人を笑いものにして自分の価値を上げようとする人がいる。しかし自分自信も完全ではないので笑いの対象になることがある。少し違った言葉で言い換えると「人を呪わば穴二つ」という格言になる。あるいは「人の振り見て我が振り直せ」ということにも通じる。
先日町の囲碁クラブの大会があった。対戦相手の組み合わせは乱数を使ってコンピューターのソフトウェアで決めている。そこでの話である。
さて、H氏は初戦にM氏に勝った。日頃からM氏を強そうなことを言っているがそれ程でもない等と噂の種にしているH氏は勝って当然と思っていた。2戦目にM氏は日頃から苦手にしているS氏と対戦してまた負けてしまった。H氏はそれを確かめて蔑みの意を込めて「やはりね」といって納得した。M氏は3戦目も負けて今日は大サービスデーだと全敗を覚悟した。しかし最終の4戦目にこれまで一度も勝ったことがない格上のMM氏に接戦の末、相手をミスに誘い大石を手筋で取り切って勝利した(昨日の記事参照)。結局その日は1勝3敗の成績に終わってしまった。そこでM氏を蔑んだ言い方をしていたH氏の成績を見たらM氏と同率の1勝3敗であった。もう1勝してM氏を上回っていればM氏を弱いと言うことも出来るが、自分も同率ではH氏自身が恥をかいたことになる。ちなみにH氏は下手の方に「そんな打ち方をしているから強くなれないのですよ」などと言っているのを聞いたことがある。しかし自分もそれ程強くないことを実証してしまった。つまりそれで自分の墓穴を掘ってしまったことになる。H氏は自分より格上のM氏が羨ましくて気になって仕方が無かったのかもしれない。それならば自分の格を上げれば良いことではないか。上記2つ目の格言になるのである。
この話を聞いて私は故人となった父が生前言ったことを思いだした。「他人のことを羨ましがる前に自分で努力しろ」、「人より劣ると思ったらその人の2倍努力しろ」、「人を笑う前に人に笑われない人間になれ」、「僻み根性を持つな、僻めば自分を見失ってしまう」等々、過酷な言葉であるがその通りだと思う。明治時代中期に生を受け、小学校初等科しか卒業していない父は大量の本を読むことによって自分の精神を鍛えていった。私はそんな父を今でも尊敬している。