司法試験の択一試験まであと3日。いつもならこの時期、なぜだか絶望感というか、あきらめ感が私デスペアを襲う。
でも、今年はそんな感情がまったくない。これもフルタイムで働きだして、手取り21万円の生活が将来にわたって保障されているため。あきらめ感は襲ってこないが、焦燥感ややらなくちゃ感もまったく襲ってこない。
ブログを書き込みできるほど、あせりがない。毎日2時間程度の勉強をするのはまったくイヤでもない。イヤでもないが、それ以上勉強する気がいまいち沸いてこない私。
紺野あさ美も8月の大検受験に向けて勉強している。負けてられない っとやる気になればいいのだが・・・・・ならない。
どちらかというと、私は嗣永桃子がいとおしい。文化放送のラジオ「レコメン」火曜日のBerryz工房のコーナー。
最近は、Berryz工房のメンバーのフリートーク中心の番組構成。これがたまらない。女子中学生の部室での会話を盗み聞きしているようで楽しいのではなく、なんていうか、私が失った純粋さや友達との関係が世の中のすべてだったような、あの思春期独特のあまずっぱさというか、視野せまさというか、無垢さがたまらなくいとおしい。
ここ数日は、寝るときは、高橋愛のヤンタンでも、ナイナイのオールナイトでも、あややのオールナイトニッポンでもなく、ベリーズのレコメンを聞いている。とくに中身のない会話、なつかしい気持ちにさせてくれるラジオ番組。いい具合に眠りに入れる。睡眠導入剤。
先々週ぐらいの放送。学校の授業についてのフリートーク。
徳永は まだいちども授業中手をあげられない。
熊井は 先生が誰かをあてるその直前に挙手をするといいよ とのアドバイス。
嗣永桃子は 授業がちんぷんかんぷんな時がある、先生が暗号をしゃべっているように感じるとのこと。暗号っていうたとえは抜群だな。
菅谷は 相変わらず自分の考えをまとめて言葉にだせない。「そうそう」と他のメンバーの会話への相づちはとてつもなくハイテンションなのだが、そこから自分の気持ちをはなす段になると「あれ・・」「あの・・」とうまくまとめてしゃべれない。
でもね、そんな菅谷のことを十分に理解しているメンバー。すかさず、「~だよね」と、菅谷の気持ちを代弁するメンバー。うーん実にいい関係。その代弁に、ハイテンションで元気よく「そう!そう!!!」と言う菅谷。なんかこの関係性がとても気持ちいい。
こんな風にメンバーの欠点をお姉さんがカバーするっていうのは、モーニング娘。では感じられなくなっている。一時期は、高橋ー道重、道重ー久住ラインが師弟ライン。よく助けてあげていたけど・・・・今はもう昔。
ベリーズのこの団結力のような、同質性というか、完成されていないアイデンティティーの助け助けられの絶妙な関係性は、モーニング娘。ではもうみられない。4期5期6期7期など複数の加入期メンバーの年代やアイデンティティーの多様性は娘の魅力でもあるのだが、ベリーズのような絶妙な同質的な関係性は娘ではかんじられない。(娘の中で唯一5期からその関係性を感じ取れたのだが・・・新垣高橋の強固な関係性と、小川麻琴と紺野あさ美の卒業により、それは感じられなくなった・・・)
協調性がなく、協調性に居心地の悪さを感じてしまう私デスペア。ないものねだりか、だからこそ、ベリーズのような関係性がとてもいとおしい。逆に、協調性のない自分への嫌悪を、協調性のない藤本美貴へと転嫁することにより、自分を嫌いになることを、避けているのかもしれない。
モーニング娘をやめてまで大検に向けて猛勉強の紺野あさ美より、アイドルなのに授業はまるで暗号みたいと、あっけらかんと自分のあほさ加減をされけだす嗣永桃子のほうが、今の択一試験を3日後にひかえているにもかかわず全く焦りを感じない私デスペアには、桃子のほうがシンパシーを感じるし、いとおしい。
じゃあ、私はモーニング娘になにを求めて、何にシンパシーを感じ、誰をいとおしいとおもうべきなのだろうか?
