Talk about a dream try to make it real...
この一節から始まるとってもステキな物語。でもその物語はブルースの「ブ」の字も出ないまま、淡々と主人公ジャベドの置かれた環境を丁寧に描写していきます。最初はジャベドに感情移入しながらスクリーンを見つめていました。
あ、この文章は映画の感想でも紹介でも何でもありません。公開日に観た時のドキドキした気持ちをどこかにブツけておきたかっただけです。思いっきりネタバレしているし、興味のない方には全く何も伝わらない、ただただダラダラと長いまとまりのない作文です。読み飛ばしちゃってくださいね。
カレッジの廊下で後の恋人となるイライザに見惚れて、これまた後の大親友となるループスにぶつかってしまう(青春映画のお約束ですね)。ぶつかった勢いで床に落ちたカセットテープを拾うループスにジャベドが
「ゴメン。壊れてない?誰を聴いてるの?」
「ボス」(この素っ気ない言い方が良い)
「誰のボス?」
「俺たちみんなのさ」
この何気ないやり取りからの、カフェテリアで独り寂しくチリビーンズとフライドポテトをつつくジャベドを見かけたループスが、確信犯的にジャベドの前に『闇』と『米国』のカセットテープを投げ出す予告編でも有名なシーン。封建主義的な厳格な家庭で育ったジャベドはこのとき明らかに困惑していましたね。
「人生が変わるぞ」
ここまで言われてもすぐに聴こうとしないジャベドへのもどかしさ。「早く聴けよ!ホントに人生変わるぞ!」と思いつつ、自分もあんまり興味がない本やレコード借りても、すぐには手は出さないなぁ~なんて思ったり。
そしてある嵐の夜、何もかもがイヤになったジェイがループスに借りたカセットテープの存在を思い出し、おもむろにウォークマンにセット(この行為が懐かしかった)してPLAYボタンを押す、間違いなく映画史に残る名シーンが誕生します。ここの場面のジャベド役のヴィヴェイク・カルラの表情が変わりゆく様が最高です。
(ギュルルルル※懐かしいテープ再生の始まりの音)... I'm just living in a dump like this ...(歌詞カードでは...I ain't getting nowhere just living in a dump...となるけど、何度聴いてもnowhereのあとにI'mが入っていますね)There's something happening somewhere...のところでお姉ちゃんのジャマが入る。ジャマすんなよって。
そして少し巻き戻して(今は”巻き戻す”という行為がないですね)2番の歌詞へ...いてもたってもいられなくなったジェイが家の中を徘徊し、『闇』にテープ・チェンジして嵐の外に出ていき「プロミスト・ランド」の(この後何度も登場する、この作品の核心かも知れない)コーラス部分に完全に打ちのめされます。ブルースの言葉の洪水に飲み込まれていく姿が印象的です。
The dogs on main street howl
Because they understand
If I could take one moment into my hands
Mister, I ain't a boy, no, I'm a man
And I believe in a promised land.
このシーンの彼の気持ち、よ~く分かるなぁ。僕は「明日なき暴走」を初めて聴いたとき雷に打たれたけど、まさにこんな感じ。もうどうしたら良いのか分からなくなって、身体中からアドレナリンが出てテンション上がって、ワケの分からないことを叫んだ記憶があります。
何万回も聴いているのに、もちろん今でもゾクゾクするけど、初めて聴いたときの衝撃・感動はさすがに味わえません。もうこの時点で観ていた僕は完全にジャベドと同化し、完全にシンクロしていました。
翌日興奮冷めやらぬまんまループスに感想を矢継ぎ早に畳みかけるジャベド。それをしたり顔で受けるループスのクールな表情との対比。
「これでブルース童貞卒業だな」
このセリフ、僕も誰かに言われてみたかった(笑)
この後も貪欲にブルースを追体験していくジャベド。この気持ち、この行為もよ~く分かります。当時はインターネットもなかったし、情報が少し遅れて掲載される音楽雑誌や、レコード屋でブート盤を見つけてはセットリストを眺めてライヴの様子を妄想したり、劇中ジャベドがまるでエッチなビデオを隠れて見るようにブルースのビデオ(多分ドキュメンタリーの録画?)を観ながらメモを取ったり(同じことしてました)。ここで流れるのが79年の反核コンサート「ノー・ニュークス」での「リバー」。あの妹夫婦の苦労を前説に入れた感動的なステージの映像です。
