三浦佑之の『浦島太郎の文学史――恋愛小説の発生』(五柳書院)を読んでの気付き。
これは、日本文学者で共立女子短期大学助教授(執筆時)の三浦(小説家の三浦しをんの父でもある)が、浦島太郎に関する様々な文献を狩猟し、浦島の物語は時代ごとにどのように語られてきたか、どのようなバリエーションがあるのか、他の神話や昔話との共通点・相違点は何かなど、昔話『浦島太郎』の歴史を深く掘り下げた一冊である。
三浦はこの中の第二章二節「丹後国風土記の浦島子」で、浦島太郎以外の異境を訪問する神話や説話では、異境(仙境)と地上(人間界)の時間の流れが異なっているのは珍しく、竜宮城の3年が地上の300年に当たるような〈超時間〉が描かれるのは例外的であると指摘したうえで、次のように述べている。
浦島子物語の「玉匣」は、こうした仙境と地上との時間差を埋めるための品物として準備されているのである。地上の移ろう時間による風化から人間の肉体を守るための呪宝だったとみればよい。
(中略)
この「玉匣」の「匣」とは箱の意であり、玉匣とは立派な箱という意味に解すればよい。最後に付された歌に音仮名で「たまくしげ」と表記されているし、『万葉集』には「たまくしげ」という枕詞が存するから、この「玉匣」もタマクシゲと訓んでよい。そして、クシゲとは「櫛・笥」の意であり、櫛を入れておく箱のことである。また、「玉」は石玉のタマであり、讃め言葉として接頭語のかたちで付けられる「玉」であるが、タマ(玉)は、古代においては、タマ(魂)とほとんど重なる言葉でもある。そして、櫛という品物が魂を籠もらせる呪的な品物であるということは、『古事記』のヤマトタケル説話において海の神の生贄となって入水したオトタチバナヒメの櫛が浜辺に流れ着いたという伝承に端的に示されてもいる。つまり、古代の人たちにとっては、「玉匣」という言葉は、〈魂の籠められた箱〉という認識を容易に導くものだったはずである。そして、浦島子物語における時間認識を重ねて考えれば、「玉匣」の中には、地上の時間の経過から島子を守るために、島子の魂が封じ籠められていたのだと読むことができるのである。そのおかげで、島子は地上に戻ることができたし、何の変化も被らずに十日余りを過ごせたのである。
いやー、なるほどなるほど。子供の頃、浦島太郎の物語を聞いて、理不尽に思っていた。乙姫様は、なぜあんな物騒な物を持たせたのかと。
「玉手箱の中から煙が出てきて、太郎はたちまち白髪のおじいさんになってしまいました」という箇所を読んで、玉手箱の煙には、人を老化させる作用があると解釈したからだ。浦島がかわいそうじゃないかと。
しかし、そうではなかった。玉手箱の中には、人間(浦島)の若さを維持するための呪術、もしくはエネルギーのようなものが籠められていたのだ。
浦島が白髪のおじいさんになったのは、煙の老化作用の影響によるものではなく、箱を開封したことで呪力、もしくはエネルギーが四散し、若さを保てなくなって老化したのだ。
そのように考えれば、乙姫が玉手箱を持たせたのも、持たせたうえで「絶対に開けてはいけません」と注意したのも合点がいく。すべては浦島のためだったのだ。仮に浦島が玉手箱を持たずに帰郷していたら、陸に上がった瞬間に300年という時間の風雪に晒されて白髪のおじいさんになっていたわけだ。
でも、それならそうと言ってくれればいいのにな、とも思うけど。
それと、もし玉手箱の中身が呪術やエネルギーではなく、浦島の魂そのものだったとすれば、『魔法少女まどか☆マギカ』のソウルジェムみたいなものだということになる。『まどマギ』の元ネタは浦島太郎にあった。
三浦は上の引用文のあとで、浦島が300年も歳を取ったにもかかわらず、老人になっただけで死去しないという不自然さを指摘。浦島が仙人になった可能性があると示唆している。
玉手箱の開封によって仙人に転じた浦島太郎と、ソウルジェムの消尽によって魔女に転じる魔法少女。この変化の点でも共通しているように見えるが、どうだろう。
・この手の話がお好きな方は、「桃太郎はなぜ桃から生まれたのか」(2019・2・28)も併せてお読みください。
https://blog.goo.ne.jp/gokudo0339/e/7964c0f1054f8295ac626723f1e9974a
