徳丸無明のブログ

雑文、マンガ、イラスト、その他

森永製菓 DARS(ダース) シャルドネ

2020-03-13 23:41:31 | 
今回はダースのシャルドネ味です。




本日は第5回私が好きなマンガの話。今日取り上げるのは木村紺の『神戸在住』(全10巻・講談社)です。
この作品は、東京生まれで神戸に住んでる大学生の女の子の何気ない日常を描いたものです。事件らしい事件はほとんど起きず、とにかく淡々とした日々の生活が描かれています。
大学での活動、友達との遊び、家族との暮らし、ご近所付き合い、東京時代の友達との邂逅・・・。いわゆる“日常系”とは違うんですけど、ほんとにただの日記みたいなマンガです。マンガに派手派手しい非日常を求める人にとっては退屈かもしれません。
でもスルメみたいに噛めば噛むほど味が出るっつーか、何度読んでもしみじみと「ああいいな」って感じちゃいます。小津安二郎的って言ったらいいんですかね。定規やスクリーントーンを一切使わず仕上げてある絵柄が、味わいをさらに引き立てています。
「丁寧な暮らし」というのか「地に足のついた暮らし」というのか、自分とはかけ離れた生活、自分には手に入らない生活であるからこそ、うらやましいものを仰ぎ見るように読んでしまうのかもしれません。いかなごのくぎ煮が食べたい・・・。
舞台が神戸なので、阪神淡路大震災も回想の形で描かれているのですが、そこには等身大の喜怒哀楽があり、悲しみの中にも喜びや笑いがある、リアルなエピソードとなっています。
木村さんは『巨娘』から『からん』まで、振り幅の広い方ですが、僕は本作一本槍ですね。


ここで新型コロナウイルス関連身辺ニュース。不謹慎を承知で言わせてもらいますけど、正直もう「飽きた」ってのが本音ですね。僕はニュースをよく観るほうでして、夜にパソコン作業をしながらニュース番組をハシゴするんですけど、「コロナの話題はもういいよ」って思っちゃうんですよ。
インフルエンザとは違って、冬が去れば流行が終わるというものではないとか、長期戦になりそうだとかいう見立てが出てますよね。だとすれば、まだまだコロナ関連の報道は長引くことになるわけで、それを思うとうんざりしちゃいます。ほかに話題はないのかよ、ってね。
いやほんとに、大変な思いをされている方も大勢いる中で不謹慎極まりないんですけどね。でもコロナによって蝕まれる日常ってのは、こういう些細なところも含まれるんじゃないでしょうか。
あとさ、みんな「クラスター」って言葉使いたがってない?耳慣れなくて、なんかカッコいい響きがある横文字。それ口にしてたらなんとなく知的に見えちゃう言葉「クラスター」。流行っていうのは半可通の知ったかぶりも生み出しちゃうものですしね。

R-1ぐらんぷり2020 寸評

2020-03-09 23:13:29 | 雑文
新型コロナウイルスのために、初の無観客試合となった今大会。客がいないと会場が静まり返っちゃうんじゃないかと心配しましたが、それほどでもなかったですね。番組スタッフが笑い声を振り絞っていたのでしょうか。お疲れ様です。M迫さんの代理の粗品もね。

個別の感想は以下の通り。まずはファーストラウンドから。


メルヘン須長・・・『科捜研の女』の沢口靖子モノマネ。「細かすぎて伝わらないモノマネ選手権」か何かで観たことありました。SNS事件簿という設定はいいんだけど、ほとんどただの悪口になっちゃってる。もう少しヒネりが欲しいところ。せっかくのモノマネもあまり活かせてないように感じました。

