妻は、この病気になって6年を経過する。体の能力はどんどん失われ、歩けなくなり、そして、自分で食べることもできなくなり、そして、食べ物を飲み込むことだってできなくなった。そして、今や、話すことだってどんどん大変になってきている。栄養は、点滴のみとなり、やせ細る一方で、骨にかろうじて筋肉が付いているといったありさまだ。しかし、頭だけは清明で、何でも分かっているし、色々な刺激を過敏と言えるほどに敏感に感じ取っている。それだけに、本人の辛さはいかばかりか推し量ることができない。
いっそのこと、先に痴ほうが発症して、ぼけて、何もわからなくなっている方がどれだけ楽か、傍目で見ている私から見ても、それはそれは痛々しい限りだ。夕方、眠剤の入った座薬を入れた後、すやすやと眠りに落ちる。しかし、眠りが浅くなったとき、苦しそうな表情を浮かべ、時々、目を開けて、あちこち苦痛を訴える。そして、また、しばらくすると、眠りに着くのだが、それまでの間、どう接して良いか、あまり話しかけたり、体を動かしたりすると、せっかくうとうとしているのを覚醒させてしまうことになる。そうなると、また、眠りに着くまでの時間の苦痛が長引くばかりだ。
私は、傍にいて、ふと小学校で覚えた歌を頭の中で、歌ってみた。これは、長男は次男が赤ん坊だった頃、歌ってあげた曲だ。こうすることで、私の呼吸は整い、それが子供にも伝わって安心して眠りについたものだった。その経験から思いついたことだ。でも、子守歌にしてはあまりにも下手糞すぎて、妻が聞いたら寝るどころか却って覚醒してしまう。だから、頭の中だけで口ずさむことにした。
それにしても、神様はどうして妻にこの病気を与えたのだろう!ちょっと意地悪が過ぎるのではないか?ねえ、神様、教えて!