マシュマロ’sエンディングノート

~At the end of a marshmallow-like life~

レジ袋の有料化 ユニクロとGUも4月から開始

2020-02-19 | 日々の暮らし
ファストファッションであるユニクロとGUは、4月からレジ袋(買い物袋)を有料化するそうです。
大小問わず、1枚10円。
少し高いような気もしますが、スーパーなどの袋よりも厚みがあるし、ロゴも入っているので、妥当な金額なのかな?
それとも、マイバッグ持参を定着させるために、少々高めに設定したのかも。

今回は、レジ袋の有料化とマイバッグについて、私が考えていることなど綴ってみたいと思います。

レジ袋有料に賛成する理由
私は、以前からレジ袋の有料化には賛成していて、当ブログでも何度か取り上げています。
賛成する理由は、環境問題に積極的に取り組んでいるわけではなく、自分の家にレジ袋が溜まっていくのが嫌だから。

まあ、溜まる前に廃棄すればいいだけのことなのですが、我が家にはうんざりするほどのレジ袋が、あちこちの引き出しに詰め込まれていて、私が不要品を処分しているときも、何故こんなところにレジ袋が!?ということが何度もあました。
母が、溜め込んでいたモノです。
母曰く、ごみ袋は毎日使う、何枚あっても足りないから、(レジ袋を)再利用して使う、ということでした。
が!使い切れてないじゃん、余ってるどころか、溢れだしてるじゃん、といつも思っている私がいました(苦笑)

考えてもみてください。
いくつもの引き出しや収納が、レジ袋でパンパンになっている状況を。
その引き出しに、他のモノが入れられないから、違うモノが溢れて、新たな収納を買う羽目になっていたのではないのか、と、当時母に強く言えたら、どんなに良かったか(苦笑)

そんなこともあり、私が家事をするようになってからは、引き出し1つ分に、レジ袋やポリ袋(スーパーのサッカー台に設置してあるモノ)と、新品のポリ袋(食品の保存用)を入れて、そこから溢れないように、数量管理をしています。

マイバッグを使い始めたきっかけ
まだ、レジ袋についての環境破壊問題が注目される前ですが、マイバッグが少しづつ定着し始めたころから、自分でもマイバッグを持つようになりました。
というのも、ブームって怖いと思ったのですが、景品や、知人からのプレゼントが、マイバッグばかりだった時期があるんです(笑)
環境問題への取り組みという本質からは外れて、マイバッグがブームだからみんな欲しがっているはず、という認識だったのかもしれませんが、正直、マイバッグが家に増えてウンザリしていた時期があります(苦笑)
そのたくさんのマイバッグの中に、非常に使いやすいマイバッグがありました。
スーパーのレジ袋よりも、そちらの方が使いやすかったし、たくさん入れることができたので愛用していたのですが、3年ぐらい前に破けてしまい、仕方なく廃棄して、家に溢れていたマイバッグの中から、一番マシなモノを選んで(笑)現在に至ります。

使い始めた当初は、マイバッグを持ち歩く人はほとんどいなくて、マイバッグに買ったモノを入れていると、ジロジロ見られたりしていました。
マイバッグ持参での買い物が、珍しかったようです。
ただ、海外では、環境問題云々言う前から、レジ袋が有料だったり、そもそもレジ袋が用意されていない店舗もあったりしましたから(プレゼント用のラッピングは別)、私自身は、マイバッグってかっこいい、という外国かぶれな考え方をしていました(笑)

そんな感じで、マイバッグ歴はまあまあ長い方なので、レジ袋が有料になっても、私個人の生活には、何の影響もありません。
むしろ、ユニクロとGUのレジ袋有料化は、遅い感じすらありますので、アパレル系ショップもどんどんレジ袋の有料化をしたらいいと思っています。

ファッション化するマイバッグは疑問
ファッション系雑誌では、トートバッグが人気のようで、毎月必ずどこかの雑誌の付録がトートバッグやショッピングバッグですよね。
そして、ショップで買い物をすると、ノベルティとしてブランドロゴを入れた、オリジナルトートをくれたりします。
お気に入りのブランドであれば、ロゴが入ったトートバッグもうれしいかもしれませんが、たまたま買い物をしたときに、ノベルティ配布期間だった場合、私は少し残念な気持ちになります。

そもそも、レジ袋が溜まっていくのが嫌だったから、マイバッグ持参にシフトしたのに、今度はどこの店でもマイバッグになりそうなトートや手提げバッグをノベルティとして配り始めたら、結局素材が違うだけで、レジ袋が溜まる現象と一緒です。
しかも、多くのアパレル系ショップでは、いまだにレジ袋が無料ですから、レジ袋は増えるわ、トートバッグは増えるわで、どちらも増えてしまうことになります。

まあ、ノベルティの受取を拒否すればいいだけのことなので、私は受け取らないようにしていますが、実を言うとショップ側は、ノベルティを早めに捌いてしまいたいんですよね。
全部が全部とは言いませんが、ノベルティってショップごとの買い取りだったりするので、在庫にしたくないんですね。
だから、断ると結構強めに「本当に要らないのか」みたいな問答があります(苦笑)
もしかしたら、ショップごとの売り上げ成績の評価に使われている可能性もありますね。

お気に入りのブランドが、期間限定でトートバッグのノベルティを配布しているとなると、どうしても手に入れたくなる人は、一定数いらっしゃると思います。
芸能人や有名人が持っていたら、なおさら欲しくなったりするのが、物欲というモノ(笑)
ただ、本気で環境問題に取り組んでいたら、無料配布するノベルティは作ったらいけないと思うのです。
当ショップは、環境問題に取り組んでレジ袋は有料化しますが、ノベルティでトートバッグを配りますよ、では、根本的なところが間違っているような気がします。

日本では、マイバッグ持参がなかなか浸透しなかった背景もあり、無料で配ることでマイバッグ持参派を増やす狙いもあったかもしれませんが、本気で環境問題に取り組むのなら、客足が鈍くなっても、無料のマイバッグは配らない、レジ袋は有料、という姿勢を取るべきだと思います。
雑誌の付録でもそうです。
あれは、スポンサー企業が、わが社の製品は付録ではこのようなクオリティですよ、でもショップではもっと高いクオリティのモノが購入できますよ、という宣伝効果と、雑誌売上増加を狙ったモノです。
でも、雑誌の内容が環境問題だったら、もう苦笑する以外何もできません。
それを記事にするのなら、付録にマイバッグは付けたらいかんでしょ、となります(苦笑)

たしかに、マイバッグは浸透したほうがいいのかもしれませんし、私のようにレジ袋を増やしたくない人間には、必要なモノですが、ただどこもかしこも、無料のノベルティや付録で浸透させるのは、どうも違う気がしてなりません。
日本人は、無料やおまけが大好き(らしい)ですが、それはムダに不要なモノを手に入れているだけのことなので、結局ごみになるだけ。
私の経験では、貰ったモノを最後まで使い切ったことは、ほとんどありません。
何故なら、貰ったモノは私が気に入って手に入れたモノではないから、途中で使い勝手が悪くなるのですよね。
だから、ごみにするしかなくなるのです。

海外では、おまけ文化がない国が多いらしく、日本で買い物した際におまけがつくと驚くらしいです。
余談ですが、海外では無料の品に対しては、疑うべき事例が多いのかもしれません(日本でも変な勧誘に使われますしね)
ですので、おまけは決して必要なモノではないし、ましてや世界的に問題になっている環境問題を考えた上で、何かを無料配布するのは、どう考えても本末転倒です。
こと、マイバッグに関しては、ひとりひとりが意識した結果、マイバッグを購入するという流れにならないと、意味がないような気がします。


レジ袋有料について、私は大賛成派ですが、マイバッグも有料で手に入れるべきモノでなければ、意味がありません。
もし、この先いろいろなブランドがレジ袋(買い物袋)の有料化を始めても、無料でマイバッグを配るのは、やめてほしいなと、個人的に思っています。

ずっと悩んでいる食器乾燥機の置き場

2020-02-18 | 日々の暮らし
もう、ずっと前から、食器乾燥機の置き場に、頭を悩ませています。

現在の状況


我が家のキッチン、シンクとガスコンロが壁に沿って設置されています。
すぐ横が、廊下へつながるドアなので、そこには何も置けません。
最近メジャーになってきた対面式やL字型ではないし、幅も狭いために、食器乾燥機を置くスペースを確保できません。
調理台に置いて、調理をダイニングテーブルの上でする方法も考えましたが、それだと調理時の動線が悪くなるので不便です。
かといって、よくネットで見かける、シンクの上に天板的な補強を施して、その上に置く方法は、これまたシンクの横幅が狭いために、食器を洗う際に不便です。

現在、食器乾燥機はカラーボックスの上に置いていますが、非常に中途半端な位置にあります(画像参照)
また、電源が食器棚の上にあり、延長コードにつないで床に這わせている状態で、コードに足を引っかける危険性があります。
事あるごとに、私がベストな場所を求めて、食器乾燥機(カラーボックス)を移動させるので、コードを固定していません。
場所さえ固定出来たら、電源コードも安全な状態にできるのですが、なかなかそこまでのアイデアが浮かびません。

大がかりな模様替えはできない
時間も体力も必要になるし、人手も必要なので、大掛かりな模様替えはできません。
捨てる予定の食器棚がなくなれば、スペースが広がるので他の家具を移動させることもできるのですが、あくまでも空間として可能なだけで、実行するのは現状では難しいし、家具を移動すると動線が悪くなってしまうのが明らかなので、困ってしまいます。
大きな家具はそのままの配置で、食器乾燥機を上手に設置する方法を、ずっと考えています。

しかし、どう考えてもアイデアが出てきません。
一番手っ取り早いのは、食器乾燥機を手放して、食器は拭いて食器棚へ戻すやり方か、今よりも小さいサイズの乾燥機を探して買い替えるか、です。
ただ、買い替える場合は、ちょうどいいサイズの乾燥機に出会えるかどうか、という問題がありますし、食器乾燥機を手放すとなると、母を説得する必要があります。