守谷日和・・・刑事の取り調べを受けてたら説明が落語口調になってしまう男。落語っていうのは話の面白さだけでなく、噺家のしゃべりに聞きほれるという、「気持ちよさ」の楽しみもあるわけですが、刑事の視点を通じてその気持ちよさに共振できる作りになっていました。「時ソバ」という古典を取り入れてくるのは落語ファンにはたまらない演出でしょう。「重要亭参考人」という命名もいい。最後のオチ(サゲ)が、「いかにも落語」というダジャレになってたらなおよかったですね。

SAKURAI・・・「ガキの使い」の「山-1」に出てましたね。「山-1」から「R-1」へ。SAKURAIの頼りなさげで華のないルックスはなんとも言えない良い味出してる。「どうしても伝えたいことがある」と言っておきながらどうでもいいことを歌い上げるネタ。脱力系の、つねに60点ぐらいをキープし続けるネタで、優勝狙うのはちょっと難しいっつーか、これでファイナリストまで上がってきただけで充分すごい。「ビーチバレーが根付いてない国」と「モロヘイヤの生産量第5位から10位」が特によかったです。
これをずっとやり続けたら、いずれは伝統芸能の域に達する・・・かもしれません。

マヂカルラブリー 野田クリスタル・・・トリプルファイナリストは史上初?オリジナルゲームを使ったネタって・・・。野田のキャラとミスマッチしてない?
「桃鉄」のダジャレから出発してネタに使える奇形的ゲームまで昇華できたのはお見事。YouTubeのゲーム実況を観る感覚で楽しめるネタ。ただ、前もって「太ももが鉄のように硬い」のが「もも鉄」と説明されてるので、課金の「全鉄」は「全身が鉄」のことだってオチを聞くまでもなくわかっちゃうのが弱み。あと、鉄の部分と普通の肌の色があまり違わないので、見分けがつきにくかったです。もっと極端な色分けしとくべきでしたね。野田は破天荒というキャラ設定がそもそも間違っていたのでは。

ルシファー吉岡・・・なんかルシファーが企画モノのAV男優に見えてきた。顔のほくろが変態性欲の表れみたい。間接キスだけでずーっとネチネチ話してんのって、ある意味ド直球の下ネタよりいやらしい。

ななまがり森下・・・拍手。とにかく拍手。「どうしても乳首を隠せない」という、あまりにもくだらなすぎるネタで勝負をかけてきたその姿勢にただただ拍手。全力でスベっている状況が、視点をずらすと面白く見えるということなのか、スベり続けているさまがいつの間にか反転して面白くなってくるということなのか、いずれにせよ「お前優勝狙ってねーだろ」とツッコまずにはいられませんが、個人的にMVPを送りたいです。

パーパー ほしのディスコ・・・普段のパーパーと同じ、男女間の、ほしのが100パーセント被害者になるネタ。どうせピンでやるならコンビとは違うネタが観たかったですけど、これで必ずしも相方は必要ではないということが証明されました。あと顔のアップが多かったため、鼻の穴が左右で違うという発見。パーパーどうなる。あいなぷぅ、どうする。

すゑひろがりず南條・・・「今昔またぎ」は、わかりやすくて老若男女に幅広く受け入れられるネタ。でもあまりにも普遍的すぎて、ひねくれ者の僕は好きじゃない。変化の流れが「今から昔」という一方向ばかりで、逆の流れとか、今と昔を何度も往復するような変則的なパターンなんかも入れてあるともっとよかったと思います。最後の「ドレミの歌」で行ったり来たりがありましたが、「レへへ」とか言われても、合ってるのかどうかがわかりません。

ヒューマン中村・・・ラノベで最近流行りの異世界転生ものかと思いきや、メッセージ受信の受信料を強制徴収してくるという変化球。これはねえ、テレビを設置したら、たとえ視聴していなくても受信料の支払いを請求してくる、NHKを批判したネタですよ!そうか、NHKは当たり屋だったのか・・・。

おいでやす小田・・・ら行の巻き舌一本だけでよくやりました。怒鳴り声の勢いで笑わせるネタで、何言ってるのか聞き取れなくても笑えるというか、むしろ聞き取れないほうが面白く感じるようになってくる。巻き舌のパワーを活かしたというか、巻き舌のパワーに気づいたおいでやすの慧眼ですね。

