女の証明(PART 1 OF 3)

日付: Fri, 14 Aug 2009 20:03:40 +0900 (JST)
(バンクーバー時間8月14日 金曜日 午前4時3分)
差出人: "domini@yahoo.co.jp"
宛先: "デンマン さん" green@infoseek.jp

件名:明日から 軽井沢に行きます
昨夜の迎え盆は わりと静かでした。
いつも 大人数の集まりが、 たった8人、
でも、楽しかったですよ、お寺にちょうちんを持って
仏様を迎えに行って、一緒にお盆の夜を過ごす。
落ち着いて、過ごした感じです。
お客さんが全部かえるまで、酒や氷、
うどんの汁をよそったり、果物むいたり
いつも あれこれ 動いて。
夜つかれて 仏様になって 死んでる状態なのに、
昨夜は 皆と座って食べて、 早く終わり
その後 長男坊と飲んで、次男坊と話して、
改めて お盆もいいなー と。
ごめんね、 三男坊がウルサイ。
明日から 軽井沢いくので 間あきます。
さゆりより

Subj:軽井沢で迎え盆の疲れを癒してきてね。
室生犀星の文学碑に
愚痴を言ってきてもいいよう!。。。
\(*^_^*)/ キャハハハ。。。

Date: 14/08/2009 11:40:09 AM
Pacific Daylight Saving Time
(日本時間:8月15日 土曜日 午前3時40分)
From: green@infoseek.jp
To: domini@yahoo.co.jp
CC: barclay1720@aol.com

昨夜の迎え盆は わりと静かでした。
いつも 大人数の集まりが、たった8人、
うん、うん、うん。。。
8人も集まればぎやかですよう。
今時、お盆に8人も集まる家は無いでしょうね。
僕にも子供の頃のお盆の思い出がうっすらとあるけれど、8人も家に人が集まった事は無かったですよう。
やっぱり、栃木の田舎では昔からの風習をしっかりと守っているのかねぇ~?
“盆と正月が一緒に来たようだ!”
昔からこういう表現があるほどだから、
“お盆”には、昔、人がたくさん集まったんだろうね。
でも、今時、親族の集まりなんて、よほど田舎へ行って、それも本家で旧家じゃないと大人が8人も集まることなんてないよう!
小百合さんの現在の家は、たぶん本家で旧家なんでしょうね。
僕のお袋の実家のその本家は旧・南河原村でも大きな家で、家の周りに堀がめぐらされていたというからすごい!
しかし、お袋の子供の頃には落ちぶれてしまった。
お袋の実家も右向け右で、貧しくなって、お袋は東京にある遠縁の寿司屋に女中奉公しなければならなかった。
お袋の働きがあったので、実家は持ったようなものです。
亡くなった子供も含めれば、13人居た兄弟姉妹の一番年上の長女でした。
学校にも行かされず、子供の頃から働かされて、ずいぶん苦労したようだけれど、本人はそれほど苦労したとは思っていないのですよね。
時代が違うと言えばそれまでです。
戦時中に青春を過ごした女性は、強いですね。
小百合さんも同時代の女と比べれば、しぶとく、たくましく生き抜いていると思いますよう。
\(^_^)/ キャハハハ。。。
もちろん、苦労を知らない現代女性が増えた中で、小百合さんだって、“苦労”が無いわけではないでしょうけれど。。。

でも、楽しかったですよ、お寺にちょうちんを 持って
仏様を迎えに行って、一緒にお盆の夜を過ごす。
落ち着いて、過ごした感じです。
そうでしょう!。。。そうでしょう!
“忙しき中にも楽あり!”
そんな格言があったかな?
小百合さんが、文句も言わずに、こまごまと動き回っている姿が、一抹(いちまつ)の清涼(せいりょう)を思わせるように僕の瞼(まぶた)に浮かんでくるのですよう。
それでこそ「軽井沢タリアセン夫人」ですよう。
♪┌(・。・)┘♪ キャハハハ。。。

