ふくちゃんの絵日記

バイク等での旅行記や、日常生活で感じたことを、絵(写真)に描けるものは描き(添付)絵日記風にしたいと思います。

”男子厨房に入らず・・・!”

2020年12月12日 | 日記
 戦前の日本の生活形態として、教えられ記憶している。
 近年・この様な事を云うとバッシングを受けるだろう・・・!
 しかし、幼少期には歴然とした”社会的な形態”であった事は、確かであった。
 人間ならではの感性として、料理(狩りをし、食する事)をする楽しみを有しているだろう・・・!?
 前置きはさておき、食事の準備をすることは、当たり前の事と成っている。
 大根を頂いたので「イカ大根」を造った。
 砂糖を加えず、味醂で”甘み”としていた。
 「(私は糖尿ではあるが)砂糖味が欲しい!」と言う友人が居た。
 そこで、少量の砂糖を使うようになった。
 そして、醤油を止め、味付け醤油を利用している。
 落し蓋で煮込んでも、薄味の味付けで気に入っている。
 美味しいモノがあると”お酒”が美味しい!は、相対関係か・・・!?
 ひと口・味見する感覚は、何時も変わらない。
 ワクワクする時である。
 料理途中でも、食する時でも・・・
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今日のウォーキング・・

2020年12月11日 | 日記
 今日は2020年12月11日金曜日である。
 今日のウォーキングの結果は、歩数:14,471歩 距離:11Km 時速:5.5Km 時間:2時間
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完成しました・・!

2020年12月10日 | 日記
 ”DIYでギャラリーを!”の強力をしていることは、日記にしている。
 玄関周りの外装材を施工し、完了(完成)となった。
 次なる工程は、ギャラリーとしての内装に移行する。
 
 「為せば成る・・・!」
 オーナーさんと「出来たねぇ!」と、4月から取り掛かった工程を振り返った。
 今日は、晩酌が美味しいだろう・・!と、帰路についた。
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歩きました・・!

2020年12月08日 | 日記
 今朝・目覚め「どうしょう・・!?」と、先ず思った。
 今日は、主治医の診察の日(交代制の当番医)である。
 過日「検体の提出を・・!」との要請があった。
 採取しようと、試みても”検体対象”の量が少ないのである。
 採取出来ないないモノは仕方ない!と、採集容器を携えて病院に向かった。
 病院に着いて、看護師さんに「此れだけしか採取出来なかったのですが・・!この量で善ければ受付を済ませますが・・・!」
 結果的に、検体の量が足らない!と、いう事で(改めての検体の採取を求めら)後日の診察となった。
 往復・二時間弱の時間的ロスも「仕方ないか・・?」と思いながら帰宅する。
 帰宅し・早々に、ウォーキングの準備を整える。
 14時過ぎ、出発する。
 火曜日と云うことなのでしょうか、広大な運動公園には”人”は居なかった。
 只、グリンキーパーが操作するエンジン音が、こだましていた。
 そして、漁港に・・
 釣り人は居ても、家族連れの釣り人は、居なかった。
 その数も、5人程と少なかった。
 やがて、海浜公園に至る。
 賑わっていた”サンド・スポーツ?”をする人は、誰も居なかった。
 吹き寄せる風と白波が”冬”の風情を醸し出していた。
 16時を過ぎると、体感温度は一気に低下する。
 身体に刺す風と、風景から”寒い!”と・・・

 今日のウォーキングの結果は、歩数:14,560歩 距離:11.1Km 時速:5.5Km 時間:2時間
 
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ウォーキングで、出逢った光景・・!

2020年12月06日 | 日記
 陽光の暖かい間に出掛けよう!と、14時過ぎに家を出る。
 住宅地で出会う人は”皆無”では無いが少ない。
 寒さもあり、コロナ禍も影響しているのだろうか・・?
 と、思いながら折返し地点の運動公園に至る。
 私の、ウォーキング・コースでは、野球場からグランド、芝生公園(遊具も備わっている)と続く・・
 野球場は無人であった。
 グランドでは、サッカーの練習をしていた。 
 そして、遊具も備わった”芝生公園”に至る。
 日曜日であった性かも知れないが、大勢の家族連れで賑わっていた。
 グランドシートで、何家族(母親たち)が、談笑していた。
 この様なグループは幾つかあった。
 「三密・大丈夫・・!?」と、要らざる心配をした。
 運動公園を離れ、漁港に至る。
 此処では、大勢の釣りを楽しむ人や、家族連れが居た。
 海釣りを楽しむ光景を観て、幼少期の”私の”釣りを思い出していた。
 釣り針やテグスは買っていた様に思う(父からの拝借品であったかも知れない)
 竿は、山に行って切ってきたものを、七輪で炙って曲がりを直したモノを使った。
 近くの川で、フナなどを釣って楽しんだ。
 持ち帰った”フナ”は、鶏のエサとなった。
 私が「磯釣り」を経験したのは、小学5年生の頃だったと記憶している。
 父親に連れられ、前夜の最終列車で、釣り宿に向かう。
 早朝、渡船に乗って、磯に渡る。
 夜も明けぬ時刻である。
 磯に渡って、懐中電灯の明かりを頼りに、釣りの仕掛けを整える。
 ウキが確認出来る時刻と成って、小エビを餌に投げ入れる。
 何投目かに、大きくウキが沈んだ!
 経験した事のない感触が、手に伝わる。
 「お父ちゃん!釣れた!」と、叫んだ。
 父は、玉網を準備している。
 ”代わってくれるんと、違うんかい!”
 バラス事無く、父が用意した玉網に入った。
 30cm程の「グレ」であった。
 初体験で興奮した事を覚えている。
 「釣り」が趣味の一つに加わった。
 あの時の、父の行動が教えと成って、私の中に活きている様に思う。
 今日のウォーキングの結果は、歩数:15,400歩 距離:11.7㎞ 時速:5.5㎞/時 時間:2時間10分
 
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ふくちゃん・駄目だよ・・・!

