曽根は久しぶりに妻と一緒にハワイへ来たので周辺
の島を観光することにした。妻も喜んで観光に同行し
た。
「まるでお上りさんみたいね。見るものが全部珍しくて
楽しいわ」
「そうだね、お長さんには苦労の掛けっぱなしだったか
ら、この位は当たり前だろう。もっと希望があったらそ
ういってご覧出来るだけのことはするからね」
「ええ、私はもう幸せ一杯で、もう何も言うことないわよ」
「欲がないんだね」
「だって私には大切な人がいつも直ぐ近くにいるんですもの」
「そういわれると照れてしまうな」
そんな他愛もないことを話ながらハワイ旅行を満喫して
いる曽根修だった。
日本に帰った曽根のパソコンに沢山のメールが入ってい
た。その中に東京第1天文台の虎谷文爾教授から重要な話
があるので帰国したら直ぐ知らせて欲しいというメールが
あった。曽根は何事かと思い虎谷教授に電話を入れた。
「私は曽根修ですが、虎谷先生から帰国したら直ぐ知らせ
てくれと言うメールをいただきましたので電話を掛けまし
た」
「あ、曽根修さんですね。虎谷教授がお待ちかねです.今
変わります」
「曽根さんですか。お待ちしていました。実はハワイの会
議の数日後に、トスカーニ国際天文学会長から大変な情報
を頂きました。あなたの発見された彗星「Ochou」の軌道
が地球の近傍を通過する可能性が高くなってきたというの
です。
「Ochou」の実態がまだ不明なのにどうしてそんなことが
予想できるのかとお思いでしょうが、研究集会では社会的
影響を考えて報告から外したというのです。この情報は極
一部の方しか知らないことをご承知頂きたいと思います。
それであなたにも東京へお出でいただきお手伝い下さらな
いかと言うことなのですが。如何でしょうか」
「ずいぶん急なお話ですね」
「そうなんです。申し訳ありません。ことは緊急を要する
ことなので、出来るだけ早くお返事下さるようお願いしま
す」
「解りました.妻と相談します。お返事は明日にでもいたし
ます」
「よろしくお願いします」
曽根は自分に出来ることは何かを考えた。そして妻のお
長に相談した。
「大変なことのようですけれども、あなたがやら無ければ
ならないことはあなたがやらないといけないわね」
「今の私に何をやらせようと言うのだろう」
「行ってみれば解ることだわ」
「家のことは大丈夫かい」
「いつものことですから心配しないで」
「じゃ行ってくるよ」
曽根修は東京第1天文台の会議室へ入った。そこには日
本のコメットハンターの仲間数人と岡山や長野の天文台で
研究・観測している天文学の専門家がいた。その他にプロ
グラマーもいた。初めて会う人も数人いたのでお互いに自
己紹介して挨拶を交わした。
虎谷教授が入室すると会議室内はすぐに緊張した空気に変
わった。
「私は天文台の虎谷です。お忙しい方々に緊急にお集まり頂
いたので挨拶はこれで終わります。早速ですが、お配りした
資料は世界でもまだ公開していないものですから取り扱いに
はくれぐれもご注意下さい。
「さてそちらにお座りの曽根修さんが発見された彗星「Ochou」
の軌道計算は世界中で行われていますが、ごく最近の推定に
よりますと太陽系の外惑星軌道に沿って進んでおりますが、
あと4ヶ月ほどで木星近くに達しそこで軌道を変えて地球と
火星の間を通って地球の近傍を進み太陽へ突入すると考えら
れています。それで、この後1ヶ月くらいの内に「Ochou」
が地球近傍を通過する際にどのような影響が地球に及ぶかに
ついてご検討頂きたいと思います。
「なお本日お集まりの皆様には当天文台内に上等とはいえま
せんが宿舎を用意してあります。そこにはラウンジあります
のでいつでも議論をしていただけるようになっています。な
おここでの生活に必要なものは揃えてありますが不備、不足
のものは係の者に申しつけて下さい。旅費を含めてこちらに
滞在する間経済的負担は一切ございません。
「それでは進行係の佐々木秀一教授をご紹介します」
「私が佐々木秀一でございます。虎谷先生に倣って挨拶は抜き
で本題に入らせて頂きます。
「先ず映像をご覧下さい。UASAの追跡衛星から送られてき
たものです。「Ochou]は表面が氷に覆われた岩石からでき
ていることが判明されました。「Ochou」と太陽系各惑星と
の引力関係はほぼ解明されました。それによると「Ochou 」
は木星に引き寄せられた後木星のテザーリング効果によって
地球に影響が出るかもしれないほどの近傍を通過し太陽に向
かうという可能性が高くなってきました。そちらに居られる
長野天文台の正永恒彦博士の計算では地球自体には直接的な
影響は出ないと予想されますが、月の軌道に影響があると予
想されます。これはトスカーニ学会長のグループも同様の見
解を示しています」
佐々木博士はここで卓上の水をコップに注ぎ口に含ませた。