漢方学習ノート

漢方医学の魅力に取りつかれた小児科医です.学会やネットで得た情報や、最近読んだ本の感想を書き留めました(本棚3)。

“メンタルの不調”に対する漢方

2023年04月30日 16時29分58秒 | 漢方
昨今、“メンタルがやられる”という表現が市民権を得て、よく耳にします。
でも、いろんな症状がこった混ぜ。例えば・・・

イライラ、興奮、怒りっぽい、神経過敏、不眠
動悸、焦燥感、集中力低下、情緒不安定

これらを漢方医学的では“気の異常”ととらえ、
以下のように分けられます。

(気虚)抑うつ、無気力、くよくよ悩む
(気滞)興奮、焦燥、不安、不眠、いらだち、動悸、めまい、のどのつかえ感、胸苦しい、腹部膨満感、気分が塞ぐ、抑うつ傾向
(気逆)不安、緊張、神経過敏、精神不安

う〜ん、谷川聖明Dr.のレクチャーのメモから起こしているのですが、
結構オーバーラップしますね。
整理しようとしたら、余計に混乱してしまいました。

以下のように書いてあります;

【気虚】
・体がだるい
・気力がない
・疲れやすい
・食欲不振
・他:精神活動の低下、内臓下垂、性欲の低下

【気滞】(=気鬱)
・抑うつ傾向
・のどのつかえ感
・胸の詰まり感
・頭重・頭冒感
・他:気分が晴れない、気が塞ぐ、気が滅入る、気が重い
 
【気逆】
・冷えのぼせ
・顔面紅潮
・動悸
・発作性の症状
・他:咳嗽、嘔吐、四肢の冷え

うん、こちらの方が整理されていてわかりやすい。
そして漢方医学では、これらの症状に対する生薬が用意されています。

▢ 気の異常に対応する基本生薬
気虚】人参、黄耆
気滞】蘇葉、厚朴
気逆】桂皮、黄連

これらの生薬を基本として、いろいろな組み合わせでいろいろな患者さんに対応します。
使い分けは、漢方医学理論である気血水、陰陽虚実寒熱、五臓論などを基に行います。
つまり、漢方を使いこなすには、複数の漢方理論を組み合わせる思考力が必要ということです。
この辺で、初級者は挫折してしまいます・・・。

気虚】の背景と方剤
① 気の消費:交感神経の緊張
・「気をつかう」「気を配る」など、社会や家庭内での緊張やストレス、生活習慣の乱れ、人間関係における葛藤などにより気が消費された状態。
・ストレスによる“”の機能亢進 → “”を痛める
・柴胡:肝の機能亢進を抑える、人参:痛めつけられた脾を補う
  → 補中益気湯:柴胡と人参を含み、補気薬の黄耆も入っている
② 気の消耗:不安・抑うつ
・精神活動を支配する“”の機能低下が生じると不眠や動悸、息切れなどを生じる。
・“心”の機能低下により“”の働きが衰え、食欲不振、倦怠感などが現れ、“心脾両虚”の病態に陥る。
 → 帰脾湯:人参・黄耆が含まれるほか、“心”の機能回復に働く龍眼肉・遠志・酸棗仁が配合されているため、不安・抑うつなどによる気の消耗を回復させる(低下してしまった精神活動のエネルギーを補充する)。
③ 気の生成不足:腎の衰え(=老化)
・“”の機能低下(腎虚)により“気”の生成が低下し、補腎剤で補う。
 → 八味地黄丸(7)(+人参湯)
・腎虚では気血両虚の病態を呈することが多い。
 → 四君子湯(補気薬)+四物湯(補血薬)
 → 十全大補湯(48)、人参養栄湯(108)

気滞】の背景と方剤
気滞は“気の流れが滞る”病態であり、その背景を探り患者さんのストーリーを描いて共感することが大切。
心の問題、体の問題、人間関係、元々の性分、大きなストレス、大きな事件、
家族の問題(夫婦・親子・兄弟・嫁姑など)、物理的な問題(住居・環境など)・・・
また、「どこに」「どのようなときに」停滞しているかよって、
対応する生薬・方剤が異なってくる。

(どこに?)
・頭が塞がったような感じ → 天麻 → 半夏白朮天麻湯(37)
・のどの詰まり → 半夏 → 半夏厚朴湯(16)
・胸の詰まり → 枳実 → 四逆散(35)
・心窩部の詰まり → 茯苓 → 茯苓飲(69)
・腹部全体の膨満感 → 厚朴 → 当帰湯(102)
・腹部全体の膨満感+便秘 → 大黄 → 大承気湯(133)

(どんなときに?)
・パニック障害(ストレス時にのどや胸の詰まり感) → 半夏厚朴湯(16)
・訴えが漠然としている(なんとなく具合が悪い、気持ちが落ち込む) → 香蘇散(70)

気逆】の背景と方剤
・本来の“気”の流れは、身体中心部から抹消へ、上半身から下半身へ。それが逆流する病態を“気逆”という。
・気逆の症状:動悸、咳嗽、顔面紅潮、嘔吐、四肢の冷え、など。
 → 交感神経の興奮が発作的に生じた場合
・ストレッサーが存在することが多い:物理的事象、心理的な問題、環境の問題(天候・気温・湿度などの変化)。
・背景因子として神経過敏、知覚過敏、人格的問題、発達障害や精神的問題などが存在することがある。