食器乾燥機を手放すか、買い替えるか
どちらの方法を取るにしても、母の許可が必要です。
まあ、私が家事をしているので、強行突破してしまえば、スッキリするのですが(苦笑)
一緒に暮らしている以上、相手の意見も尊重しなくてはいけないので、悩んでいるわけです。

正直なことを言うと、母が食器乾燥機を「邪魔だ」と感じるようになるのを、待っているようなところもあります。
私から言うと、間違いなくしかめっ面をして、投げやり気味に「好きにしたら」と言う確率が高いです。
そういった返事をされると、こちらも不愉快な気分になりますし、まあ、お互い不愉快ですよね。
しかし、母が一言でも「もう捨てたら」というようなことを言ってくれたら、その言葉を取ってすぐに実行に移せます。
要するに、捨てるのは私の意思ではなく、母の意思である、という実証が欲しいだけなのですが(苦笑)

ただ、食器乾燥機は便利な部分も多くあります。
食器棚へ戻すまでの時間はかかりますが、乾燥させている間は他の用事を済ませることができます。
拭いて戻す方が、時間はかかりませんが、そこ(キッチン)に拘束される時間として考えると、家事を効率的に進める上では、使い方次第で、かなり便利な家電と言えますから。

こうやって、いろいろ考えていると、ベストな方法に行きつきません(苦笑)
ネットで画像検索してみても、我が家のキッチン事情と違うので、あまり参考にはなりませんし、本当にどうしましょうね?
答えが出ないまま、もうしばらく過ごすことになりそうなので、できることなら早く壊れてほしい(笑)
壊れてしまえば、さっさと処分できますからね。

食洗器の購入を考えてみる
食器乾燥機に、ずっと悩まされている私ですが、それとは別に食洗器に興味があります。

現状、シンク横に乾燥機を置けない理由は、シンクが狭くなってしまうからですが、シンクが狭くて困るのは、食器やナベを洗うときです。
しかし、食器を洗う手間がなくなるのであれば、シンク横に補助を付けて、サイズの小さい食洗器を置くのも、アイデアのひとつかな、と思っています。
食器乾燥機の場所を変えただけでは、家事の手間は減りません。
どうしても、食器を洗うという行為を省けませんから。
しかし、食洗器を使えば、食器のしつこい汚れだけを落として、あとは食洗器にお任せしてしまえば、私が悩んでいる問題もクリアできます。

最近は、タンクに水を入れるタイプの食洗器も販売されているので、大掛かりな設置工事も不要とのこと。
メンテナンスが気になる点と、収納容量が今の食器乾燥機よりも少なくなる点は、家事にどういった影響を与えるかわかりませんが、もしどうしても母が乾燥機は譲れない(持っておくべき)と言い続けるのならば、タンク式食洗器の購入も、検討したいと思います。


もっと気軽に、使い勝手が悪いモノを処分できたらいいのですが、母の壁は厚いです(苦笑)
これまでも、頑張って不要なモノを処分させてきましたが、食器乾燥機もなんとか処分することを優先した上で、今をどうするか、アイデアを絞り出していこうと思います(笑)

LINEトーク履歴の定期的な削除

2020-02-17 | 日々の暮らし
定期的に、LINEトーク履歴を削除しています。
今朝も、削除作業をしていました。

私のLINEの使い方
私が友達登録しているのは、ごく親しい友人と親戚、それから職場で知り合った方で、今後プライベートで連絡を取れる状況にしておきたい方。
主に、親戚と職場で知り合った方とは、連絡事項の伝達が目的で利用しています。
友人とは、連絡事項の伝達の他に、お互いの近況報告やくだらない話を、延々とする時もあります。

公式アカウントも、いくつか登録してあります。
有益な情報、読み逃したくないコラムやニュースを受け取れるよう、ニュースや雑誌のアカウントを登録してありましたが、ほとんどの記事は読まずにスルーしています。
これだと、あまり登録しておく意味はないですね。

自分からの情報発信や、気に入った記事や画像の保存といったようなことは、まずしません。
何故なら、LINEでやり取りする画像のほとんどは、日常を切り取っただけのモノばかりで、保存しておくべきモノはないからです。
たまに、一緒に遊んだ友人から、私と写ったスナップショットが送られてきますが、保存はせずに放置しています。

登録している公式アカウントの見直し
LINEを始めて、これはやめないといけないな、と思ったのが、課金をせずにポイントを稼ぐこと。
無料ポイントは、動画視聴や検索、ホームの閲覧、LINEでのネット購入などで付与されるのですが、LINE登録当初は、無料(期間限定)のスタンプが欲しくて、いろいろな公式アカウントを登録することと引き換えに、ポイントを貰っていました。

最初のうちは、トークを無視していればいいや、といった程度にしか考えていなかったのですが、公式アカウントからのお知らせが頻繁に届くようになると、やはり鬱陶しくなってきました。
私にとって、あきらかに有益な情報ではないLINEメッセージは、登録した数日後にブロックし、後日ブロックリストからはまとめて削除していました。

最近では、無料でもらえるLINEポイントも不要と思うようになったので、新しい公式アカウントは登録していませんが、まだ残しておいたアカウントを、見直すことにしました。

残しておいたアカウントは、主にニュース系と雑誌のコラム、タレントのアカウント、そして、実店舗で頻繁に買い物をするショップ系です。
そして、その公式アカウントのほとんどを、今朝、削除しました。
削除した理由は、ずばり、読んでいない(笑)
たまに、とても興味深い記事もあるのですが、ほとんどの内容は、パソコンからも見られるし、わざわざLINEでいち早く手に入れるべき情報もないので、不要と判断しました。

今残しているのは、某野球チームのアカウントと、地元デパートのアカウントと、LINE関係のアカウント数個です。
某野球チームのアカウントは、LINEを利用した電子チケット発行をしているからです。
ただ、今年はほとんど観戦機会がないと思うので、使う可能性はゼロに近いかな(苦笑)
また、今年に入って球団の公式アプリが出たので、いずれ電子チケットもアプリで保管できるようになるかもしれません。
その場合は、LINEアカウントも不要になるかもしれませんね。

デパートのアカウントは、買い物の際にLINE友達特典(おまけや割引)があるから、残しました。
地元のデパートは、よく使うし、欲しいモノが割引になるのなら使わない手はありませんからね(笑)
LINE関係のアカウントは、たまに大事なお知らせが入るときがあるので、一応残していますが、ショッピング系のアカウントは削除。
LINEを通じた買い物は、一度もしたことがないし、今後もしないと思うので、不要です。

SNS上の不要品
使わない、あるいは読むことがほとんどないLINEアカウントは、不要品と同じです。
実生活においても、あるだけで全く使っていない、使ったとしても数回だけで、あとは収納スペースの奥に眠ったままのモノは、不要品になりますが、それはSNS上でも同じこと。
ただ、置いてあるだけ(登録していても活用していない)ならば、さっさと処分したほうが、情報を整理しやすいですよね。
モノが少ない方が、探し物が減る原理と一緒です。

LINE以外でも、企業のfacebookやTwitterの公式アカウントをフォローしていますが、ほとんどは不要な情報ばかりなので、気が付いたときには、フォローを外しています。

以前、facebookで、とある方のアカウントをフォローしました。
その方は、元プロ野球選手で、球団ファンからの人気も高かったので、アカウントを立ち上げた直後も、あっという間にフォロワー数が増えていきました。
しかし、facebookの仕様上、フォローしたことが仇になって、ウンザリする事態に。
それは、新しいフォロワーが増え、承認されるたびに、お礼のメッセージがタイムライン上に表示され、有益な情報が流れて行ってしまったのです。
あまりにも、お礼のメッセージだらけになってしまうので、とうとうフォローを外してしまいました(苦笑)
本当に、申し訳ないと思いつつ、まあ、フォロワーがたくさんいるから、私が外したところでたいしたことでもないか、と開き直っていますが、有名人や人気者のアカウントをフォローする際は、本当に慎重にしないと、大変なことになりますね(苦笑)

LINEトークの削除
LINEの話に戻ります。

LINEでは、友人知人とのトーク履歴が蓄積していきますが、そのほとんどは不要な内容です。
たまに、保管しておくべき情報もありますが、1年に1度あるかないかなので、トーク履歴は定期的に消しています。
友達との会話を、大切に保存している人もいますが、LINEトークは雑談を電子化しただけのモノ、という認識なので、残す気がありません。

ただ、トーク相手が犯罪に巻き込まれたりしたときに、最近ではLINEトークの履歴を手掛かりにするドラマや映画もありますし、実際の事件でも、トークの時間から、犯罪に巻き込まれた時間を推測したりしているようなので、トーク直後に削除はしないことにしています。
まあ、犯罪に巻き込まれる可能性は、そうそう高くはないのですが、万が一のためですね。

トーク履歴を削除する理由は、他にもあります。
それは、使用容量の整理のためです。
LINEは、思った以上に容量を使いますが、キャッシュやデータやトーク履歴をこまめに削除しておけば、容量領域が圧迫されることはないので、気が付いたときに、整理するようにしています。


LINEに限らず、SNSはメッセージが溜まっていきがちです。
しかし、その内容のほとんどは、時間の経過とともに不要になっていきます。
言葉を発するのと同じで、SNSでのメッセージは、そのとき限り有効な内容ばかりです。
何かの約束や予定をやり取りしているならば、メモ代わりに使えますが、有益な情報はおそらく1行程度です。
であれば、その他は不要なので、大事な部分だけ違う媒体に保存して、あとは消してしまっても何の問題も起きません。
日ごろ、何も考えずにメッセージをやり取りしますが、気が付いたときには結構な量になっていますから、定期的に削除して、整理しておくことは、とても大事ですね。

音楽CDの取り込み作業をしています

2020-02-16 | 終活(モノの整理、心の整理、社会的整理)
ずっと悩んでいた、音楽CDの処分。
ひとまず、持っているCDを全て、パソコンへ取り込む作業をしているところです。

