猫じじいのブログ

子どもたちや若者や弱者のために役立てばと、人権、思想、宗教、政治、教育、科学、精神医学について、自分の考えを述べます。

自称「宇宙人」「バルカン星人」のギフテッド・チャイルド

2022-04-19 23:25:45 | 愛すべき子どもたち

(Kurt Gödel)

ギフテッド・チルドレンの4番目は、研究をしたいと悩んで夜よく眠れない工業高校3年の男の子である。2月に、ブログで、低気圧が近づくと急に体の調子が悪くなって、NPOの放デイ教室にやってこれなくなると紹介した子である。(ブログ『私の愛すべき子がアインシュタインの天才に歓喜する』

彼は、自称「宇宙人」あるいは「バルカン星人」である。アメリカン・ヒーロが好きなところは普通だが、ほかの子と違った感覚をもっている。

横浜市では、毎年、中学の夏休みの宿題に税務署への応募作品がある。要領のよい子は、税務署のホームページから、税の意義とか今後の目標とかをコピーしてきて、その文章を少し変えて学校に提出する。ところが、その子は真面目に税を考えて、消費税の値上げが生活に及ぼす負の影響を考える。消費税があがると出費がかさむようになり、結婚できなくなるんじゃないか、結婚しても子どもを持てないでないか、という心配を作文にする。

彼は自分の考えや意見を隠さない。

彼には、父親がいない。私が放デイで担当したのは中3からだが、中学に入る前からいない。放デイ教室の近くの市営アパートに母と姉の3人で生活している。

母親は、その男の子をLDだと思っている。読字障害があると思っている。私が担当した感じではそうは思えない。

彼は、勉強するとはどういうことか悩む。勉強とは考えるものか、記憶するものか、覚えるものか、と自問する。この子は「覚える」ことが嫌いである。不得意であるから嫌いなのかもしれない。私も「覚える」ことが嫌いである。

母親は、理系が彼に向いているのではと思い、工作キットとか科学雑誌とかを買い与え、工業高校に進めば、好きな科目だけを勉強すれば良くなると言い聞かせた。

私は、中3から、彼に、数学と科学、とくに電気、原子分子、量子論、統計物理、生物物理、相対論の話しをしてきた。どうも、私の科学の話しより、数学の話しが面白いらしく、数学は基本がわかれば覚えることがいらない、考えれば問題が解けてしまう、と言い出すようになった。

工業高校でロボット部にはいった。すごく期待してはいった。

ところが、高校のロボット部はみんなで物を組み立ててロボコンに出ることが目標になっている。じっくりAIを研究しようと思っていた彼は、ほかの子と意見が合わない。

それだけではない。彼は奨学金をもらって大学に行き、もっと研究したいと思うようになった。ところが、ほかの子は少しでも給料の高い会社に就職をしたいから大学に進学すると知って、彼は孤独を感じるようになった。自分はロボットに夢をもっている。ほかの子は夢を追っておらず、安定した生活を追い求めている。

私が心配していた事態が生じた。大学に入っても同じ状況が待っている。

私も数学と物理が好きで大学にはいった。私は、ほかの学生がどう考えているか、気づかず、同じ志をもつ学生が私の周りに集まって、ますます数学と物理にのめり込んた。そして、ポストドクターとしてカナダに渡り、そこの学生、大学院生と接し、彼らが就職のために勉強していることを知って、びっくりした。私は、日本ではみんな自分と同じ思いだと思ってたから、つたない英語ということを忘れて、そんなことではカナダで学問が育たないと彼らに説教した。

彼が私と違って悩むのは、母親の生活の苦労を知っているからだ。自分のわがままから大学に行くことを知っている。

人間が何を人生の目標とするかは自由である。彼が間違っているのでも、ほかの子が間違っているのでもない。多様な価値観が共存していることで、社会生活の平和が保たれるのだ。同調する人ばかりになれば、社会に競争が生じ、敗者、勝者が生じ、抑圧的な社会がやって来る。自分の価値観は偶然が育んだものであり、他人を傷つけないかぎり、貫けば良いと思う。そう言って彼を励ましたいのだが、彼は体の調子がまた悪くなって、この2週間、会うことができていないのが残念だ。


