愛する犬と暮らす

この子たちに出逢えてよかった。

シェラにかわってルイを守ってやらないと

2012-02-20 23:16:36 | わが家のわんこたち

とても雌犬とは思えない見かけだけは精悍なシェラ(2002年11月)

☆じゅうぶん覚悟を決めることができたシェラの死
 「わんちゃん、亡くなったんですね」
 仕事関係の方々からもそんなお悔やみ、慰めの言葉をかけていただくようになった。このブログは仕事がらみの方たちには公表していないし、ほかにも彼らにプライベートなことがらはあまり話していないが、最近、シェラの死を一度だけフェイスブックに書いてしまったので、少しずつ浸透しているわけである。

 むぎのときは恥も外聞もなくうろたえ、フェイスブックや掲示板に生の気持ちを披瀝してしまい、仲間のみなさんに多大のお気遣いをさせてしまった。突然死んでしまったむぎとちがい、シェラはそれなりの心の準備もできていたので、さして狼狽することもなく、かなり冷静に向き合うことができていると思う。

 ご近所の方々から、「あの大きい子はどうしたんですか?」と問われることもほとんどない。むぎのときは、「あれ? コーギーはどうかしたんですか?」と、ずいぶん訊かれたものだった。
 むぎは、ぼくたちでさえ「まさか?」というほど唐突だったが、シェラはよろけながら、あるいはもう歩けなくなって立ったままでいたりした姿を何週間かご近所にさらしていたから、「ああ、死んだんだな」と理解してくれたのだろう。


いつも緊張気味にむぎを守っていたシェラ(2003年3月の西湖にて)

☆近所の嫌われものだったシェラ
 正直なところ、むぎとちがってシェラはご近所の「嫌われもの」だった。よそのわんこと出逢うと吠えるからだった。ひとえに「弱虫わんこ」ゆえの行動であって、噛みついたりはしないが、吠えて威嚇する。身体は大きいし、見かけが強そうだから近所のわんこの飼い主たちからは嫌われていた。

 だから、シェラの姿が見えないからといって気にしてくれる方々も少ないのかもしれない。「やれやれ、やっといなくなったか」と思われていてもふしぎではない。そんなシェラの飼い主のぼくたちもまたシェラとともに孤立感を深めていた。だからこそ、なおさらシェラが愛しく思えてしまうという屈折した気持ちもある。できの悪い子ほどかわいいという心理に通じるものがある。

 シェラが吠える理由はいくつかあった。ひとつはまぎれもなく「弱虫」だったからであり、もうひとつは「むぎを守ろう」という強い意志である。むぎのみならず、家人を守ろうとする意志もあったかもしれない。
 晩年のシェラは、ぼくとの散歩ではほとんど吠えないが、家人とふたりのときは、むぎが逝ってしまったあともかなり吠えていたらしい。うがった見方をすると、家人じゃ自分を守ってくれないから自分を守るためにも吠えたのかもしれない。

 むぎは、相手が子犬でも跳びかかられると降参してお腹を見せていたりした。遊ぶつもりで跳びついた子犬のほうが「あれ?」とばかりまごついている。たまさか、離れた場所でその様子を見たシェラがむぎを守るために全身で吠え、全力で跳びかかろうとする。
 その迫力にご近所さんたちはシェラを凶暴な犬と思って嫌う。だから、シェラもむぎも生涯孤立して生きてきた。いわば、孤独なわんこたちだった。
 
 ルイがわが家にくるときになによりの望みは、「せめて新しい子はたくさんの友達に恵まれてほしい」ということだった。ルイという名前は「類は友を呼ぶ」のつもりで賛同した。家人、せがれたちの思いはほかにあったかもしれないが……。


