労基法の差別禁止事由「国籍」・「信条」としたのはそれなりのわけ!「社会的身分」で包括的に!
労働基準法で代表する労働法の世界は、使用者と労働者の関係において、いわゆる「人」を取り扱う法律なので、「人権」についても、細かに規定している。その中で、平等取り扱いを論じた労基法第3条においては、次のように規定している。
使用者は、労働者の国籍、信条、社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱いをしてはならない。(労働基準法第3条)
一方、憲法第14条においても、同様の規定がある。
すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。(憲法14条1項)
憲法は、「政治的、経済的、社会的関係」において全般的に差別されないとしているが、労働基準法においては、あくまでも「労働条件」の関係においてとしているのは、労働基準法の対象とするのが労働関係なので、限定的なのは当然の事であろう。問題は、その理由である。憲法は、人種、信条、性別、社会的身分又は門地として、多くの理由を挙げているにもかかわらず、労基法は、国籍、信条、社会的身分の3つだけを上げているに過ぎない。これだけで、理由のすべてを上げたことになるのかという疑問である。
ところで、社会保険労務士の試験を受験しようとしている方は、この憲法と労働基準法の差別禁止事由の違いについて戸惑われる方もいるかもしれない。私の場合で恐縮ですが、曲がりなりにも憲法14条は読んでいたので、労働基準法3条を見たとき、ああ、憲法のあの条項かと思ったほどであるが、よく見ると語句が違っていたのに気が付いたのである。この点については、次のように、労働基準法は覚え直せばいいのではないかと思う。
労働基準法は、戦後、昭和22年(1947年)の成立である。まず、人種でなく「国籍」を差別禁止事由として掲げた背景には、戦時中に行われた中国・台湾・朝鮮人労働者に対する差別的取り扱いの反省があったという。また、1919年のヴェルサイユ条約やILO第19号条約など、当時は、各国に居住す外国人労働者への均等待遇の確保が国際的にも課題になっていたという。(詳解労働法)
また、2番目に掲げた「信条」というのは、思想、信念など人の内心におけるものの考え方をいい、宗教的な信仰のみならず政治的な信念も含まれるというのが一般的な見解である。これまた、戦後間もないころにおいては、政治的には、極左的な思想から極右的なもの様々な思想の対立があった時代でもあり、公平な労働基準法の世界においては、あえて差別的な理由とは認められないとしたのは、当然の事かもしれない。そして、また裁判でさまざまに争われ、中には典型的な裁判例もあるところです。
3番目に差別禁止とした「社会的身分」においては、「生来的な地位を指す」とされ、一般的にいう「生まれながらの」身分であって、出身地、門地(家系・血統などの家柄のこと)、人種、非嫡出子などさまざまなものを指すとされる。ここで、憲法14条でいっている「人種」「門地」はこの社会的身分の中に含まれており、憲法の方が禁止事由が多いというのは当たらないことになる。生来的な地位である「人種」「門地」は、すべてこの社会的身分の中に含まれるのである。すなわち、1番目に「国籍」を取り上げ、2番目に政治的な対立の点等からの「信条」を謳い、3番目に包括的に、生来的な地位である「社会的身分」で理由の全部を言い切ったということができるのです。
ただ、一つだけ言い忘れたことがあります。憲法と労働基準法の差別禁止事由で、違っているのが「性別」です。今までの説明したとおり、労働基準法3条では、明確に「性別」の禁止事由が挙げられていません。これには、労働基準法自体に時間外労働、深夜労働等に関する女性保護規定があることを考え、意図的に「性別」を除いたものであるとされています。一方、賃金については、女性であることを理由として、男性と差別的取扱いをしてはならない(労基法4条)としているほか、男女雇用機会均等法や女性活躍推進法等において、不利益な取り扱いにならないように、また、女性が活躍できるように、個別に、適正な規制を行っているところです。
最後に、憲法で差別禁止をしたにも関わらず、労働基準法でさらに禁止したのには、わけがあります。労働基準法3条違反には、まず罰則の適用があります(6か月以下の懲役又は30万円以下の罰金)。民事上も、違反した場合には不法行為(民法709条)があり、それが配置転換、懲戒処分、解雇などの法律行為であった場合には、無効となるものであります。(労基法13条) 労働基準法で禁止したのには、以上のように、具体的な法律効果が期待されているからです。