小川麻琴のいないモーニング娘に対して。まこっちゃんを引き留めなかった高橋愛に対して。
その答えは風に吹かれて もいやしない。
でも、今年はそんな感情がまったくない。これもフルタイムで働きだして、手取り21万円の生活が将来にわたって保障されているため。あきらめ感は襲ってこないが、焦燥感ややらなくちゃ感もまったく襲ってこない。
ブログを書き込みできるほど、あせりがない。毎日2時間程度の勉強をするのはまったくイヤでもない。イヤでもないが、それ以上勉強する気がいまいち沸いてこない私。
紺野あさ美も8月の大検受験に向けて勉強している。負けてられない っとやる気になればいいのだが・・・・・ならない。
どちらかというと、私は嗣永桃子がいとおしい。文化放送のラジオ「レコメン」火曜日のBerryz工房のコーナー。
最近は、Berryz工房のメンバーのフリートーク中心の番組構成。これがたまらない。女子中学生の部室での会話を盗み聞きしているようで楽しいのではなく、なんていうか、私が失った純粋さや友達との関係が世の中のすべてだったような、あの思春期独特のあまずっぱさというか、視野せまさというか、無垢さがたまらなくいとおしい。
ここ数日は、寝るときは、高橋愛のヤンタンでも、ナイナイのオールナイトでも、あややのオールナイトニッポンでもなく、ベリーズのレコメンを聞いている。とくに中身のない会話、なつかしい気持ちにさせてくれるラジオ番組。いい具合に眠りに入れる。睡眠導入剤。
先々週ぐらいの放送。学校の授業についてのフリートーク。
徳永は まだいちども授業中手をあげられない。
熊井は 先生が誰かをあてるその直前に挙手をするといいよ とのアドバイス。
嗣永桃子は 授業がちんぷんかんぷんな時がある、先生が暗号をしゃべっているように感じるとのこと。暗号っていうたとえは抜群だな。
菅谷は 相変わらず自分の考えをまとめて言葉にだせない。「そうそう」と他のメンバーの会話への相づちはとてつもなくハイテンションなのだが、そこから自分の気持ちをはなす段になると「あれ・・」「あの・・」とうまくまとめてしゃべれない。
でもね、そんな菅谷のことを十分に理解しているメンバー。すかさず、「~だよね」と、菅谷の気持ちを代弁するメンバー。うーん実にいい関係。その代弁に、ハイテンションで元気よく「そう!そう!!!」と言う菅谷。なんかこの関係性がとても気持ちいい。
こんな風にメンバーの欠点をお姉さんがカバーするっていうのは、モーニング娘。では感じられなくなっている。一時期は、高橋ー道重、道重ー久住ラインが師弟ライン。よく助けてあげていたけど・・・・今はもう昔。
ベリーズのこの団結力のような、同質性というか、完成されていないアイデンティティーの助け助けられの絶妙な関係性は、モーニング娘。ではもうみられない。4期5期6期7期など複数の加入期メンバーの年代やアイデンティティーの多様性は娘の魅力でもあるのだが、ベリーズのような絶妙な同質的な関係性は娘ではかんじられない。(娘の中で唯一5期からその関係性を感じ取れたのだが・・・新垣高橋の強固な関係性と、小川麻琴と紺野あさ美の卒業により、それは感じられなくなった・・・)
協調性がなく、協調性に居心地の悪さを感じてしまう私デスペア。ないものねだりか、だからこそ、ベリーズのような関係性がとてもいとおしい。逆に、協調性のない自分への嫌悪を、協調性のない藤本美貴へと転嫁することにより、自分を嫌いになることを、避けているのかもしれない。
モーニング娘をやめてまで大検に向けて猛勉強の紺野あさ美より、アイドルなのに授業はまるで暗号みたいと、あっけらかんと自分のあほさ加減をされけだす嗣永桃子のほうが、今の択一試験を3日後にひかえているにもかかわず全く焦りを感じない私デスペアには、桃子のほうがシンパシーを感じるし、いとおしい。
じゃあ、私はモーニング娘になにを求めて、何にシンパシーを感じ、誰をいとおしいとおもうべきなのだろうか?
小川麻琴のいないモーニング娘に対して。まこっちゃんを引き留めなかった高橋愛に対して。
その答えは風に吹かれて もいやしない。