そこに帰ってきた頑固で分からず屋のオヤジ。この分かり合えない親子の様子もまた微笑ましいですね。鑑賞中、まだ僕はジャベド派の立場で観ています。
それからオヤジが働いていた自動車工場をクビになったり、良く知らなかったけどサッチャー政権時代のイギリスの閉塞感のようなものもしっかり描かれていきます。今でいうリストラ、移民への差別や排斥運動(クライマックスでこの様子が「ジャングルランド」に乗せてドラマティックに陰影を持って描かれます。あえて詳しく書かないけど、一番衝撃を受けたのはこの場面です)やらネオナチやら、ホントにヒドい国だったんですね。
この作品の面白いところは、表面上は「自分の居場所の見つからなかった内気な移民の少年が、ブルースの歌と出会って人生が変わる」みたいな良くある青春映画なんだけど、こうした当時のイギリスが抱えていた複雑な問題を随所に挟み込んで「社会派映画」的な側面もあるというところ。
もっと言うと、(大いに語弊はあるけど)アメリカの代表のようなブルース・スプリングスティーンの言葉の世界にどっぷりとハマっていくのが、欧米人ではなく僕らと同じ(?)アジア人であるというところが何とも痛快であります。
分からず屋で「アメリカのユダヤ人か?」「コイツが我々のための歌を歌ってくれるのか?」とブルースを貶していたオヤジも最後には「この男ホントにアメリカ人か?パキスタン人と同じじゃないか」と、考え方が180度転換しますが、やはりブルースの歌(詩)は世界中の誰の心にも響くということの証明ですね。話が行ったり来たりしてすみません。
家計を助けるために懸命に仕事を探すも、不景気真っ只中のイギリスの田舎町では(特に移民の子だし)仕事が見つからない。幼馴染のマットの彼女が働くHMVでも働き口はなく、その代わり捨ててあったブルースのポスターを手に入れるジャベド。そのポスターの絵柄が『チャプター・アンド・ヴァース』のジャケ写だけど、この当時この写真って公になってたのかな?
その手に入れたポスターを握りしめ、ジャベドとループスがブルースについて語り合っているシーンで「邪魔だどけ!」って割り込んでくる、如何にも意地悪そうで頭も悪そうな三人組に対し、(まるでブルースのように)ツバを飛ばしながら
For the ones who had a notion
A notion deep inside
That it ain't no sin to be glad you're alive
I wanna find one face that ain't looking through me
I wanna find one place
I wanna spit in the face of these badlands!!
と高らかに歌いながら堂々と胸を張って去っていく二人の姿は神々しいほどで、この曲も上手く随所に使われています。
どうしても仕事が見つからず、何とかマットのオヤジ(ノリの軽さが最高!)が営む(フリマにしか見えないけど)洋服屋の仕事にありついて働き始めるジャベドの準備の様子。これは世界中のブルース・ファン誰もが通る道、ネルシャツの袖を落とす儀式を(「カバー・ミー」に乗せて)見せてくれます。僕も何枚のネルを切ったでしょうか?ブルースに一歩でも近づくための通過儀礼ですよね。
そうそう、劇中当時のブルースの立ち位置が何度か出てきます。オープニング・ナンバーのペットショップ・ボーイズやaーha(僕もどちらもドンピシャなのでキライじゃないけど)のようなスマートな’80’S音楽全盛(終わりかけかな)時代、大きく誤解された「ボーン・イン・ザUSA」のおかげで一瞬にして過去の人になりかけていたブルース。
「スプリングスティーンなんてもう誰も聴かない」とか「スプリングスティーンを聴くのは親の世代だ」とかバカにされ(この貶されっぷりがたまりませんわ。良く言われてきたから)、親友のマットには「こんなヤツ」扱いをされ、「明日なき暴走」の歌詞は「韻を踏んでないヒドい出来だ」と蔑まれ、ポスターを見せれば「ビリー・ジョエルか?」と勘違いされ...でもそこを救ってくれたのが、我らが愛すべきマットのオヤジ。「1980年のザ・リバー・ツアーをウェンブリーで観たぜ」と言いながら「リバー」を歌ってくれます。マットのオヤジ最高!!