中2でうつ病と診断されたギフテッド・チャイルド

2022-04-17 22:42:18 | 愛すべき子どもたち

ギフテッド・チルドレンの3人目は中2でうつ病と診断され、薬を飲み続ける22歳の男の子である。出会ったのは、高1の秋だ。彼は自分は何者か、なぜ生きるのかを、堂々巡りに考えるところがあった。

彼の1つの問題は、他人を値踏みし、なかなか打ち解けられない。対人関係を築けないのだ。彼が私と7年近くつきあいが続き、本音を話してくれるようになったのは、不思議というか奇跡にも私は感じる。

彼には同世代の友だちと話しが通じないという悩みがある。さらに、彼には、本が読めないという、問題がある。ディスレクシアというより、読んでいるうちに、書き手の意見に承服できなくなり、そこで読み続けられなくなる。寛容さがないのである。

もっとも、自分が好きになれない本を読む価値があるかどうか、簡単には判断しにくい問題でもある。

彼が、本を読むことが嫌いになったのは、小学校高学年で読書感想文の宿題がでたからだと言う。小さいときは、絵本を読んでいたし、偉人伝が好きだったと言う。作文も絵も好きだったと言う。

いま、対人関係は以前より良くなった。まず親と会話するようになった。特に母親と会話するようになった。

彼の話を聞く限り、父と母とは文化的環境と性格が大きく異なる。文化的に異なるふたりが出逢い、恋をし、結婚したことになる。当然、摩擦が起きる。それでも、ふたりがそれを乗り越えていけば、化学反応を起こし新しい文化が生まれる。そうではなかった。ふたりは彼が高3になる春先に離婚した。父は母を教養がない享楽的で自己抑制がないと軽蔑し、母は父を柔軟性がない、頭が固いと軽蔑するようになったからだ。

彼は父を尊敬していた。そして、父がうつ病と診断されたとき、中2の彼も追うようにうつ病と診断された。

いまでも、彼は父に電話をかけて相談できる。分かり合えるところがあるようだ、

この1年、母とは、彼は毎日のように話すことができるようになった。もちろん、ときどき、母と話せなくなる。個性が違うからだ。

つぎの対人関係の成長は、1年半前に出会った3人目の精神科医を信頼したことであった。これも大きな進歩だ。

つぎは、メンタルケアで、同世代の友だちができたことだ。ただ、自分が本当に関心のあることが話せなく、表面的な付き合いだと言う。

彼は、高校にほとんど登校できなかったのにもかかわらず、レポート提出で卒業した。卒業後の進路が決断できず、無為な日々を送っていた。何もしない状態が居心地がよいというのだ。

去年、父親の勧めもあって、塾に通って、受験勉強をすることになった。母親がマンツーマンの塾を選んだ。最初は私より教え方が上手だと言っていたが、半年で担当の講師が人間味がないと嫌いになった。二人目の講師とはまずまずの関係が築けている。

親子関係以外は、相手を選べる。相手を選んで、対人関係を築ければ、それで良い。

では、私は彼の何をギフテッドだと思っているのか。論理的分析力とその再構成力である。本が読めないのに哲学ができるのだ。私は、彼には、堂々巡りの自己分析をやめて、日々起きたことを日記につけてもらっている。私の勧め通り、毎日スマホに自分の日常の出来事を入力しており、心が苦しくなるとそれを私に送ってくる。その文章の構成が優れている。自分の心の動きが客観的に分析されている。それにもかかわらず、理屈ぽっさが感じられない。日記がエッセイとしてだんだん完成度が高くなっている。

