AKILA's えgo

気まぐれに、ドラムや音楽の気になった事上げとります。

茶番

2021-02-24 23:09:00 | ノンジャンル
いや、とんだ茶番だよ。
コレに関しちゃあ、前々から思っていた。

何がって、緊急事態宣言の措置の在り方。
とった時点で「は?!」と思うような内容だったし、そーいう半端な状態であったからこそ、感染者数っていうのが一向に減らない状況が今の今まで続いてたんじゃねェのかと思っている。

そんで、
ついこの2日ほどで、減少傾向にある。
良い事ととるべきだろうが、急な減少率なだけに、ちょっと笑ってしまうよな。

そこに来て、現在10都府県の緊急事態宣言の解除に向けての規制緩和の動き。
そりゃあ、延長よりは良い事であるのだが、規制緩和とは言えないんだよな。

全く、意味ないよな。
特にこれまで対象となっていた飲食店は、「マジでふざけんな」ムードが漂ってる。
だって、時短営業は未だに継続しろってんだから、何が解除宣言前の規制緩和となってんだかワケ解らねェよ。

まァ、上級国民様は、東京ゴリパラの事しか頭に無ェんだろうな。
経済を優先に考えるってのなら、明後日の方見てるより目の前の固めるべきところを地固めしてから実行しようとしろよ。
開催地である東京都民も、苦しんでるのが見えてないのかね?

新ウンコロナを軽視するつもりは無いが、ソレに対しての対応策がグダグダ過ぎる。

だから、茶番っつってんだよ。

久々に蓋を開けてみて

2021-02-10 18:11:00 | 音楽・ライヴ
まァ、今知り合っている面々にとっちゃ、オレはメタルヘッドだと思われていても仕方ない事だろう。
そりゃそうだわな、知り合っている場所やきっかけってのが、そーいう場面でだから。

ただ、これでも人並には歌謡曲/邦楽を耳にしてきている。
つーか、生まれてからずっとメタルしか聴いてないなんて、それこそ頭と耳オカシイんじゃねぇかと思うぜ、正直そんなやつ居たら(笑)。

自分が本当に音楽/楽器に対して向き合うきっかけをくれたのは、間違いなくロックであり、HR/HM。
歌唱のもつ旋律を引き立たせる役割になっているとは言え、その歌唱を活かす上で不可欠な音の結びつきを作っているのは、外ならぬ主線以外の旋律であり、ソレがギターであったりドラムであったりしている。

言ってみりゃ、その楽曲の持つ全体の雰囲気が大事だっていう事になるし、そーいうのって、結局ガッチガチなジャンルに括りつけられた中ではそうそう琴線に触れる事のできないモンだったりする。
ま、ジャンルという枠組みを気にし過ぎると、結果有象無象になり得るのは解り切った事だしな。

1990年代、ロックがある一定のカテゴリーで収めきれないほどに雑多なスタイルが一挙に出てきた事で、特にメタル界隈では「モダンヘヴィネス」、「ラウドロック」、「オルタナティヴロック」などという呼称が飛び交っていたと思う。
メタルとして語ろうという向きには「モダンヘヴィネス」が定着したし、そうでないものと見做したバンドに関しては「ラウドロック」と呼んでいたような気がする。

いずれにしても、在りし日のヘヴィメタルが古いスタイルの音楽として飽和状態になり、PANTERAの打ち出した(当時としては)規格外のヘヴィネスを機に、メディアがHR/HMを闇へ葬ろうとした動きが生み出した呼び名であり、実際のところ音楽的にどれもが未だに生き続けている。

そうであったにしても、その中で「本物」「偽物」という分類をしてしまう行為は、いつの世でも出てるくものだ。

ヘヴィでありながらメタルでなくても、良いバンドってのは居るし、メタルと言っても聴くに堪えないバンドってのも当然居る。

オレの自論としては、1990年代のハード/ヘヴィサウンドを打ち出していたバンドは、「どれだけヘヴィ且つタフなサウンドを誇示出来るかを心身共に顕現させようとしていた、最後の年代」ではないかと思っている。
勿論、今でもそういったものを作り出そうとしているバンドってのは居ると思うが、絶対人口数としては、あの世代までだった気がする。