私にとっての特別な音楽
音楽CDを集めている人は、好きなジャンルすべてを集めるタイプ、なんとなくいいなと思ったCDを集めるタイプ、好きなアーティストのCDだけを集めるタイプと、集める基準がそれぞれあるかと思います。

私の場合は、好きなアーティストのCDだけを購入し、他の音楽CDに関しては、借りて聴く程度で購入はしません。
ジャンルを基準に集める人に比べたら、所有しているCDは少ない方かもしれませんが、それでも、長年活動しているアーティストのCDは、かなりの枚数になります。
実際、私の好きなアーティストは、活動30年越えで、近年はシングル、アルバムと発売する頻度が減りましたが、全て集めていたので、かなりの枚数があります。
また、別のアイドルも好きなのですが、こちらも20年越えで活動しているので、かなりの枚数のCDを購入しています。

どちらも大好きなので、ずっとCDを持ち続けて、さらにこれから先増やし続けたい気持ちもあるのですが、今後の終活を考えると、手放す必要があると感じています。

私は、音楽を聴くのは好きなのですが、30年越えで活動しているアーティストが手掛ける音楽には、これまでの人生で一番嵌っています。
音楽は、さまざまなジャンル、アーティストが、ラジオやテレビで発表していますが、好きだと思っても、私の場合は購入するまでには至りません。
それは、テレビやラジオで聴く程度で十分満足しているからなのですが、この長年好きなアーティストのCDだけは、毎日のように聴いていたい音楽でしたから、惜しみなく発売当日に購入しています。

私にとって、購入してまで聴く音楽は、いつでもどこででも聴くことができるようにしておきたい、特別な音楽なのです。

大好きなのに処分を考えた理由
終活を意識し、暮らし方を少しずつ変えてきて、半分以上の不要品を処分してきましたが、大好きなモノ、特別に思い入れがあるモノは、ひとまず後回しにしてきました。
処分しなくてもいいのではないか、とも思えるのですが、客観的にこの先のことを考えると、書籍やCDは、決心がついた段階で処分すべきモノと思っています。

書籍にしても、CDにしても、単なるモノとして捉えて考えると、1冊1冊が、あるいは1枚1枚の重量が、結構あるのですよね。
それを好きなだけ集めていくと、物量も増えますが重量が半端なく重たくなります。

古い木造の家やアパートの上階に、大量の書籍を収納して床が抜けた、という話は、何度か聞いたことがあります。
話を聞いたときは、他人事のように笑っていましたが、自分が所有する書籍やCDも、結構な重量になっていると考えると、床が抜けるほどではなくても、持ち運びが大変になっていくことくらいは、想像ができます。
最近、いろいろなモノを処分したおかげで、模様替えも多少はしやすい環境になったはずなのですが、なかなか腰が上がりません。
何故かというと、書籍とCDが重たいので、移動させるのが面倒なのですね(苦笑)

たしかに大好きだし、いつまでも持ち続けていたい気持ちは強いのですが、自分の体力も年々衰えてきているし、例えば、この先10年間処分をしなかったとして、その間にもCDは増える可能性が高いので、処分をするタイミングが遅ければ遅いほど、身体がしんどいと思うのです。
いえ、すでに今の時点で、収納場所を移動させるしんどさがあるのですから、これ以上処分を先延ばしにすると、体力的に処分できなくなり、私が旅立ってしまった後に、大量のCDや書籍が残ることになります。
それを、誰かが処分するときのことを考えると、申し訳ない気持ちになりますし、何より自分が好きなアーティストのCDを、他人に処分されたくないな、という思いも強くなってきました。

大好きなCD、大好きな書籍、いつまでも持ち続けたいけれど、最終的な処分は自分でしたい。
だから、今回自分がまだ処分する余力を残しているうちに、着手しようと思ったのです。

かといってすべてを手放せない(苦笑)
モノとして処分する決心はつきましたが、全く聴かない状態にするまでの心境には至っていない私(笑)
今まで、面倒くささが優先していて、パソコン(iTunes)へ取り込むことはしてきませんでしたが、今回とりあえず手持ちのCDすべてを、iTunesで管理することにし、まだ取り込めていないCDも、残り数枚になりました。

ただ、やはりすべてを手放す決心までは、まだできていません。
CDの中には、初回特典としてDVDが付いているモノがあります。
DVDは、一度全部見直してから処分したい気持ちが強いので、明日から隙間時間をDVD鑑賞時間に充てようかと思っています。
見てしまうと処分する決心が揺らぎそうなのですが、自分を納得させるためにも、明日から「ひとり鑑賞会」を決行します(笑)
鑑賞会が終わって、自分の中である程度納得出来たら、DVD付も手放すつもりです。

処分方法は、ネットでの買い取りサービスを利用しようかと思っています。
処分するCDを箱に詰めて、買い取り業者に送付して査定してもらう方法ですね。
あまりいい値段にはならないそうですが、金額よりもCDを聴いてくれる人の手に渡ってほしい気持ちが強いので、こちらの方法を優先したいと思っています。

これから注意すること
まだ、CDすべての処分までには時間がかかりそうですが、今から発売されるCDに関しては、ルールを設けておきたいと思います。

まず、デジタル配信とCD販売の両方がある場合は、デジタルを購入することを優先したいです。
これまでは、ジャケ買いも含めてのCD購入でしたが、今後はジャケ買いを一切やめます。
モノが増えるので、CD購入特典も必要ないですし、DVD付の初回盤も、一度手に入れると手放しにくいことは実感しているので(笑)、DVD付は買わないことにします。

もし、デジタル配信がない場合は、仕方がないので一度CDを購入して、すぐに手放す方法にしたいと思います。
が、最近は大体のCDがデジタル配信されていますから、この方法で大体の音楽はいけるはずです。


まだ、あと少し取り込みが終わっていないCDがありますが、今日中に全部終わりそうです。
CDの処分が決まったら、次はDVD(ドラマや映画)の処分を検討しなければ、と思っています。
DVDも、なんだかんだで枚数が増えています。
CDよりもパッケージが大きいので、保管も結構大変ですからね。
パソコンに取り込むことはできないので、一度全部見直して、どうしても残したいDVD以外は、全部買い取りに出そうと考えています。
私の趣味のモノ、嗜好品の処分は、当分完結しそうにありませんね(笑)

母の食事は用意しません(ボイコット宣言)

2020-02-15 | 母のこと
母と少々衝突しました。
その勢いで、母へのフォローのひとつであった食事の用意をボイコットすることにしました。

きっかけは私のストレス
私は、料理があまり得意ではありません。
かといって、不得意かというと、標準的な料理は作れますし、料理を不味いと言われた経験はないので、そこそこの味は出せているのでしょう。
それでも、やはり料理の支度は面倒だと感じているし、できることなら外注で済ませたいです。

母が貧血で入院し、胃のポリープが見つかったので切除治療をしてもらい、退院してからは、なにかと食事にだけは気を付けてきました。
なるべく鉄分の多い食材を使い、筋力が衰えているので、たんぱく質を補うよう意識し、高血圧の薬も飲んでいるので、塩分量をかなり気にしながら、食事を作ってきました。
加えて、母の偏食ぶりはかなりひどく、本人は食べられるという食材や料理でも、結局は好きなモノしか食べない人なので、それを何とか食べさせるように、かなり頭を悩ませながら、メニューを絞り出してきました。

料理が得意とは言えない私が、ここまで料理のことで頭を悩ませて、ストレスが溜まらない訳がありません(苦笑)
そのストレスが、溜まりに溜まっていたのでしょうね。
とうとう、感情が爆発してしまいました。

ストレスが爆発した経緯
2日前、私が健康診断を受けに行った日、帰りが遅くなってしまったので、夕飯の支度が遅くなるな、とは思いながら帰路につきました。
帰宅すると、母が何やら鍋で煮ていました。
見ると、冷凍していたごはんを2杯分、たっぷりの醤油で煮ています。

その瞬間に、私の中で、自分が努力してきた塩分調整を台無しにされたと感じたこと、加えて、食べられもしない量のごはんを使ってしまっていたことに、とてつもなく腹が立ってきました。

客観的に見たら、それくらいのことで、と思うところなのですが、こういったことがずっと繰り返されてきた結果が、糖尿病や他の病気を引き寄せているわけですから、本気で病気の改善をしようとしてない母に対し、怒りが蓄積していました。

私の帰りが遅くなったことが、母の行動のきっかけでもあるのですが、そもそも母は17時前から夕飯を食べようとします。
私が帰宅したのは、17時を少し過ぎたころ。
普通は、17時に夕飯を食べることすら早いですし、そんなに早く食事をすると、結局夜遅くにおなかが空いて、また何か食べようとしてしまうので(母は間食の回数や量も多いです)、それを避けるためにも、夕飯は遅い方がいいのです。
そのことは、毎日のように言っていたのですが、その時は「はいはい」と返事をしても、結局は自分勝手に何かを食べようとします。

一応、言っておきますが、これは母に認知症状が出ているからではありません。
母のでたらめな食習慣は、昔からなのです。
だから、糖尿病になったのだろうと、私は思っています。

母の食習慣のでたらめさに、私はずっと今まで、イライラしていたような気がします。
それでも、本人が勝手にやっていることと、見て見ぬふりをしてきました。
しかし、母の体力が衰えて、長時間の料理ができなくなったので、どうしても私が食事の用意をしなければならない状態になりました。
正直、母の食事の用意は、私以外の人でもきっと苦労します。
好き嫌いが多いだけではなく、食べない日と食べる日の差も激しく、入院している最中は、看護師の方から食が細いと心配されましたが、おそらく病院の食事に、自分の好きなモノが出ていなかったから食べなかっただけだと思います。

そういう母なので、とうとう私も母の行動(たっぷりの醤油でごはんを煮ていたこと。本人は、ぞうすいを作っていると言っていました)に、怒り爆発です。
声を荒げて、もう二度とあなた(母)の食事は作らない、と宣言してしまいました。