戦闘服(袖を切ったネルの意。いつの間にかジャベドのカッコが白Tにブルージーンズ、ダサダサのジャンパーと交換した古着のリーヴァイス・サード、首にはバンダナというアメカジ)に身を包み、相棒のウォークマンに『暴走』のカセットをセット。「涙のサンダー・ロード」のイントロが流れいざ出陣!なはずが、愛しの(片思い)イライザを見つけ「サンダー・ロード」を口ずさむジャベド。それを怪訝そうに見るマット。オヤジも怒鳴りつけるのかと思えば一緒に歌い出す始末。ここから広場の観衆を巻き込んでの一大ミュージカル・シーンで完全に涙腺は決壊です。今思い出しただけでもキーボードに涙がこぼれそうです(笑)ジャベドとオヤジの合唱からブルースの歌声(しかもあのロキシーでの75年ライヴ音源)に変わる瞬間の切り替えの鮮やかさ、美しさは特筆ものですね。
この恋ダンスのおかげで距離が近づいた二人。初デートを終えそそくさと帰ろうとするジャベド。ヘッドフォンから流れてきたのは...
I prove it all night for your love
Baby,
tie your hair back in a long white bow
Meet me in the fields out behind the dynamo
You hear the voices telling you not to go
They made their choices and they'll never know...
邦題が「暗闇へ突走れ」だし、ハードロック調なので誤解されやすい曲だけど、『ザ・リバー』収録の「ドライブ・オールナイト」に通ずるとってもステキなラブソング。そう、彼は一晩かけてイライザへの愛を証明し、また一段大人への階段を昇ったのです。ホントにブルースの曲と場面場面が見事にリンクしているので、この映画は誤解されることが多いスプリングスティーン入門としても最適です。
そして公開前に特別映像として先出しされたチープだけど夢のようななミュージカル調の映像に乗せて流れる「明日なき暴走」。あの特別映像だけでは真意が伝わりにくいけど、伏線としてカレッジのラジオ局のDJコリン(ショボいヤツ)に「絶対生徒の心に届くはず」と、スプリングスティーン専門チャンネルの開設を求める談判シーンがあります。そこで前述したように「親しか聴かない」みたいにバカにされ、レコード室をジャックしてアルバムをかけちゃうという流れでした。
話の流れもさることながら、爽快感満点のPVになっているのに、そこからの話の転換がショッキング。ジャベドたちは一瞬色んなしがらみから解放されたかのように見せかけて、実際ははそんなに甘くないんだぞ!と作者は訴えかけてくるのです。
やはり自分は「移民の子」ーーーブルースの音楽と出会って、せっかく自分の人生の道筋が見えてきたジャベドはまた気の弱い少年に戻りそうになってしまいます。
そんな彼を励まし、温かく見守ってくれるのがお隣に住む気難しそうな(でも実はとても優しい)エバンス老人と、作家を目指す彼の背中を押し続けてくれたクレイ先生。この二人が実に良いんです。特にエバンス老人役のデヴィッド・ヘイマンという役者さん、決して出しゃばらないのにとっても印象に残る方なんです。
その二人の後押しもあり、遂にジャベドは本格的な作家への足掛かりを掴みます。彼の書いた論文をクレイ先生がコンクールに出し、結果見事入賞。その副賞はブルースの故郷、アメリカはニュージャージー州アズベリー・パークにほど近い大学での講義に招待という夢のようなもの。嬉しいはずなのにジャベドのテンションは低いまんまです。
「どうせあの堅物のオヤジが行かせてくれるはずがない」という諦めの気持ちがあったのです。そこで彼は思い切ってオヤジにアメリカに行かせてくれるよう懇願します。当然一悶着(ブルースのチケットがらみ)あり、二人の関係は完全に決裂。これを機にジャベドはループスと共にNJへ旅立ちます。「光で目がくらみ」のイントロが高らかに鳴り響きます。
ニューアーク空港に到着し、いざ入国審査。ここで一旦BGMが途切れます。
まずは講義に招待されたことを審査官に伝えるジャベド。そして意を決してこう続けます。
But that's not my main purpose.
I'm going to Asbury Park with my friend to see Bruce's hometown.
これを聞いた審査官は向かいのビリーに向かって
Excuse Me!?
Hey Billy, check this guy out, because him and his buddy are Bruce fans.