ぼくがうっかり落とした手袋をくわえていた今朝のルイ

☆ルイはぼくが守ってやらないと
 ルイは、いまのところ、幸いにしてぼくの願いをかなえてくれている。吠えついて嫌われていたシェラとはちがい、そのシェラに守られていたむぎともちがい、ルイはみんなから愛されるわんこになるはずだった。
 しかし、どうやらそううまくは運ばないらしい。わずか三か月ばかりとはいえ、嫌われわんこのシェラと一緒にいたからという理由からか、その飼い主の第三のわんこだからなのか、とにかく、近所ではやっぱり孤立したわんこになりつつある。

 どこか離れた公園などではいろんなわんこが遊んでくれるが、家の近所で遊びたいとほかのわんこに近づくとすぐに吠えられ、撃退されてしまう。「ルイ、ごめんな」と心で詫びながら、ぼくは毎朝散歩に連れていっている。
 
 自分の身を挺してでも守ってくれるシェラはもういないから、いざとなればぼくが守ってやるしかない。あのシェラでさえ、まったく知らない犬にいきなり攻撃されたことが数度ある。ぼくの反応が遅れ、守りきれずに背中に傷を負ったことが二度。いずれもシェラよりも大きな犬たちだった。

 シェラが自分は傷つきながらむぎを守りきったように、ぼくもルイを守ってやらなくてはならない。そうでないと亡きシェラに顔向けできない。


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貴重なお時間を割いてお読みいただき、感謝しております。ありがとうございました。



シェラに学んだ老いとの折り合い方

2012-01-10 22:43:01 | わが家のわんこたち

以前はむぎがいた場所にいまはシェラがしじゅういる(10日夜)

☆出迎えわんこの変遷
 今夜、帰宅して玄関の扉をあけると、珍しく正面でシェラが待っていてくれた。寝ておらず、ちゃんと起きている。
 先の7月までは、玄関のすぐそこで張り込んでいたのはむぎだった。扉を開くまでもなく、ぼくがそこへ立つ前から足音でぼくの帰宅を知って吠えだしている。ぼくの顔を見ると、「お帰りなさい」と二度、三度と激しく吠えたあと、シェラへ報せるために奥へ駆け込んでいく。その声でリビングへ向かうぼくをシェラが小走りで迎えに出てきたものだった。

 むぎが逝ってしまったあとは、ぼくが帰ってもシェラはなかなか気づいてくれない。もうすでに聴力が衰えてしまっていたからだ。よほど大きな声を出さないと無理だった。気づけば喜んでくれるのだが……。
 そのシェラが、ルイとふたりきりで留守番をさせて帰ってみると、必ず玄関の前、かつてむぎがいた場所で寝ている。扉を開けてもまったくわからなから、「おい、シェラ、いま帰ったぞ」と身体を触ってやるとびっくりして眠りから覚めて飛び起きる。

 今夜のように、目を開けてぼくの帰りを待っていてくるシェラは珍しい。リビングに置いたケージの中のルイは、ぼくが帰っても声をかけてやらないとなかなか喜ばない。まずはシェラの出迎えを受けたあとにルイの出迎えになる。ちゃんと順番を知っていて、それを待っているかのように思えてしまう。シェラとルイの目の輝きが、ぼくが幸せを噛みしめるひとときである。


ぼくを迎えるためだけにいるではないが、今夜はたぶんぼくを待っていた(10日夜

☆ぼくが朝にこだわるのは……
 帰れば喜んで迎えてくれるシェラとむぎだったが、朝は家を出るぼくにまるで無関心だった。それでも、ぼくは毎朝、「シェラ、いってくるぞ」「むぎ、いってくるからな」と声をかけてやっていた。それを忘れたときは玄関から、「お~い、シェラ、むぎ、いってくるぞォ!」とリビングのほうへ声をかける。むろん、どちらのときも朝はふたりそろって知らん顔である。玄関まで送りに出た家人に、「冷たいもんだな」ななどといいおき、それから「いってきま~す」といって外へ出るのが常だった。
 