一夜明けて冷静になって考えたこと
昨日、怒りの感情も少し落ち着き、冷静になって考えてみました。

私の帰りが遅いからと、母は簡単なモノとはいえ、自分で食事を作っていました。
ということは、私がわざわざ、イライラしながら母の食事の用意をする必要は、すでになくなっていたのではないか、と。
そもそも、貧血の症状がぶり返すかもしれないという懸念から、調理により長時間立たせることが不安でもあったので、今回のことで、少しくらいの料理は、母自身でできるではないか、と。

そういうことであれば、買い物だけは私がするとして、母の食事は母自身が用意すれば、私は自分の食事の用意だけをすればよくなります。
そうすることで、間違いなくストレスも軽減されるはずですので、これからは母の食事の用意はせずに、他の部分だけフォローを続け、そのスタイルが定着したら、私は仕事を探すことに本腰を入れようと、考えています。

母が、食事の用意だけでも、自分でするようになったら、少しは認知症状の進行を防げるのではないか、とも考えています。
よく耳にするのは、何もしなくなると、認知症状が進むという話です。
もし、母の物忘れのひどさと、生活スタイルがリンクしているのなら、元の生活に少しでも近づけたら、症状が改善する可能性はあります。
それは、時間をかけて判断しなければならないので、ゆっくり見守りながら考えていこうと思います。


今回のこと(母に対する怒りと食事の用意のボイコット)は、私の大人げなさから起こったことです。
そして、前回のブログ内容で触れた「承認欲求」が強かったことも、自分自身で自覚しています。
考えてみれば、母が何を食べようと、それで体を壊そうと、どうでもいいのです。
母には健康でいてほしい、というのは、私の勝手な感情です。
それに応える義務は、母にはありません。
好きなモノだけを食べて、それで病気になって辛い思いをするのは、本人の勝手です。
それに対して、私が努力するのは、私の自己満足でしか無いのです。
そう思ったら、私も母のために割いていた時間(食事の用意)を自分のために使おう、という気持ちになりました。
もし、これで少しでもストレスが減るのであれば、お互いが心穏やかに生活できます。
同居している実の母娘でも、結局は他人と同じ。
これからは、母の世話をする、という気持ちではなく、ひとりの老女とシェアハウスで同居している気持ちでいようと、心に決めました。

承認欲求の話と壊れたごみ箱を処分した話

2020-02-14 | 日々の暮らし
一見、何の関連性もないタイトルですが、はい、関係ありません(笑)
今回は、処分したモノの話と承認欲求の話の2本立てで、綴っていきます。

あ、でも、少しだけつながりがある話になるかも?

壊れたごみ箱
洗面所で使っていたごみ箱。
手が濡れることもあり、足でレバーを踏んで開閉するフタ付きを使っていたのですが、レバーの接着部分がブレイクしてしまいました。
フタの開閉は、まだ何とか出来るのですが、完全にブレイクするのも時間の問題なので、その前に処分することにしました。
それに、足で踏む部分なので、完全にブレイクすると、足を怪我しかねませんしね。

そのごみ箱の存在について
このごみ箱のデザイン、シンプルではあるのですが、柔らかい感じのクリーム色で、ロゴもシンプルに入っている、例えばナチュラルテイストもしくはカントリー調インテリアを好むような方が持っていそうなモノでした。

一時期、私もナチュラルテイストやカントリーテイストにあこがれた時期があり、そのころに購入しましたが、すべてをそのテイストにするには、あまりにもかけ離れていた自分の性格。
加えて、家族と住んでいると、自分が目指すテイストにできない場所も家の中に存在するので、結局モノだけにしかテイストを加えられず、憧れのテイストにすることはやめました(笑)

最終的には、そのごみ箱だけが、やけに浮いていた印象になってしまっていて、ずっとモヤモヤした気持ちではあったのです。
また、ごみ箱にポリ袋をセットするのにも、少し手間を感じていました。
足で踏んで開閉するタイプのフタは、開けっ放しにしておくことができないのですよね。
ですから、まず中箱(?)を取り出して、ポリ袋をセットして、また戻すときに、フタを再度開けて、なおかつ、そのフタは片手で抑えてセットするという、非効率的な手順が必要とされていたわけです。
しかも、サイズ的にも中途半端で、スーパーのサッカー台(買ったモノを整理する台)にあるポリ袋では小さい。
レジ袋を無料でもらえていたころは、このごみ箱に合うサイズのレジ袋が手に入ったのですが、マイバッグを利用するようになってからは、その大きさのポリ袋も手に入らなくなって、ますますモヤモヤしていました。

そんな、モヤモヤした気持ちがごみ箱に伝わってしまったのでしょうか?
ついに、ブレイク寸前の状態になってしまいましたが、本音を言うとホッとしました。
やっと、ブレイクしてくれるのか、と(苦笑)
こういうときって、ごみ袋へ入れる瞬間が楽しかったりするのですよね。
ちなみに、我が自治体では、指定袋へ入る大きさであれば、素材に関係なく家庭ごみになります。

今後、洗面所にごみ箱を置くのか問題
処分して、ひと晩が立ち、現在洗面所にはごみ箱がないので少しだけ不便を感じていますが、ごみ箱がなくなった洗面所の床は、スッキリしていて、気持ちがいいです。
掃除も、しやすそう(笑)

今後は、モノを増やしたくないこともあるので、洗面所にごみ箱は置かないつもりでいます。
ただ、ごみを捨てる入れ物は必要なので、どうしようか悩んでいます。
ポリ袋を無造作に置いておくか、家の中にある入れ物をごみ箱として利用するか。
ただ、床になにかを置くことはしたくないので、ポリ袋を置くにしても、どこかに引っ掛けて吊るす方法がいいような気がしています。

たしか、クリップ式の吊り下げフックが、無印良品で売られていますよね。
100円ショップにも、似たようなモノがあるかもしれませんし、検討してみます。

現在の我が家のごみ箱事情
これで、ごみ箱を設置している部屋は、母が使う部屋とキッチンだけになりました。

私の部屋には、ごみ箱は置いていなくて、指定のごみ袋をぶら下げています。
理由は、自室の不要品をダイレクトにごみ袋に入れて、収集日に搬出したいから。
ごみ箱にセットしておくと、効率が悪いんですよね。
袋だけであれば、持ち歩きながら不要品を入れやすいので、この形でしばらくは落ち着くと思います。

こうして考えると、ごみ箱が便利に使える場所って、キッチンだけなのかな、と思えてきました。
キッチンの場合は、生ごみが出るので、フタ付きのごみ箱があるとありがたいですが、普通の部屋はポリ袋を用意しておいて、満杯になったらキッチンのごみ箱へ捨てて、新しいポリ袋を用意したらいいのではないかな、と思っています。
もちろん、そのポリ袋はどこかに吊り下げて、床には置きません。

これまで、各部屋に1つずつのごみ箱が必要だと思い込んでいましたが、なくしてみたら案外大丈夫なのですよね。
これも、思い込みと身に染みた習慣のひとつで、なかなかやめることができなかったことでした。

承認欲求の話
ごみ箱の話は、ここまでにして、次は承認欲求の話です。

実は、自分の性格、暮らし方、家族(母)との関係性など、悩んでいる部分がたくさんあるのですが、ふと、自分の承認欲求が引き起こしている悩みなのではないか、と思えてきて、そのことについてぼんやりと考えていました。

そんな時に、日々のルーティンになっている動画視聴をして気を紛らわそうとしたところ、おすすめ動画のひとつに、まさに承認欲求に関するモノが表示されたのです。
正直、びっくりしました(笑)
このパソコン、いやサーバーかな?それとも、4G電波?
いずれにせよ、私の今の気持ちを読み取るのかよ、と(笑)

まあ、本当に単なる偶然なのですが、こういうのを、引き寄せというのかもしれませんね。

さて、その表示されたおすすめ動画は、15分程度の長さでアドラーの著書『嫌われる勇気』の内容の一部を紹介したモノです。
そのチョイスされた一部が、承認欲求に関する部分だったのですが、なるほど!と思えることばかりでした(苦笑)

動画の内容もアドラーの著書の内容も、ここでは説明しませんが、自分がぼんやりと考えていたことと重なる部分があったので、そのことを綴っていきますね。

否定されているような気がすること
日々、暮らしていると、何かを我慢して頑張ってしまうことって、結構あるのですが、そのことを否定されているような気がする言動や行動を目の当たりにすると、イライラするし、悔しいしい、悲しいし、怒りになることもあります。
今の私で言うと、母へのフォローに対して、母の取る態度や言動に、そういったことを感じることが多いです。
また、以前は職場での人間関係で、そういった感情を抱くことが、多々ありました。

昨日も、実を言うと母の行動に対して腹が立ち、声を荒げてしまいました。
今も、怒りは収まっていないのですが、反面冷静な自分も存在していて、これは母に自分の行動を受け入れてもらいたいとか、認めてもらいたいとか、素直に従ってほしいとか、そういった承認欲求なのかな、と考えていました。

こういった考えや感情は、捨ててしまうとスッキリするだろうな、と頭ではわかるのですが、日々の暮らしの中では意識することが難しい。
まあ、生きてきたほとんどの時間は、そんなことを意識せずに過ごしてきたし、承認欲求という言葉そのものを知ったのも、つい最近という感覚なので、仕方ないと言えば仕方ないのですが。

この承認欲求、自分の行動や言動に対して「でも」「だが」「しかし」などと前置きされて、改めるように言われたり、間違いだったと指摘されたり、わかりやすい否定の表現をされたときに、発動していたことに気が付きます。

今、急に思い出したのですが、私は大学時代に教職課程を取っていたので、教育実習へ行きました。
実習中には査定授業があり、その日の放課後に講評会が開かれました。
その際、忘れもしないのですが、教頭から「声が生徒に向かって発せられていない。後ろにいる私たち(先生方)に授業をしているように聞こえる。もっと生徒に届くような声の出し方がベスト」と講評されました。
もう少し補足すると、私の声が、一番後ろにいる先生方に鮮明に聞こえていて、生徒の頭の上を通り過ぎている、ということらしいのです。