I can't think of a better reason to visit the united State. than to see the home of The BOSS. (ガシャン!! ※入国許可のスタンプ)
もしかしたらこのシーンが一番泣いたかもしれません。何てイカすやり取りなんでしょう!もうたまりませんわ。次に行った際にはこのセリフ使わせてもらいます。
あ、もちろんジョークの通じそうな優しそうな審査官のゲートだったら。
そこからBruce's hometown巡りの様子が「光で目がくらみ」に乗せてポートレート風に。そして最後はここしかありません。聖地ストーン・ポニー。
その聖地のカウンターに座り感激に浸っていると、テレビモニターから「独立の日」のライヴ映像(多分『河』箱のオマケ、80年のアリゾナでのステージではなく『闇』箱のオマケのヒューストンでした)が流れてきます。まさに今のジャビドとオヤジの間柄を歌った曲。場面は変わって職安から肩を落として出てくるオヤジを、通りを隔てて見つめる息子。この歌詞、このシーンのために作られたんじゃないか?と思うくらいカンペキにハマっていて背筋がゾクゾクしましたね。
Now I don't know what it always was with us
We chose the words, and yeah, we drew the lines
There was just no way this house could hold the two of us
I guess that we were just too much of the same kind
オヤジと言い争いをしながら家を飛び出すあたりまでは「ジャビド=僕」でしたが、このシーンを境にオヤジに自分を投影している自分に驚きました。絶対自分はこんな偏屈なオヤジじゃない!
でも考えてみればうちには受験を控えているジャベドと同世代の次男坊(まだ部活優先の生活をしていますが...)がいるんだし、そんな若者に自分を重ねて見るほうが間違っていたのかも。この辺がトシを重ねてから青春映画(というか若者が主人公の映画)を観る難しさですね。
そしてついにクライマックスのジャベドのスピーチ(朗読?)です。僕が何となく感じていたこと、言いたくても言い出せなかったことを彼に全て代弁してもらえたので、感動的なシーンでありつつも清々しい気持ちになりました。このスピーチを優しい眼差しで見つめるマリク(オヤジ)。もう僕は完全にオヤジと同化して「息子の成長を見守るオヤジ」となってしまいました。
僕もこの映画を観るまで「光で目もくらみ」はジャベドと同様、成功や女の子に目がくらんだ奴らの話だと思っていました。デビュー当時のブルース特有の”比喩を多用して言葉をぎっちり詰め込んだ、変わった登場人物がいっぱい出てくる分かりづらい歌詞”のおかげで、理解できずにいました。
もっと言えば僕もジャベドと同様、ブルースの歌う世界が全てだと信じていました。だって僕の人生の師匠だから。
やはり自分だけ幸せになってもダメ。自分の夢だけを叶えてもダメ。
それが「明日なき暴走」のPVの冒頭に出てくる、『米国』ツアーの頃の名フレーズ
No One Wins unless Everybody Wins.
このフレーズ、サントラにも掲載されていたし、劇場パンフにも町山さんが同タイトルで素晴らしいレビューを寄稿されています。
映画のタイトルはBlinded by the Lightだけど、本当の作品のテーマは「プロミスト・ランド」であり「バッドランズ」であり「ジャングルランド」であり「独立の日」じゃないかな、そして一番伝えたかったのは間違いなくNo One Wins unless Everybody Wins.
なんだと思っています。
そして旅立ちの日。オヤジがカセットデッキに突っ込んだ「明日なき暴走」を高らかにかき鳴らしながらマンチェスターを目指すジャベドを、羨望の眼差しで手を振り見送るリトル・ジャベド。もう涙が止まりません(っていうか殆ど全編涙を流していたけど)。ダダ漏れ状態です。
そこにあのブルースが優しく歌う「アイル・スタンド・バイ・ユー」。反則です。この曲最高ですね。
https://youtu.be/hwfPtkxF0aA
初めてこの映画の製作情報をhttp://www.backstreets.com/index.html
で見たとき、まさかこんなにステキな作品になるなんて思えませんでした。ブルースの曲を使った安っぽい青春ドラマかな?くらいの軽い気持ちで考えていました。日本公開もあるわけがないと思っていましたから、去年日本公開が決まったときはメチャクチャ嬉しかったです。そして公開(4/17)直前にコロナのせいで公開が無期限延期。このままお蔵入りかな?って覚悟したせいもあって、公開前にアメリカ盤のBlu-rayを買ってしまったんです。ゴメンなさい。 ※劇場で観るまではガマン(メニュー画面は見てしまった)しましたから。だから再度公開が決まった時は嬉しくて泣きました。ご尽力くださった関係者の皆様に感謝申し上げます。
ホントにこの素晴らしい作品が日の目を見れて良かったです。もちろん僕も上映が続く限り劇場に通うつもり(と言いつつ先週は忙しくて行けませんでした)だし、会う方会う方におススメしています。公開一週間以内に個人的に3回、家族連れで一回、トータル7人分観た勘定になるので良しとしてくださいね。
興行成績ランキングに入るほどの規模では公開していないから大ヒットは望みようがないけど、スマッシュ・ヒットを目指して応援しましょう!