私は、日記が、手を加えて、発表できるところがあると良い、と本気で思っている。

昔は、自分のことしか関心がなかった彼が、ロシア軍のウクライナ侵攻など、外界にも関心を広げている。

私の心配は、長く薬を服用してきて、うつ病から双極性障害に変わってきていることだ。父親と同じく強迫的なところもあり、信頼している3人目の精神科医とともに彼が病気をうまくコントロールしていくことを願っている。


ギフテッド・チャイルド、笑わない女の子の場合

2022-04-16 23:40:10 | 愛すべき子どもたち

母親がマンガを描くのが趣味で、それに影響されてか、本人もアニメが大好きでイラストを描く女の子がいる。

その子が心から笑う姿を私は見たことがない。だから、いまでも私は気がかりである。現在、23歳ではと思う。

その子を知ったきっかけは、「私達は、人とつるむ事が好きです。一人でいることがとても寂しく感じます」ではじまる『半熟ゆでたまご』という作文が、NPOの回覧で回ってきたからである。この作文は、「いじめ」の本質は何かをいじめられる側から書いている。私には、中学1年生の書いたものとは到底思えなかった。

その子が中学2年の秋に、私に担当が回ってきた。渡された記録を見ると、小学校高学年でいじめを受けた。中学1年でもいじめを受け、幻聴がおきたが、幻聴はいまはおさまっている。いじめがまたはじまっているようなので、支援級と普通級のあいだを行き来しているとのこと。私は、型通りの学習指導に加え、パソコンの指導をはじめた。パソコン検定4級を受けさせたところ、難なく受かった。中学3年には3級をとった。

その子は、中学3年になると、普通級に戻れなくなっていた。高校進学になって、支援級の子は内申書に成績がつかず、普通の公立高校に行けないとは知らなかった。親はその子を特別支援学校に進学させた。今から考えると、その選択は誤りだったと私は思う。その子に別に知的に問題があるわけではなく、知的に問題がある子のなかに放り込まれたことによって、話しが通じる同世代の子がますますいなくなった。その上に、特別支援学校では、高卒の資格が取れないので、大学や専門学校に行く道が断たれる。その子は美大に行きたかったのだ。

母親は善意の人である。その子のためにいつも必死であった。娘を発達障害であると思ったようだ。障害児教育者の話を熱心に聞き、障害を受け入れないといけないと思いこんだ。そして、自分だけでなく、娘も受け入れないといけないと思った。ネットに発達障害のことをとりあげた漫画サイトを作った。自分の娘をアスペルガーと書きこんでいた。娘にも自分の障害を認め、障害者を差別しないよう強要した。

彼女が、高等部1年のとき、小説を書かせてみた。手順だけを教えて、後は、自由に書かせたのだが、とても生き生きとしたファンタジーの群像劇ができあがった。本人の希望でMOSのワードのスペシャリスト検定受け、無事パスした。また、中学3年に支援級で勉強できなかった英語がやりたいというので、教科書と問題集で教えたが、非常にセンスがよく、苦労もせず習得できていた。

本当の彼女の悩みは、知的な話が通じる同世代の友だちがいないことである。特別支援学校高等部を卒業して、障害者ばかりが集まる職場にはいって、いまだにうつ状態を繰り返している。彼女は運動神経が鈍いのである。手先が不器用なのである。単純な作業を早く行うことができないのである。

当時、私が経験がなく、進学でアドバイスできなかったが、現在では、支援級で成績がつかないとき、どうすれば良いか、わかっている。お金がある程度あれば、中学の成績にこだわらず受け入れる私立高校が横浜市にいくつもある。また、公立でも、以前の定時制高校が単位制高校になって、受けて入れてくれる。私がいるNPOから何人も単位制高校に通い、不登校などでの勉学の遅れを取り戻し、幸せな高校生活を送っている。また、大学に進学したいだけなら、高卒認定をとる手もある。