しかしですね、私、もともと地声がかなり大きい(らしい)のです。
それは、小学生のころから言われていて、そのためにやりたくもない学芸会の主役候補にされたり、学生時代には弁論大会に出ろと言われたりしたのですが、正直自分では普通に話をしているだけなので、人よりも声が大きいなどと思いながら、生活していないのですよね。
にもかかわらず、もっと生徒に聞き取りやすい音量の声を出せ、というニュアンスで言われて、これ、私の個性を全面的に否定されている感じが、否めなかったのですが、そのあとに講評してくださった先生がひとこと、
「あなたの声は、よく通るから遠くの人にも聞こえやすい。生徒にも聞きやすい発声だから、教頭の言うことは気にしなくていいですよ」と。
その言葉で、ホッとしたのと同時に、私の個性を認めてくださる講評に、承認欲求が満たされた感じがしました。
今考えたら、この先生は教頭の言葉を全否定しているので、教頭の承認欲求は満たされなかっただろうな、と思いました(苦笑)

このころ、私はまだ大学生だったので、上手くかわす術も知らないし、人から言われたことに対して、ただ頷くことしかできないような若輩者でしたが、もし、承認欲求がなければ、教頭の言葉に対して、どうでもいいと思えていたでしょう。

動画を見たあと腑に落ちたこと
今までの暮らしの中で、他者の自己中心的な考えや行動に対して、嫌悪感を抱いたり、なんとなくイライラすることがありました。
それは、自分の承認欲求が強いからなのかな、と、動画を見ていて感じました。

例えば、私がいつも検索する片付け動画ですが、汚部屋が片付く前の状態を見ると、赤の他人の、しかも動画の中のことなのに、何故この人はこんなにごみを溜め込むのか、どうしてキッチンを衛生的に保てないのか、などとイライラするときがあります。
家主が立ち会って、あれやこれやと言い訳していると、なおさらイライラすることもあります。
これは、おそらくその家主の自分勝手な考え方や行動に対して抱いているのですが、私の承認欲求が満たされていない状態のときに見ると、その感情が増殖しているのではないか、と思います。

つまり、人への迷惑など考えていない、自分がいいと思えばそれでいい、という思考に対して、うらやましくて嫉妬を感じているのかもしれない、ということですね。
もし、自分の承認欲求が最小限だったら、他人が汚部屋に住んでいようが、自分勝手に行動していようが、
「ああ、こういう人もいるよね」
という感情だけで終われるはずです。
しかし、自分が家の中を片付けたり、不要品を捨ててスッキリさせたりという頑張りに対して、何の努力もせずに他者(業者やコンサルタント)に片付けを委ねている汚部屋住人を見ると、片付けに対する承認欲求を間接的に否定されているような気がして、イライラするのかな、と。

しかし、そんなことばかり考えていたら、自分がただ残念な気持ちになるだけだし、本当に他人のことなどどうでもいいことなのですよね。
変な例えかもしれませんが、有名人で自分が好きだったタレントや俳優が亡くなると、身内でもないけど悲しくなって、時には涙も出たりしますが、知らない人が亡くなっても「ああ、誰かが亡くなったのか」という淡々とした気持ちしか湧いてきませんよね。
日ごろのスタンスも、それくらい淡々としている方が、自分の心の疲労が少なくて済むはずなのに、承認欲求が強いがために、自分で自分の気持ちを振り回していることがあるので、できることなら余計な承認欲求は、なくしてしまいたいです。

モノを持つことも承認欲求のひとつ
ここで、やっと承認欲求とごみ箱の話がリンクします(笑)

私が今回処分したごみ箱ですが、8割方見た目で選んでいて、機能性に関しては、購入時に考えていなかった要素です。
本来は、機能性を重視すべきだったはずなのですが、そのころは、自分の部屋や家の中をナチュラルテイストに変更したいという気持ちがあり、買い替えるインテリアや小物から、そういうテイストを入れるようになっていました。

ところが、自分はどうもナチュラルテイストやカントリー調が苦手というか、センスがないことに気が付くと、徐々に同じテイストでモノを買い集めることに飽きてきました、
結局、中途半端にナチュラルだったりカントリーだったりするインテリアや小物が残ってしまい、今はシンプルでモノが少ない状態で効率的に暮らしたいという自分の希望には、少し合わないテイストとなってしまいました。
(ナチュラルテイストでシンプルに暮らす人もいますが、それはセンスがあるからだと思っています)

今思えば、これもムダな買い物のひとつですが、なぜ、自分には合わないテイストを、暮らしの中に取り入れようとしたのか、なぜ、そのテイストを選んだのか、を考えると、これも承認欲求を満たすためたっだと気が付きました。

日本で、ナチュラルライフやカントリーが流行り出したころ、それに特化した雑誌の特集が組まれたり、専門雑誌や専門書籍が発刊されたりしました。
雑誌や書籍に掲載される写真は、どれもステキで憧れを抱きます。
そして、自分もこんな部屋や家に住んだら、きっと毎日が楽しくて幸せな気持ちになれそうだ、という勘違いを引き起こします(笑)

そうなんですよね。
勘違いなのですよ(苦笑)

そもそも、手抜きと時短と効率化が好きなのに、憧れたのがメンテナンスが面倒なナチュラルテイストやカントリー調だなんて、今思えば、私には無理なライフスタイルなのですよ。
そうであるにもかかわらず、ナチュラルテイストを取り入れようとしてしまったのは、勘違いと見栄。
流行りの暮らしにしたら、お客様を招いたときに、ほめてもらえる、称賛してもらえる、憧れてもらえるなど、そんな邪な感情、つまり承認欲求があったからです。

もし、心の底からナチュラルテイストやカントリー調を取り入れた暮らしを望んでいたのなら、ナチュラルテイストやカントリー調の洒落たカフェに入って、ソワソワしたりするはずがありません。
私は、お洒落なカフェでゆっくりくつろぐことが苦手です。
お洒落な店内で、お洒落な写真を撮り、ドラマや映画で見るような風景を再現してみる、なんてことには程遠くて、出てきた食事やドリンクを味わうことに集中して、そのあとは落ち着かないから、さっさと会計を済ませて出ていきます。
何度か、時間調整のために長居をしたことはありますが、早くに食事が終わってしまわないように、自分の暮らしの中で一番遅いペースで食事をするくらい、カフェでの過ごし方が下手くそです(苦笑)

こんな私が、ナチュラルテイストの家に住んで、毎日を落ち着いて暮らすことができるか、甚だ疑問ですよ(笑)
結局、身の丈に合っていないライフスタイルを作ろうとしたから、途中でデメリットばかりが目立ってくるし、未完成のままモノだけが残ってしまっていたのです。

今は、もう他人軸は気にしないと決めたので、自分に合わない行動はきっぱりやめて、心地よさを追求する暮らしを心がけています。
その心地よさの一部が、手抜き、時短、効率化で、これは誰にも認めてもらわなくていいです。
私が、楽しい、幸せだ、と思える基準を満たす要件なだけですから(笑)


今回、また文章がダラダラと長くなってしまいました。
ごみ箱を処分した話と、承認欲求の話。
一見、なんのつながりもありませんし、つなげるつもりもありませんでしたが、すべての行動や所有物は、少なからず承認欲求に繋がっているのかもしれない、という気付きにもなりました。
これからは、母に対しても他の人に対しても、承認欲求をせず、自分軸が主張できる暮らしであるように、過ごしていきたいですね。

小引き出しの中身を全部出した

2020-02-13 | 日々の暮らし
数か月前に、母が使っていた小引き出しを貰い、文具を始めとした小物類を収納しました。
そして昨日、今度は中身を全部出して、小引き出しを処分することにしました。

小引き出しを貰った理由
小引き出しを貰う前は、ローチェストの幅が狭い引き出しを利用していたのですが、ローチェストを母用にするために、中身を全部出しました。
その際に、出した日用雑貨や文房具をコンパクトにまとめられると思い、母が使っていた小引き出しと交換することを思いつきました。

もともと、ローチェストを使用していた際も、それぞれの引き出しには、少しの量しか入れていなかったので、小引き出しに入れると、ちょうどよかったというのもあります。
そして、ほとんどの日用雑貨と文房具を小引き出しに収めて、満足していたのですが、日が経つにつれて使いにくさを感じるようになってきました。

大雑把にまとめよう
小引き出しには、細かくカテゴリー分けをして、それぞれの引き出しにはラベルを付けて管理しました。
使用頻度順で上から順番に、化粧品、お出かけグッズ(マイバッグや財布など)、筆記具、ハサミやカッター、テープや糊や画鋲などの貼り付ける道具、ファーストエイドなどの衛生用品、記録媒体や充電ケーブルやスマホグッズ、マスキングテープと、細かく分けて入れていました。

最初のうちは、整理整頓できたし、部屋の見た目も悪くないと満足していたのですが、今年に入ってから、なんとなく使い勝手が悪いと感じるようになってきました。
その原因は何だろう?と、考えてみたのですが、どうも小引き出しの段数に合わせて、細かくカテゴリー分けしたことが、使い勝手の悪さに繋がっているようだと気付き、今度はもっと大雑把にまとめることにしました。

動画先生にご教授いただいて
大雑把にまとめるアイデアが出たので、今度はどういった分け方をするかについて、いつもお世話になっている動画配信チャンネルでご活躍中の、不特定多数の動画先生の指南を仰ぐことに(笑)

片付けや不要品の仕分けをするとき、必ずと言っていいほど、思考が停止してしまうことがあります。
また、そういうときは必ず自分の思い込みや、身に染み付いた習慣などが邪魔をしていることが多いので、動画配信している方々が、どういった片付け方や不要品を処分しているか参考にし、自分の思い込みや習慣をリセットします。

