夕方の買い物、夕食の支度、食事介助と続き、疲れ果てるやら、腰は痛くなるやらで、大変だったので、宅食を頼んでいた。しかし、妻が食べられる物が減ってしまい、手を付けないことが多くなった。そこで、夕方、宅食の中身を見て、妻が食べられそうな物、食べない物をチェックし、不足の物を私が作ることが多くなった。そして、今では、妻が食べない物、食ベられそうもない物がほとんどになって、結局は、その代わりに、私が何か作ることが多くなった。だから、あまり宅食を頼んでもメリットがほとんどなくなってしまった。
まあ、宅食を頼んでいるのだから、曲がりなりにも、食事を用意している、食べる食べないは妻の勝手だという私の気休めのようなものだったような気がする。しかし、病状が進んで、好き嫌いじゃなくて、宅食の中身が、本当に飲み込みにくい、食べられないという物がほとんどになってしまい、宅食を頼むメリットがなくなってきたというのが現状だ。
宅食をやめるということは、不足を補うよりも、多くの物を作らなくてはならないことになるので、調理が大変になることは必至だし、手間暇の掛かることだ。でも、食べられない物ばかりになっている宅食をこのまま続けるのは、もったいない話だ。何とか、対応を考えていきたいと思うが、気が重く、途方に暮れているのが現状だ。