ステキな作品に出合えたことに心から感謝します。
この一節から始まるとってもステキな物語。でもその物語はブルースの「ブ」の字も出ないまま、淡々と主人公ジャベドの置かれた環境を丁寧に描写していきます。最初はジャベドに感情移入しながらスクリーンを見つめていました。
あ、この文章は映画の感想でも紹介でも何でもありません。公開日に観た時のドキドキした気持ちをどこかにブツけておきたかっただけです。思いっきりネタバレしているし、興味のない方には全く何も伝わらない、ただただダラダラと長いまとまりのない作文です。読み飛ばしちゃってくださいね。
カレッジの廊下で後の恋人となるイライザに見惚れて、これまた後の大親友となるループスにぶつかってしまう(青春映画のお約束ですね)。ぶつかった勢いで床に落ちたカセットテープを拾うループスにジャベドが
「ゴメン。壊れてない?誰を聴いてるの?」
「ボス」(この素っ気ない言い方が良い)
「誰のボス?」
「俺たちみんなのさ」
この何気ないやり取りからの、カフェテリアで独り寂しくチリビーンズとフライドポテトをつつくジャベドを見かけたループスが、確信犯的にジャベドの前に『闇』と『米国』のカセットテープを投げ出す予告編でも有名なシーン。封建主義的な厳格な家庭で育ったジャベドはこのとき明らかに困惑していましたね。
「人生が変わるぞ」
ここまで言われてもすぐに聴こうとしないジャベドへのもどかしさ。「早く聴けよ!ホントに人生変わるぞ!」と思いつつ、自分もあんまり興味がない本やレコード借りても、すぐには手は出さないなぁ~なんて思ったり。
そしてある嵐の夜、何もかもがイヤになったジェイがループスに借りたカセットテープの存在を思い出し、おもむろにウォークマンにセット(この行為が懐かしかった)してPLAYボタンを押す、間違いなく映画史に残る名シーンが誕生します。ここの場面のジャベド役のヴィヴェイク・カルラの表情が変わりゆく様が最高です。
(ギュルルルル※懐かしいテープ再生の始まりの音)... I'm just living in a dump like this ...(歌詞カードでは...I ain't getting nowhere just living in a dump...となるけど、何度聴いてもnowhereのあとにI'mが入っていますね)There's something happening somewhere...のところでお姉ちゃんのジャマが入る。ジャマすんなよって。
そして少し巻き戻して(今は”巻き戻す”という行為がないですね)2番の歌詞へ...いてもたってもいられなくなったジェイが家の中を徘徊し、『闇』にテープ・チェンジして嵐の外に出ていき「プロミスト・ランド」の(この後何度も登場する、この作品の核心かも知れない)コーラス部分に完全に打ちのめされます。ブルースの言葉の洪水に飲み込まれていく姿が印象的です。
The dogs on main street howl
Because they understand
If I could take one moment into my hands
Mister, I ain't a boy, no, I'm a man
And I believe in a promised land.
このシーンの彼の気持ち、よ~く分かるなぁ。僕は「明日なき暴走」を初めて聴いたとき雷に打たれたけど、まさにこんな感じ。もうどうしたら良いのか分からなくなって、身体中からアドレナリンが出てテンション上がって、ワケの分からないことを叫んだ記憶があります。
何万回も聴いているのに、もちろん今でもゾクゾクするけど、初めて聴いたときの衝撃・感動はさすがに味わえません。もうこの時点で観ていた僕は完全にジャベドと同化し、完全にシンクロしていました。
翌日興奮冷めやらぬまんまループスに感想を矢継ぎ早に畳みかけるジャベド。それをしたり顔で受けるループスのクールな表情との対比。
「これでブルース童貞卒業だな」
このセリフ、僕も誰かに言われてみたかった(笑)
この後も貪欲にブルースを追体験していくジャベド。この気持ち、この行為もよ~く分かります。当時はインターネットもなかったし、情報が少し遅れて掲載される音楽雑誌や、レコード屋でブート盤を見つけてはセットリストを眺めてライヴの様子を妄想したり、劇中ジャベドがまるでエッチなビデオを隠れて見るようにブルースのビデオ(多分ドキュメンタリーの録画?)を観ながらメモを取ったり(同じことしてました)。ここで流れるのが79年の反核コンサート「ノー・ニュークス」での「リバー」。あの妹夫婦の苦労を前説に入れた感動的なステージの映像です。