まァ前置きが長くなっちまったが、そんな年代の中でオレが最も感化したバンドってのが、日本のバンドであるeastern youth。
最近、思い出した様にまた聴き直している。

1988年に結成したという事なので、既にキャリアとしては30年を超える大ヴェテランの域に到達しているバンド。
オレも彼らの音楽を知ってからもう軽く20年は経っているワケだ。ちょっと信じられん(笑)。

元々、パンク/ハードコアに触れつつも、根底が日本の(昭和)歌謡曲がルーツであるというのが曲にそのまま出てきた、なんかありそうでなかったスタイルを持つバンドで、ライヴでの盛り上がり方とかは正にその時代のラウド系ロックのノリそのまんま。

ただ、このバンドに関しては、オレが感じ取った上で様々なバンドと決定的に違うところがある。

ソレは、「魂に触れる激情と言葉の紡ぎ」だ。

このバンド、所謂洋楽かぶれな素振りは楽曲的に殆ど感じられないし、メンバーの佇まいに至っては、ホントに「フツーの人」(まァ、ハゲ・メガネ・ポロシャツインという恰好のフロントマンである吉野氏に関しては、あそこまでいくと逆にフツーじゃなく思えるが)。

そんな雰囲気のバンドだから、誰もが親しめる感じ、というワケでも決してない。
サウンドの荒々しさは、所謂歌謡ロックばかり聴いていた人にとっては聴き辛いものになりそうだし、吉野氏の歌唱は上手いというでもなく、キレイでもない。
2010年以降に出てきた、今時の人気バンドに親しんでいるリスナーにとっては、耳にし難いバンドに思えるかもしれん。

だが、
彼らの音・歌詞には、他のバンドには中々感じられない、「暖かさ」がある。
単純な優しさではなく、激を飛ばして鼓舞させる。
しかも、ソレは他人から投げかけられるものではなく、自分との対話と言える。

自問自答を、バンドが力の限り代弁して音楽で顕現させている。
日常で思い感じるものが、曲の中で万華鏡の如く綴られている。
だから言葉が、サウンドが突き刺さる。

こーいうバンド、オレの中ではTHE BLUE HEARTSがそんな感じだった。
尤も、このバンドはオレよりもう一回り上の世代の人の音楽だったし、オレくらいの世代だと、eastern youthが当て嵌まる。
リアルタイムで追っていたのは間違いなかったし。
個人的には、「踵鳴る」は歴代屈指の名曲だと思っているんで、コレ読んで興味持った人は、動画でチェックしてみても良いと思う。

キャリアの中でベースが交代していて、正直オレもこの10年近くは彼らの音楽を離れていた。
気が付きゃ女性のメンバーが入っていてビックリ。でもその編成でもバンドに揺るぎがないように見せているのは流石だった。

去年、『2020』というアルバムもリリースしている。
オレが感化された当時と比べると、楽曲的な尖り方は減衰したと感じるが、全体の熱量は相変わらず変化ない。

ラウドポップという呼称のバンドの元祖であり、和製ラウドロックの究極到達点の一つ。
「エモ」という、音楽に対しての軽薄感が拭えない言葉遣いが蔓延して久しいが、そんな言い方にさえ重みを与えてバッチリ嵌ってしまう、妙なバンドでもある。

最近、動画でもチェックしていたんだが、そのコメント欄でも同様の書き込みがされていた。

自分にとって、感情を揺さぶられるものがある事を知った瞬間の尊さ。
音楽には、ちゃんとソレが存在している。

eastern youthは、今も変わらず日常の激情を鳴らしている。
こんなロックバンドが日本に居る事を、オレは誇って良いと思う。

そして、そーいう感情を、今度はテメェが顕現させていくべきだろう。
ソレが音楽以外の取り組みであっても、だ。


124年振りとな

2021-02-02 12:12:00 | ノンジャンル
今日が節分の日になるってのは全く気にもかけていなかった。
周期の関係で、どうやら124年振りになったらしいな。

マダムも大興奮。


ホントの鬼ってのは、何なんだろうね。

少なくともオレは、新型コロナだけを指すつもりは無いよ。