今回は、思い込みとカテゴリー分けを見直すため、引き出しの中身を全部出して、それぞれの使用頻度を確認するところから始めました。
動画先生たちは、必ず「全部出し」をしてから、不要品を分けていきます。
私も、時間に余裕があるときは全部出しをしますが、普段は、生活していく中で使い辛さを感じたり、違和感を抱いたりしたタイミングでモノを処分しています。
そのやり方だと、やはり手付かずな場所が、どうしても発生してしまいます。
ですから、今回は使用頻度が低いモノを見極めて、動画先生たちのカテゴリー分けも参考にしながら、引き出しの中身をまとめていきました。

カテゴリーを見直して小引き出しは処分
小引き出しの前に、食器棚を空にしたときのことを振り返ります。
食器棚を空にした際は、そもそも食器棚の使い勝手が悪かったので、廃棄を前提に中身を全て違う場所へ移動させました。
最初は、収まりきれないかもしれない、という不安もありましたが、いざ片付けてみたら、収まる場所は結構ありました。

このとき、実は結構細かいカテゴリー分けをして収納をしていたので、収容率が低い場所が存在していたのです。
しかし、そのカテゴリー分けを無視して、大体の感覚で収納してみたら全部移動できたので、小引き出しの中身もなんとかなるのではないか、という自身もあり、いざ、小引き出しの中身を全部出しです。

まず、筆記具、ハサミ、カッター、糊、テープ、画鋲など、文房具と呼ばれるものはすべてまとめて、さらに認印と朱肉も一緒にしました。
筆記具で頻繁に使う数本だけは、手帳カバー(システム手帳カバーの使いまわし)のポケットにセット。

お出かけグッズで頻繁に使うモノは、使っているバッグのそばに置くことにして、使用頻度の低いモノやただ保管しているだけのモノは、クローゼットの中にセットしてる引き出しに。

割と頻繁に使う、ファーストエイド、マスキングテープ、化粧品、充電ケーブルとイヤホン、記録媒体は、見せる収納状態で使うことにしました。
整理しながら気が付いたのですが、私結構マスキングテープを使うのに、なぜか小引き出しでは一番下の段に収納していて、使用頻度は低いと思い込んでいましたが、実際はなにかと活用していました(笑)
どうりで、使い勝手が悪くなるはずですね。
自分では、そこまで使っていないと思っていても、案外使っているモノもあるのです。

以上のような感じで、他のモノも一番関連が深そうな場所へ移動させて、見せる収納をするものについては、もともと違うモノが入っていた小さな箱や缶の中身と入れ替えたりして、なんとか格好がつきました。
立てて収納できそうなモノは、本棚代わりに使っている段ボール収納箱に立てて、一部のモノは吊り下げ収納に変更し、一応片付けと整理整頓は完了です。
まだ、雑然としている感じは残っているので、これから細かい修正をしていきます。

部屋がまた少し広くなった
たとえ小さな家具でも、取り除いたら部屋が広くなったように見えますし、実際使える面積が増えているので、ゆとりができました。
小引き出しは、必要なモノだと思って母から貰ったのですが、なくても全く平気でしたね。

小引き出しが必要だと感じた理由には、机に引き出しが付いていないこともありました。
私が使っている机は、無印良品の折りたためる机で、引き出しが付いていません。
DIYで、引き出しを付けてみようかと考えてみたこともありましたが、折りたたむ機能を重視すると、付けられません。
取り外しできる引き出しも考えましたが、それよりは、袖机のような収納を足した方がいいのではないか、という考えから、母が使用していた小引き出しに目を付けたわけです。

しかし、これも思い込みというか、机には引き出しや袖机が必要だという固定観念があったからこその、勘違いでした。
私は、もともと文房具は必要最小限しか持っておらず、学生時代は筆入れが小さいことで有名でした(笑)
今は、パソコンやスマホもあるので、文房具も使う種類が限られています。
それでも、週に数度、月に数回と、全く使わないわけでもないモノが、結構多いです。
それらのモノを収納しなければ、という気持ちに追い立てられて、小引き出しの活用というアイデアに至ったのですが、使い勝手が悪かったり、違和感を抱くのであれば、それはしなくてもよかった不要な手間でしたね。

不要品が占める面積は案外広い
大きな家具を処分すると、使えるようになる床面積も結構広いため、想像がしやすいと思うのですが、小さい家具や床置きしているインテリアは、そこにあっても問題ないと感じがちです。
しかし、片付けて、移動させたり処分したりすると、思いのほか床面積を占領していたことに気が付きます。

ただ、飾るだけのインテリアは、飾る人のセンスが関わってきますが、小さな収納家具については、中に入っているモノがほとんど不要品である可能性が否めません。
もし、処分しても問題ないモノが半分以上収納されていたら、その家具もおそらく不要品です。

以前、潔癖症芸人の方の家に、中身の入っていないキャビネットを飾っていたという話を、ブログ記事の中で触れてあことがあるのですが、知らず知らずのうちに、手持ちの収納家具がただ飾っているだけ状態になっている可能性は、十分にありますよね。

人は、日々暮らしが変化していきます。
暮らしが変化すると、持ち物も変わって当然です。
私は、人目を気にすることをやめた日から、不要品が増えだしました。
その不要品を処分すると、見る見るうちに収納家具の中身がなくなり、家具そのものも処分したおかげで、フリースペースが広がり、今後スペースが必要になった際に使える目途が立ちました。

今振り返ると、私あるいは家族が所有していた不要品が、どれだけ多かったのかを、実感します。
よくまあ、これだけの不要品を溜め込んだものだ、と。
その不要品が入っていた収納家具が占領していた総面積は、四畳半一間くらいにはなると思います。
今でも、まだまだ不要品を処分しきれていない状態ですから、不要品が占める割合ってとてつもなく大きいのですね。

これまで、自分の家は狭くていやだな、と思う日もあったのですが、今は広々としていて快適に過ごすことができているので、不要品の処分は積極的にした方がいいですよ、と狭い部屋に悩んでいる方に伝えたいです。


さて、食器棚に続き、小引き出しの処分も決まったので、また業者に連絡をして引き取りに来てもらおうと思います。
本当は、前回ハイチェストを処分する際に、一緒に頼めたらよかったのですが、食器棚の処分はそのあとに決めたので、仕方ありません。
余計な出費が増えますが、今後の生活を快適にするための費用ですし、遺品整理には何十万、何百万とかかるという話も聞いたことがありますから、今のうちにコツコツと不要品を処分していきたいと思います。

使っていないモノと使わなくなってきたモノ

2020-02-12 | 日々の暮らし
少しずつ、キッチンでの作業をマイナーチェンジしてきたら、使っていないモノと使わなくなってきたモノが出てきました。
非常時に使うモノは別として、今後使うかどうか、期限を決めて不要品かどうか、見極める必要がありそうです。

使っていないモノ
現在、全く使っていない、あるいは使う気配がないモノがあります。

 ・まな板
 ・土鍋
 ・ミキサー

まな板は、まったく使わなくなりましたね。
日々発生する、紙パック飲料を飲み終わった後のパックを切り開いて、使い捨てまな板にし始めて以来、出番がありません。
まだ、予備のつもりで木のまな板(大)と抗菌加工されたまな板(小)を所有していますが、大きい方は処分して大丈夫そう。

土鍋は、以前の不要品処分時に、鍋料理以外にご飯も炊けるから、と思いそのままにしておいたのですが、サイズが大きすぎて、2人暮らしの我が家には全く出番がありません。
小さいサイズの土鍋に買い替えた方がよさそうなので、機会を見て処分します。

ミキサーに関しては、現在悩み中です。
たしかに全く使ってはいないのですが、現在使っているミルサーが、使用していると微妙な臭いを放ちます。
おそらく、モーターが劣化しているか、あるいは電源コードが劣化していて、熱を発しているのでしょう。
どちらかというと、このミルサーを処分しようか悩んでいるので、ミキサーは処分するまでに至りません。
ただ、サイズ感はミルサーの方が断然コンパクトなので、収納面ではミルサーに軍配が上がります。
どちらも家電品ですし、古いモノなので、思い切って両方とも処分したほうがいいような気がしています。

使わなくなってきたモノ
半年くらい前までは使っていたのに、最近使わなくなってきたモノがあります。

 ・サーモスのシャトルシェフ
 ・鉄の片手鍋
 ・大きい中華鍋
 ・大きいフライパン
 ・フライ返し

サーモスのシャトルシェフは、じっくり火を通す煮込み料理を中心に使っていました。
ほったらかし調理ができる点では、やや優秀なのですが、最近の利用がめっきり減りました。
煮込み料理は、現在もっぱらコーニングウェアを使っています。
作り置きをしなくなったので、シャトルシェフだと容量が大きすぎるという理由もあるのですが、コーニングウェアは調理をしたあと、そのまま食卓に出せるという点で、シャトルシェフよりも使い勝手がいいのです。
結局、最近はカレーだろうがスープだろうが、全部コーニングウェアを使っています。

鉄の片手鍋は、内側が焦げ付き防止加工をしてあるので、一見便利なのですが、非常に重たいので洗うのが大変です。
以前は、これでごはんを炊いていたのですが、今は圧力鍋に戻ってしまったし、煮込み料理もコーニングウェアを使うので、出番がありません。
後片付けという点では、圧力鍋の方が面倒くさいのですが、ごはんの炊き上がりは圧力鍋の方が好みなので、結局使わなくなってきました。

大きい中華鍋は、ダイヤモンドコートが施してあり、大きいフライパンやグリルパンとセットで購入したモノです(購入したのは母です)
現在、中華鍋の出番がほとんどありません。
以前は、よく使っていたのですが、最近は作り置きをしなくなったために、一度に調理する量が減ってしまったので、出番がなくなりました。
また、中華鍋で作っていたモノは、大体フライパンでも作れるので、わざわざ中華鍋を出さなくなってしまいました。