 いまのぼくは少しばかり違う。寝ているシェラの顔をのぞきこみ、頭をそっと撫でて、「いってくるからね」と声をかける。もしかしたら、これが今生の別れになるかもしれないからだ。一見、安定はしているようだが、シェラの身体の中ではどのような変化が起こっているかわからない。むぎが突然逝ってしまった光景がトラウマになっているからだろう。
 ただの老衰だってシェラの17歳という年齢だったらいつなにが突然起こってもおかしくあるまい。まして、大きな癌という病巣を抱えているのである。
 
 せっかく寝ているところを起されるシェラにしてみれば迷惑以外のなにものでもないが、そのくらいのぼくのわがままは許してもらう。ついでにルイにも声をかけ、頭を撫でてやる。ぼくが出かけてしまうのを知っているからルイも寂しそうな顔で見送っているだけだ。


まだ夜の散歩は続いているものの、足腰の衰えは進んでいる(9日夜

☆緊張の日々が続く
 家を出てからは、ケータイが鳴って、家人からの通話やメールだとギョッとして息が詰まりそうになる。家人も心得ているから、第一声は「シェラは変わらないからね」といってから用件を喋りだす。メールも同様である。家人からのケータイへの連絡はめったにないが、精神衛生上きわめて悪い。

 昨年末、ぼくは連日のようにセットされていた忘年会を全部辞退した。せっかくお誘いくださった方々には失礼千万なのは承知の上でお詫びし、すべてお断りして、ぼく抜きでやってもらった。
 忘年会ほどではないが、新年会もいくつか予定が入っており、今週から来週にかけての夜に集中している。いますぐにシェラがどうにかなってしまうという兆候は見えないが、今週木曜日の新年会以外はやっぱりすべて断ることにした。

 いまやシェラとの残り少ない時間を大切にしたい。仕事のつきあいといっても所詮飲み会である。若いころと違い、飲み会が頻繁になるとやっぱり辛い。
 シェラとの時間を大事にするばかりではなく、自分の健康も本気で気をつけようと思う。飲み会以外にも冬の序盤、夏の終盤がこたえる年齢になってきた。シェラが公園でズンズン歩く姿を見ていると、オレも負けてはいられないと思うが、いまは可能なかぎり無理はしたくない。
 
 これもまた、シェラに教わったぼくなりの老いとの折り合い方である。


ケージから出して遊ばせてやれないルイへの謝罪

2011-12-20 22:08:11 | わが家のわんこたち
☆ケージから出してやれないわけ 
 シェラに残された時間が、もう残り少ないのなら、しばらくはシェラと向き合っていきたいとの思いを強くしているけれど、だからとってルイをないがしろにしているつもりはない。ルイのめまぐるしい成長に満足し、そのワンパクぶりに目を細める日々に変わりはない。


 身体がだんだんと大きくなっているにもかかわらず、相変わらずケージに閉じこめたままにせざるをえないのは、いったん、ケージから出たら最後、ルイは突貫小僧と化して全力で狭い部屋を疾走し、シェラへ飛びかかっていく繰り返しだからである。じゃれつくルイのシェラへの負担は見るからに痛々しい。ぼくたちはシェラを守るためにルイを遠ざけている。


 それがルイの不満を越してストレスになっていても不思議はない。ケージの中のトイレをかじったり、こちらお気を引こうとトイレの外でオシッコをしたり、ウンコをぶちまけたりする。やってからすまなそうにしている顔を見るとかえって可哀そうになる。とくに、ケージのすぐ脇にシェラがやってきて寝そべっていたりすると苛立ちは最高潮に達して七転八倒して上の写真のような仕儀となる。なんとかシェラを守りながらルイをケージから出して遊ばせてやりたいと腐心しているのだが、機会は限られてしまう。

☆暴れに暴れて疲れ果て…… 
 シェラが一晩入院した17日の夜、ルイをケージから出してやるとそれまでの不満を吐き出すかのようにルイの突貫がはじまった。ボールをくわえ、それはうれしそうに走る姿に、「ルイ、なかなか出してやれなくてごめんな」と何度も語りかけた。