ワタリ119・・・本筋と関係ないところに時間を割く手法はサンシャイン池崎と相通じるネタ。キャラが似てると芸風も似てくるのか。池崎も大声と力技でなんとか誤魔化してると思われがちですが、ネタ自体はすごく計算された作りになってるんですよね。ワタリのこのネタもしかり。個人的に今大会の中で一番面白かったです。
ところで、「キラキラ関係」の表記がなかったけど、解散したわけじゃないよね?お疲レスキュー!!

大谷健太・・・コミュ障っぽい雰囲気の大谷。他者とのコミュニケーションを円滑にするために、自分と他者の間にフリップを挟んでる、という印象。出だしのセリフで「ん、大丈夫か?」と不安になりました。滑舌がいいというよりも、ギリギリ言い切れるレベルの微妙な滑舌で、大谷のキャラと相まって「あらびき団」のようでした。


続きましてファイナルステージ。


マヂカルラブリー 野田クリスタル・・・「モンモンとするぜ!!ストッキング姉さん」略して「モンスト」・・・。うーん、面白かったですか?僕はあんまり・・・。

すゑひろがりず南條・・・1本目と同じシステムによる「またぎ・ザ・ベストテン」。万人受けする、安定感のあるネタですが、やはり今と昔を行ったり来たりしてほしかった。

大谷健太・・・ネタの内容よりも、ネタの合間に大谷が見せる謎のドヤ顔のほうが面白かったです。あと、ダイイングメッセージのところでスベってシーンとなってたので笑いました。大谷は扱い方次第ではテレビの人気者になれる個性を秘めている気がします。


なんだかんだありつつも無事終了。お茶の間ⓓボタン投票とツイッター投票、どっちも同じなんじゃないか、っていう気がしました。
野田クリスタルと上沼恵美子の今後の絡みが気になる。そう・・・野田よ、今こそえみちゃんに復讐するのだ!!

日本ケロッグ Pringles(プリングルス) スモーキーバーベキュー

2020-03-06 21:41:13 | 
プリングルスってP&Gが販売してると思ってたんですが、ケロッグだったんですね。変わったのかな。




スモークと言えばね、燻製に関するちょっとした思い出がありまして。よくデパートで物産展やってるじゃないですか。「全国うまいもん博」みたいなやつ。それのね、たしか北海道グルメのときだったと思います。
その中に燻製の専門店が出店してまして、「ゆで卵の燻製」を売ってたんですね。ゆで卵の燻製って珍しいじゃないですか。僕も食べたことなくて、こりゃおいしそうだと思い、買ってみたんですよ。
んで家帰って、いそいそと取り出したわけです。殻が濃い茶色に染まってまして、スモークのいい匂いが漂ってきましたよ。大いに食欲をそそられまして、期待に胸躍らせながら殻をむき、さっそく一口かぶりつきました。すると・・・ごく普通のゆで卵だったのです。
そのゆで卵は、殻ごと燻製してありました。「殻ごと」が仇となっていたのです。殻が燻製の煙をすべて吸収し、中の卵まで通していなかったのです。スモークの効果は殻にしか及んでおらず、そのため、殻をむいてしまえばなんの変哲もないゆで卵のご登場とあいなってしまったのです。
おい、これ作ってる会社の連中は一度たりとも試食しなかったのか?食べてみたらすぐわかるはずだぞ、ただのゆで卵だって!なんでこんなモン平然と売ってんだ?殻をむいてから燻製しろ!
期待外れとはまさにこのこと。大いにがっかりさせられました。デパートの物産展で売られてるからといって、なんでもおいしいわけではない、という教訓を得た話です。