① 古典的気逆(=上衡)
桂皮+甘草に“気の上衡”を抑える作用がある
 → 苓桂朮甘湯(39)、桃核承気湯(61)、苓桂甘棗湯柴胡桂枝乾姜湯(11)、桂枝加竜骨牡蛎湯(26)など。
★ 柴胡加竜骨牡蛎湯(12)には桂皮が含有されるが、甘草が抜けているため上衡に対応せず、気逆より気滞に適応する。

② 五臓を背景とした気逆
“肝”の陽気が亢進した病態を“気逆”と捉えると、柴胡剤が適用される。
 → 加味逍遥散(24)、抑肝散(54)、抑肝散加陳皮半夏(83)

さて次に、同じ谷川聖明Dr.によるツムラのサイトにある動画のシェーマを引用し、上記の知識をもとに読み解いてみます。


気逆     → 不安・緊張  → 桂枝加竜骨牡蛎湯(26) 
気逆>気鬱  → 興奮・焦燥  → 抑肝散(54)、抑肝散加陳皮半夏(83)
気虚>気鬱  → 抑うつ・無力 → 加味逍遥散(24)

新たなキーワードとして「打ち解けにくい・打ち解けやすい」を挙げています。
気逆の要素のある方剤は「打ち解けにくいタイプ」、
気虚の要素のある方剤は「打ち解けやすいタイプ」
が合うというコメント。
実際の患者さんで観察してみたいと思います。


以前から抱いていた疑問が一つ、解けました。
「イライラ」「怒りっぽい」の漢方的解釈には、
「気の上衡」「気逆」「肝の亢進」と、
その本により玉虫色に表現されていて混乱したのですが、
「気の上衡」=「気逆」=「肝の亢進」
で、視点が違うだけですべて当てはまるのですね。

それから、抑肝散(54)と抑肝散加陳皮半夏(83)の使い分けのイメージが、
今ひとつハッキリしませんでした。

ある専門家は、嫁姑問題を例に挙げ、
初期は抑肝散(54)、長引いたら抑肝散加陳皮半夏(83)、
といい、またある専門家は、
姑が抑肝散(54)、嫁が抑肝散加陳皮半夏(83)
と使い分けると言いました。

・・・わかったような、わからないような?

ある専門家は、同じく嫁姑問題で、
勝っている方が抑肝散(54)、負けている方が抑肝散加陳皮半夏(83)
と使い分けると言いました。
上記3名の専門家の意見を」合体させると・・・
長引く嫁姑闘争で、
勝ち戦(だいたい姑)が抑肝散(54)、
負け戦(だいたい嫁)が抑肝散加陳皮半夏(83)
・・・うん、これならイメージできます。


谷川聖明Dr.は、心の不調を五臓論の“肝”と“心”で説明しているのが特徴です。
日本漢方では五臓論を重視しない傾向がありますが、
この理論を導入しないと、なかなか使い分けができません。


さて、「精神神経症状」とは別のレクチャー「神経症、精神不安」では“肝の失調”を扱う抑肝散系が消え、
半夏厚朴湯(16)が登場します。

この4処方も使い分けがイメージしにくいです。
はず、半夏厚朴湯(16)は“喉が塞がる”主訴を拾えば選択可能です。
加味帰脾湯(137)は“気血両虚”で身も心も疲れ果てて不眠状態になったときの方剤であり、
新見正則Dr.は「新型コロナ後遺症には加味帰脾湯を処方しておけば間違いない」
と断言しています。
すると、使い分けが難しい方剤として、桂枝加竜骨牡蛎湯(26)と柴胡加竜骨牡蛎湯(12)が残ります。
上の図では、実証で気滞が柴胡加竜骨牡蛎湯(12)、
虚証で気逆が桂枝加竜骨牡蛎湯(26)、
となっていますが、
柴胡加竜骨牡蛎湯(12)にも“肝の失調”由来の「いらだち」という気逆を匂わせるワードがあり、
迷う原因になっています。

大澤稔Dr.はこの二つの使い分けを以下のように示しています;
ドキドキ(不安)+イライラ(緊張) → 柴胡加竜骨牡蛎湯(12)
ドキドキ(不安)+ウツウツ(抑うつ) → 桂枝加竜骨牡蛎湯(26)
・・・なるほど、と私は大きく頷いたものの、
はて、気鬱の柴胡加竜骨牡蛎湯(12)と気逆の桂枝加竜骨牡蛎湯(26)、
イライラ・ウツウツが逆じゃないの? と突っ込みたくなります。



最後に、谷川聖明Dr.得意の“陰陽虚実”座標による使い分け表現を。
「精神神経症状」4処方
「神経症、精神不安」4処方
「咽頭・食道部に異物感を伴う不安神経症」3処方
という近似した処方を並べてみました。
見比べると興味深く、理解が深まりますね。
ただ、陰陽虚実の位置づけだけでは使い分けができないこともわかります。
さらなる使い分けには、今まで書いてきたことをすべて理解して駆使する必要があります。



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