 ボールを投げてやるとさらに喜んで走りまわる。そのうち、投げてもらう楽しさがわかってきて、ボールをぼくの前に置くと、「投げて」というともりで手を軽く噛むようになった。ときには、家人のほうへいって同じことをやる。やっぱりこうした遊びを通じて気持ちも通い合っていくのがよくわかる。


 ルイは、もう息が上がっているのにまだ走り続けようとする。子犬が遊び出すと倒れるまで止まらない元気な子がいると聞いたことを思い出す。
 「ルイ、もういい加減にしておきな」といってボールを取り上げ、ケージの中に入れるとすごい量の水を飲んだ。やっぱり途中で止めてよかった。エネルギーがあり余っているのだ。次の休みの日は、長いリードをつけて公園でボール遊びをやってやろうと思う。


お願いだから立ち上がってくれ

2011-12-20 22:02:29 | わが家のわんこたち
☆予定外の早い時間のシェラとの散歩
 この草稿を帰りの電車の中で書いている(投稿はずっとあとの時間になるが)。これから家に戻り、7時半までにシェラを病院へ連れていく。点滴を受けるためである。昨日はせがれがやってくれたが、残りの日々ははぼくがやらなくてはならない。

 昨夜もシェラはときどき起きてきては水をたくさん飲んでいた。たしか、9時過ぎに落ち着かなくなったので、外へ連れ出すことにした。ルイにそれと気づかれないよう見えないところで準備をする。ハーネスを装着し、ぼくも防寒着をはおり、ヘッドランプをつけてそっと家を抜け出そうとするのだが、かすかな物音やら気配ですぐにバレてしまったらしい。リビングのほうからのルイの激しい鳴き声を背に玄関を出た。


 外へ出る……だけなのだが、マンションの構内を歩かせることができないので台車に固定したクレートに入れて運ばなくてはならない。いまはルイをシェラと一緒に乗せられないので置いていかざるをえない。
 エントランスの脇にクレートを置き、少し離れた場所の砂利の上に連れていくと、シェラはいつものように盛大に放尿した。ただし、これでおしまいというわけにはいかない。いっとき、あたりのにおいを嗅ぎ、けっこうしつこく自分のエリアの情報を収集してからクレートに戻る。その間に、もう一度か二度、オシッコをする。ときには大きいほうの排泄がともなうこともある。

 家に戻ると、ケージの中でルイがぼくをじっと見つめていた。きれいなままのケージに安心してルイを褒め、声をかけてやり、頭を撫でて、ぼくとしては一段落ついた思った。しかし、ここからがルイ・オン・ステージのはじまりだった。
 まず、すぐにトイレの外でオシッコをしてくれた。置いていかれたことへのルイ流の抗議行動である。ぼくとしては本気で怒れない。ぶつぶついいながらケージの中をようやくきれいにし、ルイを中へ入れると、今度はきれいにしたばかりのケージの中のトイレの外でウンコを散らかしていた。絶望的なほどの激しさで……。どうやら、ウンコを口の中にも入れたようだ。「いけない」ということをわざとやるのは、ルイの抗議を越えた、仕返し、腹いせ以外の何ものでもない。


 シェラとの散歩が、午後10時前という時刻が時刻だっただけに、寝る前にもう一度オシッコのために外へ連れていかなくてはならないと覚悟した。
 午前1時近く、風呂から出たあと、散歩のための外出のしたくをどうしようかとシェラのそばへいってみた。撫でたり、声をかけたりしてみたが、動く様子がない。やっぱり身体がだるそうだ。無理して散歩に引っ張り出すまでもないだろう。もし、明け方にでもオシッコがしたくなったらぼくを起こしにやってくる。そのとき、起きてやればいいと思い、深夜の散歩は見合わせた。