母親は熱心な善意の人である。母親から連絡があると、彼女が入選した展覧会をいつも見に行った。そのうち、彼女自身から連絡があるようになったのだ。その子の絵は色彩が素晴らしく、また、ユニークでダイナミックな構図を描ける。まさにギフテッドなのだ。

彼女は母親の勧めで3年前パラアートに応募し、大賞をとった。彼女はそれで自信をもった。しかし、私は逆に心配した。彼女の絵は、他の応募作品と異なり、明るい。パラアートの審査委員たちが本来の彼女のもつ明るさをパラアートにふさわしくないと考えたらという不安が私の心に横切った。

彼女は去年の暮れのパラアートで賞をとれなかった。ただ1つの誇りが崩れ、職場も休みがちになった。うつが重くなった。

ギフテッド・チルドレンについて つぎが 一般的にいわれている。

  • 理由に納得できないと指示に従うことができない
  • 感覚が非常に敏感である
  • 想像の世界に入り込んでしまう
  • 心が繊細で傷つきやすい
  • 完璧主義者である
  • 道徳に対して敏感である
  • 年齢とそぐわないほどの知識や判断力がある
  • 同年代の友達と話が合わない、孤独感を抱えている

会話が続かないが、素晴らしい絵心があるギフテッド・チャイルド

2022-04-15 23:34:38 | 愛すべき子どもたち

「2E」という奇妙な言葉がある。Twice Exceptionalのことである。日本語英語ではない。Wikipediaの英語版にものっている。単純化していうと、能力の凸凹が激しく、ある一面でとても才能に恵まれているが、他面では社会生活が困難な子どものことを言う。「子供」と言ったのは、Twice Exceptionalは教育家の立場からの言葉で、伸ばすべき才能があるが、支えるべき問題があるということである。

私はNPOでいろいろなタイプのいわゆる「発達障害児」を担当してきたが、能力の凸凹があるのは普通で、驚くことではないと思っている。

問題は「2E」とか「ギフテッド+発達障害」ということが、「金儲け」の対象にされていないか、ということである。金儲けの対象とされるのは、現在、私たちの社会が不公平のはびこる資本主義社会で、「特別教育」がその社会を有利に生き抜く唯一の手段であるかのように、親には見えてしまうことに原因があると思う。もし、私たちが平等を是とした中世の社会に生きていたら、「2E」なんてなんの問題を生まない。

親たちが現代社会の不公平を認めてしまうから、信じられないほど高い授業料の「特別教育」私立学校がでてくる。正札付き賄賂の道が公開されているようなものだ。これらの学校はテレビで宣伝したり、本を出版したりして、親たちを「2E」教の信者に囲いこむ。

これから、このブログで、私がNPOで担当してきた5人の子どもたちを順に紹介したいと思う。能力の凸凹がある子どもたち、何か才能があっても社会生活ができない子どもたちについて考える材料になることを願ってである。

今回紹介する子どもは、もはや、子どもでない。35歳である。はじめて会ったときは20代半ばをすぎていた。

パソコンで絵を描くのを指導してほしいということであった。アドビのIllustratorを使ってと、ソフト名を指定しての話しだったので、NPOで誰も引き受け手がいなかった。私は、外資系ITの研究所にいたからという理由だけで、押しつけられた。当日、私の前に現れたのはマスクをつけた青年である。なにもしゃべらない青年である。その青年の描く絵に魅せられて、いまや10年近くつきあってきた。絵にテースト(味わい)がある。ギフテッドである。

引き受けたとき、彼は、アニメのような絵を書いていたが、すぐに対象が、庭やテレビでみる花や生き物(昆虫、鳥、動物、家畜)になった。本人が選んだのである。

親から感謝されたことは、絵が上手になったことではなく、その青年が家で暴れなくなったことである。その青年は私から認められたことで、自分の立ち位置を見つけたのだろう。自尊心を得たのであろう。私は絵の指導をしていない。