そこに帰ってきた頑固で分からず屋のオヤジ。この分かり合えない親子の様子もまた微笑ましいですね。鑑賞中、まだ僕はジャベド派の立場で観ています。
それからオヤジが働いていた自動車工場をクビになったり、良く知らなかったけどサッチャー政権時代のイギリスの閉塞感のようなものもしっかり描かれていきます。今でいうリストラ、移民への差別や排斥運動(クライマックスでこの様子が「ジャングルランド」に乗せてドラマティックに陰影を持って描かれます。あえて詳しく書かないけど、一番衝撃を受けたのはこの場面です)やらネオナチやら、ホントにヒドい国だったんですね。
この作品の面白いところは、表面上は「自分の居場所の見つからなかった内気な移民の少年が、ブルースの歌と出会って人生が変わる」みたいな良くある青春映画なんだけど、こうした当時のイギリスが抱えていた複雑な問題を随所に挟み込んで「社会派映画」的な側面もあるというところ。
もっと言うと、(大いに語弊はあるけど)アメリカの代表のようなブルース・スプリングスティーンの言葉の世界にどっぷりとハマっていくのが、欧米人ではなく僕らと同じ(?)アジア人であるというところが何とも痛快であります。
分からず屋で「アメリカのユダヤ人か?」「コイツが我々のための歌を歌ってくれるのか?」とブルースを貶していたオヤジも最後には「この男ホントにアメリカ人か?パキスタン人と同じじゃないか」と、考え方が180度転換しますが、やはりブルースの歌(詩)は世界中の誰の心にも響くということの証明ですね。話が行ったり来たりしてすみません。
家計を助けるために懸命に仕事を探すも、不景気真っ只中のイギリスの田舎町では(特に移民の子だし)仕事が見つからない。幼馴染のマットの彼女が働くHMVでも働き口はなく、その代わり捨ててあったブルースのポスターを手に入れるジャベド。そのポスターの絵柄が『チャプター・アンド・ヴァース』のジャケ写だけど、この当時この写真って公になってたのかな?
その手に入れたポスターを握りしめ、ジャベドとループスがブルースについて語り合っているシーンで「邪魔だどけ!」って割り込んでくる、如何にも意地悪そうで頭も悪そうな三人組に対し、(まるでブルースのように)ツバを飛ばしながら
For the ones who had a notion
A notion deep inside
That it ain't no sin to be glad you're alive
I wanna find one face that ain't looking through me
I wanna find one place
I wanna spit in the face of these badlands!!
と高らかに歌いながら堂々と胸を張って去っていく二人の姿は神々しいほどで、この曲も上手く随所に使われています。
どうしても仕事が見つからず、何とかマットのオヤジ(ノリの軽さが最高!)が営む(フリマにしか見えないけど)洋服屋の仕事にありついて働き始めるジャベドの準備の様子。これは世界中のブルース・ファン誰もが通る道、ネルシャツの袖を落とす儀式を(「カバー・ミー」に乗せて)見せてくれます。僕も何枚のネルを切ったでしょうか?ブルースに一歩でも近づくための通過儀礼ですよね。
そうそう、劇中当時のブルースの立ち位置が何度か出てきます。オープニング・ナンバーのペットショップ・ボーイズやaーha(僕もどちらもドンピシャなのでキライじゃないけど)のようなスマートな’80’S音楽全盛(終わりかけかな)時代、大きく誤解された「ボーン・イン・ザUSA」のおかげで一瞬にして過去の人になりかけていたブルース。
「スプリングスティーンなんてもう誰も聴かない」とか「スプリングスティーンを聴くのは親の世代だ」とかバカにされ(この貶されっぷりがたまりませんわ。良く言われてきたから)、親友のマットには「こんなヤツ」扱いをされ、「明日なき暴走」の歌詞は「韻を踏んでないヒドい出来だ」と蔑まれ、ポスターを見せれば「ビリー・ジョエルか?」と勘違いされ...でもそこを救ってくれたのが、我らが愛すべきマットのオヤジ。「1980年のザ・リバー・ツアーをウェンブリーで観たぜ」と言いながら「リバー」を歌ってくれます。マットのオヤジ最高!!