同じく、ダイヤモンドコートを施した大きいフライパンも最近出番が減り、フッ素樹脂加工の22cmフライパンばかり使っています。
家族2人分を、食べ切れる量で作ろうと思うと、大きいフライパンは使い勝手が悪いので、ついつい安いけれどコンパクトなフライパンを使ってしまいます。
ただ、面積の広い食材を焼く場合には、大きいサイズが必要なので、悩ましい存在です。

フライ返しは、ホットケーキを作らなくなってから、出番がなくなりました。
他にも、フライ返しを使う調理はあるはずなのですが、菜箸でも大丈夫なときは、もっぱら菜箸オンリーで調理をしますし、どうしてもフライ返し的なモノが必要なシチュエーションでは、木べらを使ってしまいます。
木べらは、混ぜたりつぶしたりするときも使えるので、結構万能なのです。
ここ最近では、1度だけ使いましたが、どうしてもフライ返しじゃないとダメだった、ということは全くない料理だったので、もしかしたらもう必要ないのかもしれません。

出し入れが面倒な場所へ収納してみた
全く使っていないモノも、最近使わなくなってきたモノも、今後使いたいかどうかが、自分でもよくわからないので、一度出し入れが面倒な、キッチンの上に収納してみました。

ここは、背伸びをするか、脚立を使わないと、モノが取り出せません。
面倒くさがりな私ですから、そこに手を伸ばしてまで、モノを使うかどうか。
それを判断材料にして、処分するモノをはっきりさせたいと思っています。

土鍋と木のまな板は、今後も使うことはないことがはっきりしているので、ごみ袋に余裕があるときに家庭ごみとして捨てる予定です。

キッチン作業を画一化したい
調理器具の処分を迷っている原因は、おそらく私がまだキッチン作業を画一化していないからです。
自分が作業する上で、これがベストな状態だというスタイルが、まだあやふやな状態なため、使う調理器具も限定できない状態なのだと思います。

今は、家事手伝い状態なので、家の中のことに集中できていますが、今後は母のフォローをしつつ、働きに出なければならないときが必ずやってきます。
本当は、フリーランスで仕事を得るか、在宅勤務が可能な仕事をしたいのですが、地域性から考えると、残念ながらテレワークやノマドワークで仕事を得ることは難しい状態なので、出勤して労働する従来のスタイルになるはずです。
そうなってくると、家事全般の進行が、今とは全く違ってくると思うのです。

キッチン作業の画一化は、家事手伝い状態から、働きながらの家事スタイルに変更したとしても、作業そのものには影響が出ないようにするために、絶対に必要だと思っています。
まだ、具体的なアイデアは浮かんできませんが、日々のキッチン作業の中で、残すべき作業となくすべき作業を見極めながら、最終的なスタイルを探してみることにします。


使っていないモノや使わなくなってきたモノは、本当ならば処分してもいいモノだと思います。
実際、なくても困らないモノだらけなのだと思うので、自分の中で期限を決めて、処分しようと思います。
期限が1年だと、長すぎて忘れてしまいそうなので、今年の夏あたりにもう一度見直そうかな。

捨てたモノと食器棚の話

2020-02-11 | 日々の暮らし
本日は、家庭ごみ回収日なので、いくつか不要品を処分しました。
そして、ついに食器棚2台あるうちの1台の中身を、空にしました!

処分したモノ
まずは、処分したモノリストです。

 ・大きめのタッパー 2個
 ・陶器製のトレイ 1個
 ・タオルケット 1枚
 ・ディスプレイしていた小物をいくつか
 ・麺棒

今回は、少なめでした。

大きめのタッパーは、空にしたい食器棚から出したときに、移動先の収納から溢れてしまったので処分。
陶器製のトレイは、ティーポットとティーバッグトレイを乗せて、少しお洒落な収納のつもりでいたのですが、実際はティーポットがカチャカチャと当たり、ヒビが入りそうだったので処分しました。
あと、重たかったのもネックでしたね。
取り扱いが面倒だったり、気を遣いながらだったりするモノは、さっさと処分です(笑)

タオルケットは、母がシーツ代わりに使っていました。
しかし、そもそもの用途が違うので、使いづらそうにしていました。
使い込んで古くなっているし、洗濯してまで使わなくてもいいかな、と思い処分。

ディスプレイは、毎日のように見返して、処分する気になったモノを選んでごみ袋へ。
麺棒については、お菓子作りをしないと決めたにも関わらず、何か他の用途に使えそうだと思い、処分せずにずっと持ち続けていましたが、全く使う気配がないし、買いなおしできますし、一度処分します。

食器棚の中身を空にするプロジェクト(大げさだな)
食器棚が2台ある我が家。
そのうち1台が、観音開きでマグネットで固定する扉が付いているタイプなのですが、開閉する際の音が非常にうるさくて不愉快でした。
昨年、頑張って不要な食器やキッチングッズを処分し続けた結果、2台の食器棚は収納に余裕ができていたので、さらに不要な食器やキッチングッズを処分して、もう1台の食器棚を整理すれば、うるさい食器棚を空っぽにできるのでは?
と思い付き、先週少しづつ作業を進めていたのですが、昨日にやっと空っぽにすることに成功しました!

空っぽにして整理した結果、要らなくなった食器棚整理用のカゴも、いくつか空になってしまったので、再度整理整頓して使い道がなかったら、今度のごみ収集日に処分する予定です。

食器棚の今後
さて、空にした食器棚ですが、実は処分を迷っています。

実を言うと、現在使っている食器乾燥機が、とても不安定な場所に設置してあり、ずっと悩んでいます。
母が炊事をしていた頃は、シンク横の作業台に乗せていて、キッチンテーブルの上で料理の下ごしらえをしていました。
しかし、それだととても作業効率が悪いので、キッチンのカラーボックスを利用して、その上に食器乾燥機を置いたのですが、大きさがギリギリで、土台に余裕がない状態です。
この状態になって、数年が経ちますが、いつ何かの拍子に落ちてしまうかわからない状態なので、空にした食器棚の下部分をカウンター替わりにして、食器乾燥機を置いたらどうだろうか、と考えています。

本当は、食器乾燥機がない状態で暮らせばいいだけの話なのですが、私は、布巾で食器を拭くことに抵抗があるので、もし処分したら、自然乾燥にシフトするか、丈夫なキッチンペーパーを使って拭くことになります。
自然乾燥であれば、現在の食器乾燥機と同じように、置いておくスペースを確保しなければいけません。
キッチンペーパーで拭くとなると、それなりに丈夫なペーパーを探して、常備しておかなければいけません。
いずれにせよ、今までのルーティンを少し変更する必要があり、効率的に家事ができるように準備する必要も出てきますので、今からダイニングキッチンの家具配置変更を検討して、どうにもならなかった場合には、食器棚は処分ですね。

食器棚には、こだわりを持つべきだった
今後、我が家ではおそらく、新しく食器棚を購入することはないと思います。
あるとしたら、現在フル稼働中の食器棚のガラス戸が割れたり、引き出しがクラッシュしたりした場合だけだと思います。

そのフル稼働中の食器棚は、両親が結婚した際に購入したモノで、60年近く使っています。
食器棚というよりは、水屋と呼んだ方がしっくりくるモノですが、引き戸なので埃が入りにくく、観音開きの扉よりも衛生的に食器を収納できます。
その点についてはいいのですが、欠点も目立ちます。

まず、カトラリーを収納する引き出しが浅くて狭いこと。
そのために、市販のカトラリー整理に使うトレイが入れられません。
本当は、仕切りがあった方が収納しやすいのですが、仕方がないので、なるべく種類が混ざらないように気を付けて収納しています。

それから、経年劣化で下部分右側の引き戸が開けづらいです。
そこには、年に数回程度しか使わない保存瓶やマグボトルを収納しましたが、そのうち開閉ができなくなるかも。
溝部分の滑りを改善すれば、またスムーズに開け閉めできるようになるかもしれないので、一度試してみます。

あと、化粧板が剥がれている箇所があり、パッと見がみすぼらしく、昭和のコントで出てくるような、貧乏な家庭の食器棚みたいになっています(笑)
最近、やっとキッチンの不要品が減ったので、リメイクシートを使って補修しようかと思っていますが、作業の優先順位が低いので、いつになることか。

そんな感じなので、今使っている食器棚も、空になった食器棚も、使い勝手に不満があります。
最近主流になっている、機能的な食器棚にも憧れますが、もし、買い替える機会があったとすれば、今度こそこだわりぬいて購入したいです。
とはいっても、今から買い替えたとして、使うのはせいぜい20~30年程度。
もしかしたら、もっと短いかもしれません。
そう考えると、今回空っぽにした食器棚を購入する際に、もっと機能性重視で選択をしてほしかったと思います。
そうすれば、化粧板の剥がれた古い食器棚を使い続けることもなかったのに。
(空にした食器棚は、母のセンスで購入されたモノです)

私は個人的に、キッチンは見た目のセンスよりも、機能的センスを重視すべき場所だと思っています。
動線の確保や、収納や作業のしやすさ、それらが総合的に機能してこそ、キッチンを快適に使いこなせると思います。
狭小住宅でない限り、キッチンという場所は作業を中心にする場所です。
楽しく作業するという観点から言うと、見た目も大事だと思いますし、例えばカントリー調で統一したりするのも、悪くはありません。
しかし、その上で、やはりキッチンは機能的であるべきだと思っています。
機能的なキッチンにするために、家具の選択は重要です。
そこを考えずに、なんとなくよさそうだ、という感覚だけで食器棚を選んでしまったのは、母の失敗だと思っています。

その失敗を教訓としたいのですが、おそらくその教訓が生きてくる機会に恵まれる確率は、非常に少ないです。
食器棚が、本格的に壊れない限りは(笑)