☆起きないシェラに愕然とする
 午前6時――今朝は目覚まし時計が鳴るまで眠りこけた。すぐにベッドから抜け出し急いでしたくをする。
 ケージの中からルイが寝そべったままぼくの様子をじっと見ている。「連れていってよ」というアピールはせずに、おとなしくじっと眺めているだけである。こいつが、いつ、どこでオシッコをするか心配でならない。その始末で散歩の開始時間が遅れるからだ。

 自分の着替えを終え、まずハーネスを手にしてリビングの床で寝ているシェラに「さあ、いこうよ」と呼びかけた。しかし、まったく起きようとしない。深夜の散歩をやっていないから膀胱はパンパンに張っているはずなのに動こうとしないのである。目は開いているが、立ち上がらないのだ。


 横向きに寝そべっているシェラの身体にハーネスを着け、「シェラ、お願いだから立ち上がってくれよ」といいながら、なかば力ずくで立ち上がらせた。痛がって悲鳴を上げるかもしれないと心配したが、嫌々ながらも黙って立ち上がった。
 立ち上がったが、動こうとしない。その場に立ち尽くしているだけである。ただのだるさのせいなのか、力が入らないのか、見極めはつかない。身体が崩れ落ちてしまわないだけまだましである。

 ぼくは焦った。とにかく外へ出よう。苦労してシェラを誘導する。
 あとはルイをケージから連れ出し、リードをつけて玄関の外へ出ればいいだけだった。だが、ルイの様子がおかしい。「あっ」と思ってケージの中をのぞくと、トイレの外で盛大にオシッコをしている。洗って、昨夜入れてやったばかりフリースのブランケットを濡らしていた。ルイはいけないことをしたという自覚があるから、きれいなままのトイレの上に避難している。

 帰ってきてからバタバタしないように、ルイを風呂場へ入れてから手早くケージの中を掃除した。そんなぼくの様子をシェラは同じ場所に立ったままじっと見ていた。
 「シェラごめんな、ちょっと待ってくれ」
 ぼくは何度もシェラに謝りながらルイの粗相の始末を終えた。

☆明日のことはわからない不安
 散歩の最中のシェラとルイのふたりの様子はいつもと変わりなかった。シェラは最初に盛大なオシッコをしたし、散歩の距離もこのところの毎朝のとおりだった。ウンコもちゃんと出た。昨夕は二度出ているそうだから今朝は一度でも心配ない。
 シェラ中心の散歩を終えると、シェラをクレートの中に入れて待たせ、ルイとだけの散歩になる。ここでこの日二度目のウンコをルイがやってくれた。ルイが朝の散歩で二度やってくれればあとは家に帰るだけである。


 朝のフードも、シェラはいつもと変わりなく食べてくれた(ルイが成長の途上らしいすごい食欲なのはいうまでもない)。今朝、起き上がろうとしなかったシェラの様子がずっと心配だったが、どうやら食欲までなくしてはいないらしい。

 むろん手放しでは喜べない。朝、なかなか起き上がろうとしないなどというのは明らかな異常である。それだけ身体が弱りはじめているのだろう。 
 今日はまだいい。だけど、明日のことはわからない。明日のシェラがどうなっているのか、それは明日になってみないとわからない。


シェラ異変へのカウントダウンなのか?

2011-12-16 21:13:40 | わが家のわんこたち


☆食欲があるうちは…
 一昨日に続き、シェラの食欲が今朝もない。
 このブログでも何度か書いてきたことの繰り返しではあるが、食欲が旺盛なうちは大丈夫ー―シェラの衰えを見るバロメーターは日々の食欲だとぼくたちは思ってきた。なんの根拠もない、ただの思い込みでしかないのだが、これまでのシェラとの17年近い生活の中で、シェラに何か不調が生じると必ず食欲が落ち、復調すると食欲も戻った。