戦闘服(袖を切ったネルの意。いつの間にかジャベドのカッコが白Tにブルージーンズ、ダサダサのジャンパーと交換した古着のリーヴァイス・サード、首にはバンダナというアメカジ)に身を包み、相棒のウォークマンに『暴走』のカセットをセット。「涙のサンダー・ロード」のイントロが流れいざ出陣!なはずが、愛しの(片思い)イライザを見つけ「サンダー・ロード」を口ずさむジャベド。それを怪訝そうに見るマット。オヤジも怒鳴りつけるのかと思えば一緒に歌い出す始末。ここから広場の観衆を巻き込んでの一大ミュージカル・シーンで完全に涙腺は決壊です。今思い出しただけでもキーボードに涙がこぼれそうです(笑)ジャベドとオヤジの合唱からブルースの歌声(しかもあのロキシーでの75年ライヴ音源)に変わる瞬間の切り替えの鮮やかさ、美しさは特筆ものですね。
この恋ダンスのおかげで距離が近づいた二人。初デートを終えそそくさと帰ろうとするジャベド。ヘッドフォンから流れてきたのは...
I prove it all night for your love
Baby,
tie your hair back in a long white bow
Meet me in the fields out behind the dynamo
You hear the voices telling you not to go
They made their choices and they'll never know...
邦題が「暗闇へ突走れ」だし、ハードロック調なので誤解されやすい曲だけど、『ザ・リバー』収録の「ドライブ・オールナイト」に通ずるとってもステキなラブソング。そう、彼は一晩かけてイライザへの愛を証明し、また一段大人への階段を昇ったのです。ホントにブルースの曲と場面場面が見事にリンクしているので、この映画は誤解されることが多いスプリングスティーン入門としても最適です。
そして公開前に特別映像として先出しされたチープだけど夢のようななミュージカル調の映像に乗せて流れる「明日なき暴走」。あの特別映像だけでは真意が伝わりにくいけど、伏線としてカレッジのラジオ局のDJコリン(ショボいヤツ)に「絶対生徒の心に届くはず」と、スプリングスティーン専門チャンネルの開設を求める談判シーンがあります。そこで前述したように「親しか聴かない」みたいにバカにされ、レコード室をジャックしてアルバムをかけちゃうという流れでした。
話の流れもさることながら、爽快感満点のPVになっているのに、そこからの話の転換がショッキング。ジャベドたちは一瞬色んなしがらみから解放されたかのように見せかけて、実際ははそんなに甘くないんだぞ!と作者は訴えかけてくるのです。
やはり自分は「移民の子」ーーーブルースの音楽と出会って、せっかく自分の人生の道筋が見えてきたジャベドはまた気の弱い少年に戻りそうになってしまいます。
そんな彼を励まし、温かく見守ってくれるのがお隣に住む気難しそうな(でも実はとても優しい)エバンス老人と、作家を目指す彼の背中を押し続けてくれたクレイ先生。この二人が実に良いんです。特にエバンス老人役のデヴィッド・ヘイマンという役者さん、決して出しゃばらないのにとっても印象に残る方なんです。
その二人の後押しもあり、遂にジャベドは本格的な作家への足掛かりを掴みます。彼の書いた論文をクレイ先生がコンクールに出し、結果見事入賞。その副賞はブルースの故郷、アメリカはニュージャージー州アズベリー・パークにほど近い大学での講義に招待という夢のようなもの。嬉しいはずなのにジャベドのテンションは低いまんまです。
「どうせあの堅物のオヤジが行かせてくれるはずがない」という諦めの気持ちがあったのです。そこで彼は思い切ってオヤジにアメリカに行かせてくれるよう懇願します。当然一悶着(ブルースのチケットがらみ)あり、二人の関係は完全に決裂。これを機にジャベドはループスと共にNJへ旅立ちます。「光で目がくらみ」のイントロが高らかに鳴り響きます。
ニューアーク空港に到着し、いざ入国審査。ここで一旦BGMが途切れます。
まずは講義に招待されたことを審査官に伝えるジャベド。そして意を決してこう続けます。
But that's not my main purpose.
I'm going to Asbury Park with my friend to see Bruce's hometown.
これを聞いた審査官は向かいのビリーに向かって
Excuse Me!?
Hey Billy, check this guy out, because him and his buddy are Bruce fans.