今回、食器棚を空にするプロジェクトを敢行して思ったのは、家具選びは慎重にすべきだし、もしも納得できずに妥協しそうであれば、思い切って家具のない暮らしを選択したほうがいい、ということでした。
家具は一度買うと、簡単に買い替えることができません(お金持ちなら、できるかもしれませんが)
何年も、何十年も、その家具を使った暮らしをすることになるのに、その家具に対して、常に納得できない気持ちが付いて回ると、なんとなく幸せが減ってしまうような気がします。
自分が快適で、幸せを感じられる暮らしを望むのなら、妥協したり、なんとなくという感覚で家具を購入してはいけない。
そんなことを考えながら、これからも不要なモノは、家具でもなんでも処分しよう、と決意を新たにした祝日なのでした(笑)

病気予防を意識すると手間がかかる食事作り

2020-02-10 | 日々の暮らし
毎日の食事は、母の病気のこともあり、いろいろと考えながら味付けをしています。
しかしながら、食材についてはあまり意識をしていません。
ふと思い付いて、母の病気や症状に、あまりよろしくない食材をネットで検索してみたところ、母が好きな食べ物に使われている食材と調味料ばかりがヒットしました。

今回は、備忘録を兼ねて、その食材や調味料について綴っていきます。

母の病気
母の主な病気は、糖尿病とそれによる合併症の心臓病です。
病気が発覚する前から、血圧も高く肥満体形だったこともあり、現在は塩分や糖分をコントロールする必要があります。
加えて、昨年末に胃にできたポリープが原因と思われる、貧血症状で入院したこともあり、鉄分を意識した食事を作るようにはしています。
胃のポリープは自体は切除したので、現在は経過観察中といったところですが、貧血自体は術後1ヶ月経過した頃から、症状が治まった様子で、貧血が原因のふらつきは今のところ出ていません。

また、医療機関では診断が下りなかったのですが、認知症状も出てきたように感じます。
それが、加齢によるのか、精神的なストレスなのか、他の病状から影響を受けているのか、認知症の初期段階なのかはわかりませんが、物忘れが進んできているような気がしています。
最近では、親戚の名前がごちゃごちゃになってきていますが、それも、加齢といえば加齢ですし、認知症状ともいえるし、判断に困っている状態です。

母の食事で気を付けていること
塩分と糖分をコントロールする必要がある、と言いましたが、具体的には味付けを薄くする以外の対策はできていません。
塩味は、塩を使わずに出汁だけで味付けすることもあるのですが、料理によっては味が薄すぎて、食べ残されてしまうことも多いです。

塩味や甘みが足りないと、たしかに美味しくない料理もありますから、食材そのものの味がしっかりしているモノを、意識して使うこともあります。
例えば、にんじんやブロッコリーの芯は、軟らかめにゆでると野菜そのものの甘味が感じられやすいですし、ネギ類も甘みがあるので、重宝します。
あと、カボチャやサツマイモも、余計な味付けをしなくて済む食材です。

しかしながら、糖分もコントロールするとなると、根菜系は糖質が多いため、そればかりを用意するわけにはいきませんから、葉物野菜などもバランスよく入れることを意識しています。

糖尿病では、炭水化物の取りすぎも、よくありません。
ですから、にんじんやジャガイモは、少し量を意識する必要がありますし、麺類は最もわかりやすい炭水化物なので、週に1~2食ほどしか作らないように、意識しています。

ところが、母は芋類と麺類が大好きなので、たまにしつこく、食べたいと言ってきますが、あえてそこは厳しい態度で応じ、作らないようにしています(苦笑)
本当は、麺料理や芋を使った料理の方が、私も楽に作ることができるのですが、母は体調管理の必要があるので仕方ありませんね。

私の手抜き体調管理料理
母の体調管理をしていると言っても、料理のレパートリーが少ないし、手間をかけた料理は作りたくないというのが本音。
ですから、コストは高くなりますが、すぐに調理ができる冷凍野菜を常備し、食材をそのまま使える料理を作っています。
例えば、カレーやシチューのような煮込み料理や、焼くだけの魚料理や、野菜炒めなどです。
下ごしらえに時間がかかる料理は、今のところ放棄しています(笑)

また、食器の洗い物を減らしたいがために、最近ではワンプレートで済む料理をひたすら考えている状況です。
ですから、煮込み料理風の電子レンジ料理が増えてきています。

いずれにしても、なるべく塩味と糖分を抑えることだけは、常に意識していますが、本気でコントロールしようと思ったら、下ごしらえの段階から意識する必要があるのかもしれません。

気になって検索、母の病気によろしくない食材
毎日の食事作りをしていると、いろいろ気になることも出てきます。
日ごろは、塩分と糖分を主に意識した食事作りをしていますが、食材そのものも、気を付けた方がいいと思い、「糖尿病」「心臓病」「認知症予防」などのキーワードでネット検索をしたところ、次のような食材と調味料が出てきました。

 ・小麦粉
 ・乳製品
 ・炭水化物
 ・バターやマーガリンなど
 ・砂糖
 ・市販のダシ
 ・合成調味料
 ・カフェイン
 ・赤身肉

細かく調べたわけではないのですが、最初に挙げた小麦粉、乳製品、炭水化物で、結構料理のレパートリーが減ってしまうと思いませんか?
私は、確実に減るのですが(苦笑)

私が列挙した中には、糖尿病だったら摂っても問題ないけれど、心臓病と認知症予防には摂らない方がいいよ、という食材も含まれていますので、すべての病気や症状に当てはめようと思うと、摂らない方がよい食材や調味料が多くなります。
というか、ほぼ食べるモノがなくなるかもしれません(笑)

赤身肉などは、貧血改善には効果があるようですが、認知症予防の観点だと飽和脂肪酸が含まれるので、摂取を控えた方がいいらしいです。
炭水化物が入りがちなカレーの場合は、スパイスはさまざまな病気に効果的なようですが、日本のカレーは炭水化物も小麦粉もたっぷり入るので、糖尿病にも認知症にもよろしくないようです。
インド風やタイ風の、小麦粉を加えないタイプが適しているのでしょうね。
ただし、肝臓疾患の場合は、ウコン(ターメリック)を摂取すると悪化する可能性があるらしいです。

乳製品は、基本的に健康を維持する食材だと思うのですが、認知症予防の観点からすると、脂質が多いので控えた方がいいということらしいです。

砂糖に関しては、大体どの病気でも控えるように言われますね。
アレルギーなども、砂糖を控えるようにしたら、症状が改善したという人が多いので、砂糖は人間の身体に困った影響を与える成分が多く入っているのでしょうか。
考えてみたら、大体の食材には糖分が含まれているので、わざわざ砂糖を加える必要もないのかな、と思ったりします。

市販のダシや合成調味料に関しては、添加物の問題もありますが、何気なく砂糖や塩が添加されているので、さらに塩や砂糖を加えると、摂取過多になってしまうよ、と言うことだと思います。

カフェインは、認知症予防にはいいらしいのですが、貧血症状にはよくない成分です。
カフェイン中毒などもありますし、母のように薬を飲んでいる場合は、薬の効果を弱めてしまう場合もあるので、摂取するとしても控えめにする必要があります。

おやつの用意も悩みのひとつ
これまでは、糖質や脂質を気にしながら、おやつを購入していました。
一度、私が脂肪味改善ダイエットにトライした際は、乳製品、揚げ物、肉、油分の多いラーメン、カレーが禁止食で、トライアル中、買い物にとても苦労したのですが、特におやつ(菓子類)は、買えない商品が山のようにありました。
市販の菓子類、特に洋菓子系のクッキーやビスケット、チョコレートは、乳製品と脂肪成分が必ず使われています。
ですので、この期間中は和菓子系しか購入できませんでした。

母の病気を意識すると、さらに小麦粉や糖質(砂糖)も摂取を控えなければいけないので、市販のお菓子のほとんどは買えなくなります。
こうなってくると、食材をそのまま使った、ナッツ類やドライベジタブル、干乾し小魚を使ったつまみ系くらいしか、思い付きません。

こうして改めて食材や食事内容を見直してみると、現代病と言われる疾患にならない方が、少数派のような気がします。

意識すると手間が増える食事作り
さて、食材や調味料について、私なりに調べてはみたけれど、今後の食事作りに反映させるとなると、どうも手間が増えるばかりで、習慣づける自信がありません。

例えば、砂糖(糖分)摂取を控えるよう、本気で取り組むとなると、ダシは素材からきちんととる必要が出てきます。
これまで、手抜きと時短のために使ってきた、市販のダシは使えなくなります。
また、味に変化がないと食べ飽きてしまいますから、砂糖や塩分を極力使わず、素材の味を引き出すような調理が必要になってくると思うので、調理方法を身に付けなければいけないですね。

おかずの組み合わせも意識しなくてはいけないし、すぐに使える麺類も控えなければいけないので、ごはんをまめに炊く必要があります。
市販の総菜は、味付けが濃いので買い控えないといけませんし、意外と小麦粉を使っている総菜も多いのが現状です。

これまで、手抜きと時短になるなら、多少健康を犠牲にしても、精神衛生面を優先しようと思っていたので、デリカテッセンの利用や、チルド製品の活用をしてきました。
しかし、健康を意識した食事作りをするとなると、これまでの手抜きと時短になる方法は、使えません。
となると、健康を優先しつつ、手抜きと時短ができる食事作りを、これから考えていかなくてはいけないかな、と思っています。
これまでの習慣を、すぐに替えるのは難しいのですが、頑張って知恵を絞りだしてみることも、大事ですよね。
もしかしたら、途中で挫折するかもしれませんが、トライだけはしてみた方がいいですよね。

トライしてみて、何かしら体調の改善が見られたら、続けるモチベーションにもなるでしょうし、もし何も変わらなければ、元に戻せばいいだけですから、今ある食材と調味料を使い切ったら、始めてみようと思います。


今回は、病気予防や健康維持のための食事作りをするために、控えるべき食材や調味料について、考えてみました。
すでに買ってある食材と調味料は、使い切りたいので、今すぐに食事の質を変えることはできませんが、今日もこの後買い物へ行く予定なので、まずは新しく買うモノから意識しようと思います。