これは、日本文学者で共立女子短期大学助教授(執筆時)の三浦(小説家の三浦しをんの父でもある)が、浦島太郎に関する様々な文献を狩猟し、浦島の物語は時代ごとにどのように語られてきたか、どのようなバリエーションがあるのか、他の神話や昔話との共通点・相違点は何かなど、昔話『浦島太郎』の歴史を深く掘り下げた一冊である。
三浦はこの中の第二章二節「丹後国風土記の浦島子」で、浦島太郎以外の異境を訪問する神話や説話では、異境(仙境)と地上(人間界)の時間の流れが異なっているのは珍しく、竜宮城の3年が地上の300年に当たるような〈超時間〉が描かれるのは例外的であると指摘したうえで、次のように述べている。
浦島子物語の「玉匣」は、こうした仙境と地上との時間差を埋めるための品物として準備されているのである。地上の移ろう時間による風化から人間の肉体を守るための呪宝だったとみればよい。
(中略)
この「玉匣」の「匣」とは箱の意であり、玉匣とは立派な箱という意味に解すればよい。最後に付された歌に音仮名で「たまくしげ」と表記されているし、『万葉集』には「たまくしげ」という枕詞が存するから、この「玉匣」もタマクシゲと訓んでよい。そして、クシゲとは「櫛・笥」の意であり、櫛を入れておく箱のことである。また、「玉」は石玉のタマであり、讃め言葉として接頭語のかたちで付けられる「玉」であるが、タマ(玉)は、古代においては、タマ(魂)とほとんど重なる言葉でもある。そして、櫛という品物が魂を籠もらせる呪的な品物であるということは、『古事記』のヤマトタケル説話において海の神の生贄となって入水したオトタチバナヒメの櫛が浜辺に流れ着いたという伝承に端的に示されてもいる。つまり、古代の人たちにとっては、「玉匣」という言葉は、〈魂の籠められた箱〉という認識を容易に導くものだったはずである。そして、浦島子物語における時間認識を重ねて考えれば、「玉匣」の中には、地上の時間の経過から島子を守るために、島子の魂が封じ籠められていたのだと読むことができるのである。そのおかげで、島子は地上に戻ることができたし、何の変化も被らずに十日余りを過ごせたのである。
いやー、なるほどなるほど。子供の頃、浦島太郎の物語を聞いて、理不尽に思っていた。乙姫様は、なぜあんな物騒な物を持たせたのかと。
「玉手箱の中から煙が出てきて、太郎はたちまち白髪のおじいさんになってしまいました」という箇所を読んで、玉手箱の煙には、人を老化させる作用があると解釈したからだ。浦島がかわいそうじゃないかと。
しかし、そうではなかった。玉手箱の中には、人間(浦島)の若さを維持するための呪術、もしくはエネルギーのようなものが籠められていたのだ。
浦島が白髪のおじいさんになったのは、煙の老化作用の影響によるものではなく、箱を開封したことで呪力、もしくはエネルギーが四散し、若さを保てなくなって老化したのだ。
そのように考えれば、乙姫が玉手箱を持たせたのも、持たせたうえで「絶対に開けてはいけません」と注意したのも合点がいく。すべては浦島のためだったのだ。仮に浦島が玉手箱を持たずに帰郷していたら、陸に上がった瞬間に300年という時間の風雪に晒されて白髪のおじいさんになっていたわけだ。
でも、それならそうと言ってくれればいいのにな、とも思うけど。
それと、もし玉手箱の中身が呪術やエネルギーではなく、浦島の魂そのものだったとすれば、『魔法少女まどか☆マギカ』のソウルジェムみたいなものだということになる。『まどマギ』の元ネタは浦島太郎にあった。
三浦は上の引用文のあとで、浦島が300年も歳を取ったにもかかわらず、老人になっただけで死去しないという不自然さを指摘。浦島が仙人になった可能性があると示唆している。
玉手箱の開封によって仙人に転じた浦島太郎と、ソウルジェムの消尽によって魔女に転じる魔法少女。この変化の点でも共通しているように見えるが、どうだろう。
・この手の話がお好きな方は、「桃太郎はなぜ桃から生まれたのか」(2019・2・28)も併せてお読みください。
https://blog.goo.ne.jp/gokudo0339/e/7964c0f1054f8295ac626723f1e9974a