参考 詳解労働法第2版 水町勇一郎 東京大学出版会
労働基準法で代表する労働法の世界は、使用者と労働者の関係において、いわゆる「人」を取り扱う法律なので、「人権」についても、細かに規定している。その中で、平等取り扱いを論じた労基法第3条においては、次のように規定している。
使用者は、労働者の国籍、信条、社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱いをしてはならない。(労働基準法第3条)
一方、憲法第14条においても、同様の規定がある。
すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。(憲法14条1項)
憲法は、「政治的、経済的、社会的関係」において全般的に差別されないとしているが、労働基準法においては、あくまでも「労働条件」の関係においてとしているのは、労働基準法の対象とするのが労働関係なので、限定的なのは当然の事であろう。問題は、その理由である。憲法は、人種、信条、性別、社会的身分又は門地として、多くの理由を挙げているにもかかわらず、労基法は、国籍、信条、社会的身分の3つだけを上げているに過ぎない。これだけで、理由のすべてを上げたことになるのかという疑問である。
ところで、社会保険労務士の試験を受験しようとしている方は、この憲法と労働基準法の差別禁止事由の違いについて戸惑われる方もいるかもしれない。私の場合で恐縮ですが、曲がりなりにも憲法14条は読んでいたので、労働基準法3条を見たとき、ああ、憲法のあの条項かと思ったほどであるが、よく見ると語句が違っていたのに気が付いたのである。この点については、次のように、労働基準法は覚え直せばいいのではないかと思う。
労働基準法は、戦後、昭和22年(1947年)の成立である。まず、人種でなく「国籍」を差別禁止事由として掲げた背景には、戦時中に行われた中国・台湾・朝鮮人労働者に対する差別的取り扱いの反省があったという。また、1919年のヴェルサイユ条約やILO第19号条約など、当時は、各国に居住す外国人労働者への均等待遇の確保が国際的にも課題になっていたという。(詳解労働法)
また、2番目に掲げた「信条」というのは、思想、信念など人の内心におけるものの考え方をいい、宗教的な信仰のみならず政治的な信念も含まれるというのが一般的な見解である。これまた、戦後間もないころにおいては、政治的には、極左的な思想から極右的なもの様々な思想の対立があった時代でもあり、公平な労働基準法の世界においては、あえて差別的な理由とは認められないとしたのは、当然の事かもしれない。そして、また裁判でさまざまに争われ、中には典型的な裁判例もあるところです。
3番目に差別禁止とした「社会的身分」においては、「生来的な地位を指す」とされ、一般的にいう「生まれながらの」身分であって、出身地、門地(家系・血統などの家柄のこと)、人種、非嫡出子などさまざまなものを指すとされる。ここで、憲法14条でいっている「人種」「門地」はこの社会的身分の中に含まれており、憲法の方が禁止事由が多いというのは当たらないことになる。生来的な地位である「人種」「門地」は、すべてこの社会的身分の中に含まれるのである。すなわち、1番目に「国籍」を取り上げ、2番目に政治的な対立の点等からの「信条」を謳い、3番目に包括的に、生来的な地位である「社会的身分」で理由の全部を言い切ったということができるのです。
ただ、一つだけ言い忘れたことがあります。憲法と労働基準法の差別禁止事由で、違っているのが「性別」です。今までの説明したとおり、労働基準法3条では、明確に「性別」の禁止事由が挙げられていません。これには、労働基準法自体に時間外労働、深夜労働等に関する女性保護規定があることを考え、意図的に「性別」を除いたものであるとされています。一方、賃金については、女性であることを理由として、男性と差別的取扱いをしてはならない(労基法4条)としているほか、男女雇用機会均等法や女性活躍推進法等において、不利益な取り扱いにならないように、また、女性が活躍できるように、個別に、適正な規制を行っているところです。
最後に、憲法で差別禁止をしたにも関わらず、労働基準法でさらに禁止したのには、わけがあります。労働基準法3条違反には、まず罰則の適用があります(6か月以下の懲役又は30万円以下の罰金)。民事上も、違反した場合には不法行為(民法709条)があり、それが配置転換、懲戒処分、解雇などの法律行為であった場合には、無効となるものであります。(労基法13条) 労働基準法で禁止したのには、以上のように、具体的な法律効果が期待されているからです。
参考 詳解労働法第2版 水町勇一郎 東京大学出版会