじゃないだろうか。

安全だ、安全だと喧伝しておった、お前らが、放射能まみれの瓦礫の一つや二つでも運んでこいや、と。それとも、放水ポンプの面倒をみに行け、と。そんな気持ちにさせられるわけである。



Fukushimaは人災か~隠蔽される福島第一原発の疑惑

2011年04月11日 09時52分21秒 | おかしいぞ
東電やNISAの説明を聞いても、どうにも晴れることのない疑惑があるのである。津波の高さを示す動画が公表された、という報道あったが、合成されたりしてないかどうかまでもが気になるわけである。そういった些細なことさえもが、疑わしく思えてくるということである。以下、いくつかの論点について、挙げておきたい。


①会長や社長が不在だった

連絡が容易ではなかった、本社にすぐ戻って来れなかった、などといった要因だか理由だかが紹介されていたようだが、そんなものは理由になるとも思わない。
例えば、元帥と大将が不在の為、意思決定できない、なんていうことがあれば、それは負け戦を招くだけである。現場にいない(連絡できる態勢にない、現に存在してない)人間ならば、戦死してしまって、既に存在してないものと思って扱うよりない。なので、元帥と大将が不在ならば、中将が指揮権を引き継ぎ行使するしかない。

従って、会長と社長がいなくても、次の副社長なり役員会のメンバーなりの幹部が判断し決定するしかない、ということだ。それに、原発のような重要施設については、現場の判断を尊重するよりない、ということは多いだろう。その責任は、東電幹部が負うしかないのである。不在は全く理由にならない。飛行機事故とか車の事故なんかで、同時に死亡した場合に、どうするの?
2人以外は、判断できず意思決定もできない、ということなら、会社の組織としてはヘンじゃないかと思うが。法的に制限があるということ以外、制約はないはずである。

そういうことができずに、判断や意思決定が遅れたのだとすれば、それこそが人災という要因だろう。


②本当にTsunamiで電源喪失だったのか

これまでに、まともな説明というのがなかったのが、この問題である。東電は重要な事実を隠しているとしか思えないのだ。

主な説明というのは、津波で非常用ディーゼル発電機が水没(冠水)した、発電機用の燃料タンク(重油タンク)が流された、というものだった。その為、13基ある発電機のうち、1基しか使えない、という説明だった。それは本当なのか?

1~6号機とその他施設の発電機の配置図と、燃料タンクの設置場所などについて、きちんとした公式の説明などは、見たことがない。タービン建屋の地下に設置されている、ということらしいのだが、12基全部がそうなのか?

それと、非常用バッテリーがあったはずだが、それはどうなったのか?
発電機が使えないとしても、バッテリーがあるのであれば、それで給電は可能だったということか?どの号機に、どのようにあったのか、それらは何時間程度持つものだったのか、という説明がないのは何故なのか?
バッテリーが水没位置にないのであれば、発電機が故障したとしても、給電はできていたはずでは?

電気屋さんに向かって言うのが憚られるが、津波のせいだ、ということだとして、それは、電気系統のどのような障害をもたらしたのか?配線などのケーブル関係がダメになって、送電できない状態になったということか?それならば、どの号機で、どの故障が発生したのかについて、個別に説明があるはずである。それができないのは、何故なのか?
外部電源が使えない状態だったのには、何か理由があるはずである。


以下の疑問点に、全て説明があるはずである。

・個々の非常用発電機
・個々のバッテリー
・個々の変圧器、配電盤、ケーブル等


③使用済み核燃料プール

4号機では、このプールの温度が上昇し、火災発生となった。建屋の一部は崩壊した。決死隊が水をかけに行ったわけだ。けれども、5号機と6号機は、プール内の冷却はできていた、ということであろう?
給電ができないのに、冷却ポンプが使えていたわけではないだろう。きっと電源があったということでは。発電機の1つが生きていた、ということの効果なのか、バッテリーが使えたということか、分からないけれども、4号機よりも多い本数を格納していた5号機では問題が発生しなかった、ということである。その違いには、必ず理由があるでしょう、という話だ。

(1号機から6号機までの本数は、順に292、587、514、783、946、876本である)

それと、1号機~3号機の使用済み燃料だが、原子炉建屋が爆発した1号機と3号機にあった燃料棒は、大量に飛び散った、ということでしょうか?
どの程度の損傷があったかは分かりませんが、かなりの量が飛散してしまった、ということなのでしょうか。


④空白の12時間

全交流電源喪失と通報したのが、11日15時45分頃である。外部電源が使えず、非常用ディーゼルで給電していたが、これを失ったというわけである。そこから、16時45分には15条通報(非常用冷却装置注水不能)となった。

さて、この後、事態が悪化するまでには時間があったわけだが、深夜までにバッテリーが切れるということは確定的だったはずだ。実際、政府発表においても、そのように発言されていたからである。

この時期、東電報告によれば放射能漏れはなかった、ということのはずだ。
ならば、作業環境は通常状態とほぼ同じはずであり、電源復旧作業がそれほど困難だったとも思われないのである。

まず、外部電源が使えないという理由は何だったのか?
水に浸かり、ケーブル類が全滅したからか?
それとも、外の発電が停電していて、給電できなかったからか?

外部電源が確保できないなら、いつまで持つか分からないバッテリーを当てにすることなどできないはずでは?
ならば、死に物狂いで電源車を現地に送るべきだったのでは?

15条通報があった時点で、兎に角ヘリでもいいから、電源車を空輸しろ、ということで、給電再開をすべきだったのではないのか?どうして、それをしなかったのか?
夜中過ぎには到着するだろう、みたいな、甘い取り組みは何故なのか?

電力供給ができなければ、冷却ポンプも動かせないとか、常識的な話だったのでしょう?
それなのに、どうして電力を確保しなかったのでしょう?
原子炉にとって、給電はまさに死活問題であり、その他のことは置いといて、何が何でも最優先で行うべきだったのでは?

その間に、運良く外部電源が復旧できたなら、それはそれでいいじゃないですか。

確か2号機は11日夜~12日未明にかけて仮設電源で給電が可能となり、水位が保たれているというのが判明したとか発表されていたように思うが、どうだったか。東電の言う、注水不能というのが、どの装置が不能なのか、それは電源が落ちているからなのか、ポンプ自体に起因するのか、ポンプへの配電が断線でうまく行ってないのか、配管が潰れて不通過となってるのか、パイプ接続が破断して漏れているのか、といったことがまるで判らないということである。


低圧注水系及び高圧注水系がどれもダウンしてしまったとして、隔離時冷却系が機能していなかったとすれば、それはどうしてなのだろうか?
2号機や3号機はそれで保たれていたのなら、1号機がダメになってしまったのは何故なのだろう?

そういった説明がないわけである。
東電にしてみれば、判りません、調査中です、ということで終わらせるつもりなのかもしれないが、判らないのなら復旧などできるはずもなかったであろう。要するに、「誰も診断できない」という状況だったのだから。


15条通報のあった、地震発生から約2時間後の16時45分頃からの12時間は、何ができたのか、何をやっていたのか、未だに秘密のベールに包まれたままなのである。


(続く)