西洋医学による風邪のイメージは、
・一過性の軽症感染症
・病原体の多くはウイルス
・呼吸器症状がメイン
・治療は対症療法が基本
でしょうか。
一方、漢方医学における風邪のイメージは、
・風邪(ふうじゃ)が侵入して体にダメージを与える。
・経過に起承転結があり、その相(ステージ)で適用する方剤が異なる。
といったところ。
実は、風邪の種類・経過の分析は漢方医学の方が細かいです。
仮想病態ではありますが、各ステージに対応する方剤が用意されているのが最大の特徴です。
逆に言うと、風邪の経過を細かく観察し、
この時にはこの方剤が効く、こちらは効かない、
という経験を数限りなく繰り返した結果、
現在の風邪治療学が完成した歴史を感じます。
Dr.浅岡の啓蒙書を参考に、漢方医学的視点から見た風邪を復習がてら整理してみました。
ここで扱われるのは主に急性熱性疾患です。
典型的にはインフルエンザのイメージでしょうか。
<参考資料>
■ 「Dr.浅岡の本当にわかる漢方薬」浅岡俊之著、羊土社、2013年発行
<風邪の経過(ステージ)の漢方的捉え方>
□ 風邪は外からやってきて体に侵入し(表)、奥に入っていく(裏)。
・風邪の風は外因性、邪は疫病という意味。
・経過あるいは進行度:ステージにより治療薬が決まる
① 表(体の表面)
⇩
② 半表半裏(表と裏の間)
⇩
③ 裏(体の内部)
※ もちろん、表で治ってしまう、半表半裏で治ってしまうことがある。
<表>
□ 表は表寒と表熱に分けられる
・表寒:体表面が冷えている状態・・・こちらが圧倒的に多い
・表熱:体表面が熱を持っている状態
□ 表の症状
・表寒:悪寒(必要条件であるが十分条件ではない)、発熱、節々の痛み、項部のコリ
・表熱:熱感(悪寒はない)、発熱、顔面紅潮
<半表半裏>
□ 半表半裏の症状:熱しかない(寒はない)
・咳、痰、のどの痛み、口内の苦み、胃の不快感・不調
・往来寒熱(悪寒と熱感が交互に出現)
・胸脇苦満:胸部から脇にかけての不快感
<裏>
□ 裏は裏寒と裏熱に分けられる。
・裏寒:裏が冷えている状態
・裏熱:裏が熱を持っている状態
□ 裏の症状;
・裏寒:倦怠感、悪寒
※ この段階では裏だけではなく表も冷えてしまうので、悪寒が認められる。つまり、悪寒がある場合は表寒、裏寒のいずれの可能性も考える必要がある。
※ 裏の冷えそのものを自覚することはまれ。
・裏熱:下痢、便秘、腹部膨満感
※ 裏の熱そのものを自覚することはまれ。
<各ステージの診察・身体所見>
□ 脈診;
・表:浮脈
・半表半裏:浮沈中間脈
・裏:沈脈
□ 舌診;
・表:舌に苔がついていない
・裏:舌に苔がついている
※ 舌診だけでは表裏の判断は不正確となるため、脈診と併用すべし。
<各ステージの対応生薬>
□ 表
① 表寒:麻黄、桂枝
・両方とも発汗を促す生薬
・発症初期(無汗)には麻黄+桂枝を、後半(自汗)なら桂枝のみを用いる。
② 表熱:石膏
□ 半表半裏:柴胡
□ 裏
① 裏寒:附子
② 裏熱:滑石、大黄、芒硝
<各ステージの代表方剤>
★ 脱水に注意!
・以下に述べるどのステージでも脱水に陥っているときは白虎加人参湯(34)が優先適応となる。
□ 表
① 表寒:麻黄湯(26)、葛根湯(1)、葛根湯加川芎辛夷(2)、小青竜湯(19)、桂枝湯(45)
② 表熱:麻杏甘石湯(55)、辛夷清肺湯(104)
□ 表と半表半裏の中間・移行期:柴胡桂枝湯(10)
例1)脈が浮いていて節々が痛いのに往来寒熱がある
例2)脈は浮沈中間なのに悪寒と項部のコリがあり、口の中が苦い。
□ 半表半裏(の熱):小柴胡湯(8)
□ 裏
① 裏寒:麻黄附子細辛湯(127)
② 裏熱:猪苓湯(40)、調胃承気湯(74)
・・・以上、たくさんの方剤名が出てきました。
漢方を処方する医師は、これらをマスターする必要があります。
西洋医学では風邪の治療は「対症療法薬を飲んで寝て治るのを待つ」のが一般的ですが、
漢方医学の風邪の診療は奥が深く、処方医の力量がダイレクトに反映されます。
風邪のステージを症状・身体所見(脈診・舌診)から推定し、
それに合った方剤を処方すると、確実に患者さんは楽になります。
よく「外科医は盲腸に始まり盲腸に終わる」と表現されますが、
漢方医も「漢方医は風邪に始まり風邪に終わる」と云ってもよいかもしれません。