お客さんが全部かえるまで、
酒や氷、うどんの汁をよそったり、果物むいたり
いつも あれこれ 動いて。
夜つかれて 仏様になって
死んでる状態なのに、

昨夜は 皆と座って食べて、 早く終わり
その後 長男坊と飲んで、次男坊と話して、
改めて お盆もいいなー と。
うん、うん、うん。。。
たまには人が集まって、ワイワイ、ガヤガヤするのもいいものですよう。
でも、女性はいろいろと立ち働かねばならないから、人が集まれば集まるほど大変でしょうね。
でも、そういう時の女の立ち働きで、その「女の値打ち」が決まるのですよう。
見ている人はしっかりと見ていますからね。
僕のお袋も苦労の多い人だったけれど、
お袋の実家に嫁いだ良子さん(お袋の義理の妹)は、僕の親戚中で最も苦労した人です。
僕は、この叔母さんを“女の鏡”だと子供ながらに思ったことがありました。
とにかく、舅(しゅうと)、姑(しゅうとめ)、小姑(こじゅうと)がたくさん居た中で、文句も言わず、動き回っていましたからね。。。
僕が親戚中で、もっとも親しくしている6歳年上の叔母は、その小姑の内の最年少でした。
良子叔母さんは自分の時間など持っている暇が無いほど動き回っていたイメージしか僕には思い出せません。
小学生だったのに、僕はこの叔母さんを尊敬していましたよう。
あれだけ忙しそうに動き回っていたのに、小学生の僕に対しても、いつも心からの笑顔を見せていました。
この良子叔母さんは、今でもお袋のために畑でできたトマトや、きゅうり、ニガウリなどをお土産に持って年に何度か、お袋のところにやって来ます。
今から思えば、良子叔母さんも、僕のお袋が苦労したことを十分に知っていたので、気が合ったのでしょうね。
お袋の実家の「お盆」の時に、あれだけ疲れていたのに、僕に対して心からの笑顔を見せたのは、僕が、苦労したお袋の長男だったからでしょうね。

ごめんね、 三男坊がウルサイ。
明日から 軽井沢いくので 間あきます。
はい、はい、はい。。。
軽井沢で迎え盆の疲れを癒してきてね。
室生犀星の文学碑に愚痴を言ってきてもいいよう!
\(*^_^*)/ キャハハハ。。。
小百合さんの「麦わら帽子」のメールを使って8月19日の記事を書きましたよう。
題して『人間の証明』。
小百合さんに読んでもらおうと思って一生懸命に書きましたからね。
写真をたくさん貼り付けたから、楽しみながら読めますよう。
次のリンクをクリックして読んでね。
■『人間の証明 (2009年8月19日)』
は~♪~い。
そう言う訳で、小百合さんも文学碑を僕の分まで眺めてきてね。
癒されて、身も心も充電して、元気にたくましく生き抜いてね。
(\__/)
(+'.'+)
(")_(")
じゃあねぇ~


デンマンさん。。。今日は『人間の証明』ではなくて『女の証明』でござ~♪~ますか?

たまたま小百合さんのメールを読んだら、迎え盆で忙しく、あわただしかった小百合さんの様子が目に見えてきて、急に良子叔母さんのことが思い出されてきたのですよう。
「女の鏡」のような女性なのでござ~♪~ますか?
そうなのですよう。一昔前の“良妻賢母”ですよう。ナウい女性ならばとっくの昔に離婚して実家に帰っていましたよう。
そう言えばデンマンさんも、お母様のことを“良妻賢母”と言って記事に書いていましたわよね?
卑弥子さんはよ~く覚えていますねぇ~? そうですよう。4年前に書いたのですよう。
■『日本から失われつつある良妻・賢母』
(2005年7月6日)
。。。んで、中村さんという方がデンマンさんを批判したのですわ。。。うふふふふ。。。
それで。。。、それで。。。、卑弥子さんは覚えていたのですか?
そうでござ~♪~ますわ。デンマンさんの記事に批判する方って、めったにござ~♪~ませんわ。
そうなのですよう。日本人は一般的に批判したり批判されることを人格攻撃とか、人格攻撃されると解釈する人が多いですからね。何事も“事なかれ主義”!みんな仲良くやろうね。。。そう考える人が圧倒的に多いのですよう。。。でも、心の中では反発している人が多いのだけれど。。。
デンマンさんも、かなりムキになって反論しましたわね?
別に僕はムキになったわけじゃないけれど、批判されたら、当然反論しますよう。その時の記事を読んでみてください。
■『日本には良妻賢母は居なくなったのでしょうか?』
(2005年8月9日)
。。。んで、今日は「良妻賢母」についてお話になるのでござ~♪~ますか?
もう、「良妻賢母」については上の記事の中で語りつくしました。少し飽きましたよう。
でも、今日のタイトル『女の証明』は「良妻賢母」と関係あるのでしょう?
あのねぇ~、僕は原作「人間の証明」をざっと読みました。映画を見た人の中で次のような感想を語っていた人がいたのですよう。
6) 角川映画中後期映画群によって映画の愉しさに目覚めた自分は、当時角川印のいわゆる超大作が公開されるたんび、世論で大バッシングが起きるのを不思議な気持ちで見守ってました。
今回初めて「犬神家」に続くこの鳴り物入り大作を観るに及んで・・・こりゃ春樹プロデューサー、もっと叩かれなくちゃいかんかったわw。
いや監督も脚本家も原作もひどいな、これは。ありえない偶然の連続。
この内容のどこが「人間の証明」なんでしょう?
「ストウハ」→「ストローハット」→「麦わら帽子」「キス・ミー」→「霧積温泉」って超強引な発想の転換がいともたやすくなされた時点で、ああこれはサスペンスでもミステリー映画でもないんだって思いっきり興醒め。
もしかしたら「タモリ倶楽部」の担当者はこの映画によって「空ミミアワー」の企画を思いついたんじゃないのか?
いや絶対そうに違いない!!
『人間の証明 (2009年8月19日)』より
(すぐ下のページへ続く)