 人間と同じとはいえ、たしかにその反応は如実だった。
 どれだけ食べ残したか、おやつも含めて食べ物をねだる頻度、勢い、量、食べ方にいたるまでのシェラの姿を見ただけで家人はシェラのそのときそのときの様子を感じ取ってきた。

 今朝のテレビで、横浜市立野毛山動物園にいるラクダが世界最高齢になるというニュースを見た。レポーター役の放送記者から「長生きの秘訣は?」と聞かれた飼育員の答えは「食欲」だった。
 「やっぱりね」と家人が反応した。というのも、今朝のシェラは珍しく朝の餌を食べようとしなかったからである。においは嗅ぐが横を向いてしまう。家人が食器を鼻先に持っていって、「ほら、ご飯よ。食べて」と無理強いするとスッとその場を離れる。家人が追いかけていってまた同じことを繰り返す。「もういい加減にしろよ。シェラだって食欲がなくなるときだってあるさ」とぼくが止めても何とかして食べさせようと家人はしつこく追いすがった。



 根負けしたかのようにシェラがキッチンの片隅の水飲み場の近くで食べはじめた。いったん、口をつけてしまえばあとはきれいに食べてくれる。それを見てひと安心した直後のラクダの番組だった。
 明日は喉の腫瘍の経過観察もかねて病院へ出かけるという。きっと、食欲が落ちたことを憂い、お医者さんにおそるおそる訊くつもりでいるのだろう。彼女にとってシェラの食欲の減退は絶望へのカウントダウンのはじまりなのだから。

☆一方、ルイのほうは…
 まだ生まれて半年のルイのほうは、元気すぎるくらい元気なので、なんんら問題はない。犬の中にも、生来、食の細い子はいるだろうが、ルイの場合はきわめて旺盛である。それだけに、太らせないように気をつけていかなくてはならない。肥満は、犬もぼくたちも辛い思いをすることになる。とりわけわが家の場合は多くの前科があるだけに要注意である。
 
 あとは基本的な「しつけ」である。ご飯の前の「待て」は一発で憶えてくれた。しかも、ちゃんと座って待つ。
 むぎのときは、いつもシェラに目がいっていてぼくのコマンドなどまったく耳に入らない。シェラが見えないところでは不安でますます耳に入らなかった。それでも懸命にしつけをやろうとすると、ぼくの声を聞きつけてシェラがやってくる。そして、シェラがむぎの代わりに動く。むぎのほうは、すぐ隣にシェラがきてくれたのでうれしくてならない。ますますぼくの声など耳に入らなくなる。


 
 そんなわけでむぎへのしつけをぼくは早々とあきらめた。
 だが、いつの間にか、シェラができることはむぎもほぼできるようになった。唯一、歩くときに、「ツケ」でぼくの左横につく命令だけは通じなかった。シェラがぼくの左をあるくとき、むぎはぼくの右につきたがった。「ツケ」を解除して自由に歩かせると、むぎはシェラの横についた。
 
 「ツケ」以外、むぎはすべてシェラの行動を見て聞き分けのいい子になってくれた。さて、ルイの場合はどうだろうか? やんちゃ、わんぱく、がんこーーなどの言葉が当てはまるほどルイは一筋縄ではいきそうにない。
 むぎとも違い、また、しつけにほとんど苦労しなかったシェラのようにはいきそうにもなく、かとっいって自由奔放で成長させてしまったらやくざな犬になることは目に見えているだけに、ぼくとしてはなかなか気が重いのである。



 突然落ちたシェラの食欲が異変へのカウントダウンにならないでほしいと願いつつ、いずれその日が近いとの覚悟を新たにしなくてはならない現実の前に、ルイのしつけもあるし、ルイの存在がシェラにとって精神的、身体的な負担にならぬようにと、気が抜けない年の暮れから新年を迎えることになりそうである。
 
 何はともあれ、まずは散歩のときのルイのシェラへのじゃれつきから何とかしたい。