I can't think of a better reason to visit the united State. than to see the home of The BOSS. (ガシャン!! ※入国許可のスタンプ)
もしかしたらこのシーンが一番泣いたかもしれません。何てイカすやり取りなんでしょう!もうたまりませんわ。次に行った際にはこのセリフ使わせてもらいます。
あ、もちろんジョークの通じそうな優しそうな審査官のゲートだったら。
そこからBruce's hometown巡りの様子が「光で目がくらみ」に乗せてポートレート風に。そして最後はここしかありません。聖地ストーン・ポニー。
その聖地のカウンターに座り感激に浸っていると、テレビモニターから「独立の日」のライヴ映像(多分『河』箱のオマケ、80年のアリゾナでのステージではなく『闇』箱のオマケのヒューストンでした)が流れてきます。まさに今のジャビドとオヤジの間柄を歌った曲。場面は変わって職安から肩を落として出てくるオヤジを、通りを隔てて見つめる息子。この歌詞、このシーンのために作られたんじゃないか?と思うくらいカンペキにハマっていて背筋がゾクゾクしましたね。
Now I don't know what it always was with us
We chose the words, and yeah, we drew the lines
There was just no way this house could hold the two of us
I guess that we were just too much of the same kind
オヤジと言い争いをしながら家を飛び出すあたりまでは「ジャビド=僕」でしたが、このシーンを境にオヤジに自分を投影している自分に驚きました。絶対自分はこんな偏屈なオヤジじゃない!
でも考えてみればうちには受験を控えているジャベドと同世代の次男坊(まだ部活優先の生活をしていますが...)がいるんだし、そんな若者に自分を重ねて見るほうが間違っていたのかも。この辺がトシを重ねてから青春映画(というか若者が主人公の映画)を観る難しさですね。
そしてついにクライマックスのジャベドのスピーチ(朗読?)です。僕が何となく感じていたこと、言いたくても言い出せなかったことを彼に全て代弁してもらえたので、感動的なシーンでありつつも清々しい気持ちになりました。このスピーチを優しい眼差しで見つめるマリク(オヤジ)。もう僕は完全にオヤジと同化して「息子の成長を見守るオヤジ」となってしまいました。
僕もこの映画を観るまで「光で目もくらみ」はジャベドと同様、成功や女の子に目がくらんだ奴らの話だと思っていました。デビュー当時のブルース特有の”比喩を多用して言葉をぎっちり詰め込んだ、変わった登場人物がいっぱい出てくる分かりづらい歌詞”のおかげで、理解できずにいました。
もっと言えば僕もジャベドと同様、ブルースの歌う世界が全てだと信じていました。だって僕の人生の師匠だから。
やはり自分だけ幸せになってもダメ。自分の夢だけを叶えてもダメ。
それが「明日なき暴走」のPVの冒頭に出てくる、『米国』ツアーの頃の名フレーズ
No One Wins unless Everybody Wins.
このフレーズ、サントラにも掲載されていたし、劇場パンフにも町山さんが同タイトルで素晴らしいレビューを寄稿されています。
映画のタイトルはBlinded by the Lightだけど、本当の作品のテーマは「プロミスト・ランド」であり「バッドランズ」であり「ジャングルランド」であり「独立の日」じゃないかな、そして一番伝えたかったのは間違いなくNo One Wins unless Everybody Wins.
なんだと思っています。
そして旅立ちの日。オヤジがカセットデッキに突っ込んだ「明日なき暴走」を高らかにかき鳴らしながらマンチェスターを目指すジャベドを、羨望の眼差しで手を振り見送るリトル・ジャベド。もう涙が止まりません(っていうか殆ど全編涙を流していたけど)。ダダ漏れ状態です。
そこにあのブルースが優しく歌う「アイル・スタンド・バイ・ユー」。反則です。この曲最高ですね。
https://youtu.be/hwfPtkxF0aA
初めてこの映画の製作情報をhttp://www.backstreets.com/index.html
で見たとき、まさかこんなにステキな作品になるなんて思えませんでした。ブルースの曲を使った安っぽい青春ドラマかな?くらいの軽い気持ちで考えていました。日本公開もあるわけがないと思っていましたから、去年日本公開が決まったときはメチャクチャ嬉しかったです。そして公開(4/17)直前にコロナのせいで公開が無期限延期。このままお蔵入りかな?って覚悟したせいもあって、公開前にアメリカ盤のBlu-rayを買ってしまったんです。ゴメンなさい。 ※劇場で観るまではガマン(メニュー画面は見てしまった)しましたから。だから再度公開が決まった時は嬉しくて泣きました。ご尽力くださった関係者の皆様に感謝申し上げます。
ホントにこの素晴らしい作品が日の目を見れて良かったです。もちろん僕も上映が続く限り劇場に通うつもり(と言いつつ先週は忙しくて行けませんでした)だし、会う方会う方におススメしています。公開一週間以内に個人的に3回、家族連れで一回、トータル7人分観た勘定になるので良しとしてくださいね。
興行成績ランキングに入るほどの規模では公開していないから大ヒットは望みようがないけど、スマッシュ・ヒットを目指して応援しましょう!
ステキな作品に出合えたことに心から感謝します。
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