ここで新型コロナウイルス関連身辺ニュース。僕は図書館通いをしてるんですけど、通ってる図書館が2月28日から3月20日まで臨時休館になってしまいましてね。政府の自粛要請をくみ取っての判断なんでしょうけど、急なことだったんで新たな貸し出しができなくてですね。しかも21日以降どうするかは未定だそうでして、つまり流行が収まらなければ休館延長するってことですよ。
たしかに図書館は読書や勉強で長時間滞在する人いますけど、だったら滞在を禁止して貸し出し手続きのみ受け付ければいいんじゃないかと思うんですけどね。そりゃ感染を極力減らすためには休館しないよりしたほうがいいんでしょうけども。
僕はつねに読みかけの本がないと落ち着きをなくしてしまう人でしてね。手元にある本を休館終わるまで引き延ばして読んでいられるか・・・。困りましたね。

タイトスカートの政治学

2020-03-03 22:45:23 | 雑考
石井達朗の『異装のセクシャリティ――人は性をこえられるか』(新宿書房)を読んでの気付き。
これは慶應義塾大学教授で演劇論を専攻している石井が、男装や女装といった“異装”を、おもに演劇の場を中心として、LGBTらセクシャルマイノリティの問題なども絡めて描き出した本である。
石井はこの中で、服装には男女間で明確な性差があるのがどの文明にも普遍的にみられるが、おもに日本を含めた欧米では、20世紀初頭の服装革命以降、1960年代以来の女性運動を経て、徐々に女性が男性の服装を着こなすようになったことに触れ、次のように述べている。


女性の服は確かにひと頃より自由になった。しかし、その自由さに逆行しそうな現象が一方にはあることも確かだ。長髪を更に引き立たせるストレート・パーマ、ハイヒールにタイトスカート――このような出で立ちで職場で働く女性は、自分が女性であるという強力な信号を発しているが、男性に比べて可動性の点ではるかに劣るその服装は、自分は男ほど仕事をできる立場にいない、という暗黙のサインも同時に送っている。


以前の雑考「ガラスの靴なんかいらない」(2019・9・5)にもつながってくる話だが、このくだりを読んだとき、幼少のころの疑問を思い出した。小学校に入る前から、女性のタイトスカート姿を見て、「なぜこんな窮屈な格好をしてるんだろう。足を動かしにくいはずなのに、よく我慢できるな」と不思議に思っていたのだ。
「ガラスの靴なんかいらない」では、「#KuToo」に言及した。そこで、「#KuToo運動は職場でのヒールの着用義務に異を唱えているが、今後はさらに拡がりを見せ、化粧やスカートなどの規定にも異議申し立てしていくだろうし、そうなるべきだ」と述べたが、この本を読んでその思いがさらに強くなった。
動きにくい服装こそが女性らしい服装であるとされているのは、男性側からの「性の政治学」による、巧妙な印象操作なのではないか。美的であるとか、セクシーだとかの甘言によって、女性を劣位に置きたいという願望を覆い隠し、ヒールやタイトスカートを良きものとして受け入れさせてきたのではないか。
しかしながら、これを悪しきものとして一掃することができないのは、たしかにヒールもタイトスカートも美的であって、女性の魅力を引き立てているのは間違いないからであり、また、女性の側の多くもこれを好意的に取り入れているからである。安易に「男女同権にもとるからダメだ」とするなら、単細胞のフェミニストの烙印を免れることはできないだろう。
やはり問題は、そうと気付かせないうちに男女の非対称性を助長・かつ固定化する制度の存在のほうにある。ヒールにせよタイトスカートにせよ、着用を義務付けられていることが女性性の抑圧のもとなのであって、問題は「選べない」という制度のほうにある。
ヒールもタイトスカートも、着用したい人はすればいい。義務化するから抑圧になる。
女性が自分の好み・感性に応じて、自らの選択でヒールとタイトスカートを身に着けるようになるとき、そのときにこそ、“女性らしさ”は純粋に美的な輝きを放つようになるはずだ。