「ユダ族とベニヤミン族のうちのある者は、エルサレムに住んだ。すなわち、ユダ族では、ウジヤの子アタヤであった。このウジヤはゼカリヤの子、順次さかのぼって、アマルヤの子、シェファテヤの子、マハラルエルの子。マハラルエルはペレツの子孫のひとりである。」(ネヘミヤ記11:4新改訳)
神に対する堅い信仰をもってエルサレムに在住した人々は、主にユダ、ベニヤミン、レビの三部族から成っていた。登録されたその数は合計三千人あまりだったことが本章からわかる。帰還民たちは周辺の異邦人と緊張関係にあったが、特にエルサレムとそこの住民は敵視されていた。だからエルサレム市内に居住することは、危険をも承知のうえで決心しなければむずかしかったのだ。▼さて、やがてこのベニヤミンの子孫から、最大の使徒パウロが出るのである。彼はキリキヤ州タルソの出身だが、甥(パウロの姉妹の子)がエルサレムに家族と住んでいた( 使徒23:16同)ことからみても、もとはエルサレムにある一族だったとみてよいだろう。パウロの家はユダヤ教を守り、発展させようとの強い決意をもっていただろうし、彼はそのためにガマリエルの門下生として勉学と訓練に明け暮れていたにちがいない。そのパウロが、律法の実体、活ける神殿であるイエス・キリストの顕現に触れ、歴史上最大最高の使徒、伝道者になった。▼このようなことをみると、神の摂理の糸がすでにネヘミヤの時代から伸びていたわけで、そのご計画の大きさ、精緻さに感動する。