2020年12月05日 | 日記
 友人(この日記=ふくちゃんの絵日記を読んだ頂いている)から「運転中に写真撮影しては駄目じゃん!」と、お叱りの電話を頂いた。
 そうか!この画質では、その様に思われても仕方ないかぁ!・・と思った。
 今日の絵日記の絵(写真)は、先の日記「イルミネーション街道・・!?(2020.12.3)」の絵(写真)の、再掲である。
 
 住宅地の道路で、時間帯の関係もあったと思うが、通行は多かった。
 ハザードランプを点灯し、短時間での撮影を試みた結果の映像である。
 自動車のガラスに、灯り(イルミネーション)が写り、ピントが甘くなったものと、思うこと!
 加えて・後続車が来たことから、慌てて・急いために、手ブレが起きたのでしょう・・・?
 決して、走行状態で「撮影」したものではありません。
 
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JIS(規格)と違うんかーぃ!

2020年12月04日 | 日記
些細な事の日記である。
先日、キッチンタオル(ペーパー)が無くなった!と、云うことで買ってきた。
購入に際して、メーカー等はあまり気にはしていない。
ただ・国内メーカー品(生産地は別として)であった。
キッチンタオルも、各社各様に”売り込み合戦”を展開している様だ。
各社の”キッチンタオル”が並んでいる。
その中の、一つの商品に目が留まった。
 
この様な商品説明と、表示された価格に絆されて、購入した。
そして、永年・・そう!昔のことで忘れるくらい長く使ってきている「タオル・ホルダー」に装着しようと試みた。
サイズが合わず(幅が狭い)装着出来ない。
 
仕方なく、キッチンタオル・ホルダーのカーバー部に入れて使用している。
今まで、齟齬もなく使えていたので「キッチンタオルは規格品(JIS?)」と思っていた私が、浅はかだった様です。
次回からは、同じ轍は踏まないぞ!と、怒りにも似た決意をした事でした。
因みに「メイドイン外国」でした。
幅の異なる商品(キッチンタオル)がある事に、ご用心を・・・!
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イルミネーション街道・・!?

2020年12月03日 | 日記
 私が、独断で名付けた”名称”である。
 御当人の、命名とは異なるかも知れない。
 今日「DIYでギャラリーを・・」の、お手伝いに出掛けた。
 そして、17時を過ぎて作業を終え、帰宅する事とした。
 師走・冬至の季節と成り、日は落ち・暗闇の時間となっていた。
 自動車のライトを点灯し、帰宅の途に就いた。
 数分・走行すると、道路の両側に立ち並ぶ家屋の電飾(イルミネーション)が目に入ってきた。
 先週には、数軒のお家に観られたが、道路の両ワイド・50軒程が、夫々に工夫を凝らした「イルミネーション」を施されていた。
 
 今日の絵日記の絵(写真)は、 帰宅途中で見かけた「競って・電飾」を施す町並みの様子である。
 自動車の内部から撮影したもので、ピンボケ・手振れが激しい。
 改めて・機会があれば「シャッター・チャンス」を狙いたいと思います。
 最近”疎遠となった言葉”に「遠くの親戚より、近くの他人」という事でしょうか・・?
 御近所さんとのお付き合いも、きちっと!出来ているのだろう・・!? と、思った。
 個人宅で、豪華と言える一軒の「クリスマス・イルミネーション?」は見かける事はあっても、連続する家屋(連携しての)で”電飾”する様は見かけたことなかった。
 その様な事もあって「イルミネーション街道」との表題にした。
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何故か昔を思い出して・・・!

2020年12月01日 | 日記
 昨今・炭素離れで「電気自動車」に注目が集まっている。
 今から・遡ること60年程前の、昭和30年代半ば・私は、大阪府に住まいしていた。
 当時の、大阪市営交通機関は、市電・市バスに加え「トロリーバス」であったと記憶する。
 電車は、架空の電線から、パンタグラフで電気を得て、線路に流している。
 トロリーバスは、二本のパンタグラフ(電極(+・-))から、その(電力)エネルギーを得ていたと、記憶する。
 そして、当時の車体のカラーリングは「緑」が主体で、車体の上部に、白い帯が配色していた様に記憶している。
 ”所得倍増政策”によるのだろうか、自家用自動車が爆発的に増えて、日常的に交通渋滞を起こす様になった。
 その元凶が「路面電車・トロリーバス」と、やり玉にあがった。 
 そして、大阪万博を機に、トロリーバスは廃止されたと、記録している。
 今思うと、環境にも優しい”良い公共交通機関”であった!と、思い出されるのである。
 甦れ「トローリーバス」よ!
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