父親は3年ほど前に退職した。暇になったらしく、ぶらっと話しにくる。それで、家庭での青年の生活ぶりがわかってきた。

不思議なのは、自宅では絵を描いていないことである。ソフトをもってきたのは父親であり、家にはパソコンもソフトもある。家で描くことができるのに描かないのである。私に見てもらうために描いているようである。

彼は、家では毎朝キチンと起きて、母親のために朝食をつくるのである。ご飯とお味噌汁とおかず(卵焼き、焼き魚、もやし炒めなど)をつくるのだ。

彼は、数独が得意である。

彼の問題は、人とうまく会話できないことである。言葉のキャッチボールができないのである。

数独ができるということは、無駄なく試行錯誤ができるということである。一時記憶に問題がないということだ。

会話ができないというのは、長期記憶の呼び出しがゆっくりとしか働かないことである。これに気づいたのオックスフォード小学校教科書の英語を読む指導をしてである。綴りから読みを思い出すのにすごく時間がかかるのである。忍耐をもって待ってやれば、読みを思い出し、声を出して読めるのである。

会話でもそうである。ゆっくりと時間をかけると意味を理解できる。返す言葉を見いだせる。しかし、急がすと定型の返事「そんなことはありません」が返ってくる。

したがって会ったときに話すことを定型にしておけば、まず、彼から話し出せるのである。現在、彼が私に声をかける定型文は「朝、何を食べましたか」である。それから、ゆっくりと会話の範囲を広げていけばよい。

さて、「特別教育」が彼に必要だったのだろうか。彼は発達障害の子どもたちを対象にした有名私立学校に通っていた。ストレスで学校で裸になって寝ころんだという。いじめも あったのではないかと思う。

特別な教育はないよりある方がよいだろう。しかし、大事なのは、社会が、その子の特性を理解し、受け入れ、その子の自尊心を育てることではないか。

彼の絵は素晴らしいから、アクセサリとか、文具の絵とか、ハンカチの絵とか、に採用してくれる会社があれば、彼の自尊心はますます安定して、家庭も円満になると思う。美大の卒業生の製作したデザイン画のほうが、彼の作品よりいいとは限らない。学校が教えるのは技術であって絵心ではない。


私の愛すべき子がアインシュタインの天才に歓喜する

2022-02-06 22:26:37 | 愛すべき子どもたち

私の愛すべき子に、低気圧が近づくと急に体の調子が悪くなって、NPOの放デイ教室にやってこれない男の子がいた。彼の家は教室から歩いて、たった5分のところの市立集合住宅であるのに。そのことだけを除いて、母子家庭ということを感じさせなかった。いつも、自分は自分の道を歩むのだという、人に頼ろうとしない子であった。

自意識が強いのか、いまだにスタッフにうまく挨拶ができなく、スタッフによっては、変な子と思っているようだ。

母親に工業高校に行けば、好きなことだけを勉強すれば良いのだから、と言われて公立の工業高校電気科に進学した。受かるかどうか私は心配したが受かった。入学して、ロボット部と柔道部にはいった。私は体がもつかどうかを心配した。

その子は低気圧が近づいても休まないようになった。学校でトップをとりたいと思うようになった。しかし、何か疲れているようにも見えた。

工業高校は色々なことを教える。色々な資格を取らせる。たとえば関数電卓を買わせてその操作のテストまで受験させる。工学上の色々な公式の計算をその関数電卓でできるかを試験するのだ。彼は気まじめにそれらに取り込む。

私はますます彼の健康を心配した。

昨年の秋、彼の病気の原因が見つかった。コロナ禍でなかなか執刀医が見つからなかった。12月にはいって、腹腔手術の日取りが決まり、無事、手術が終わった。1週間ほどで退院でき、暮れには、彼とのリモート学習が始まった。

病み上がりの彼が、微積分を使って力学を理解したいというので、慌てて教材を作った。彼は微分を習い始めたばかりで、彼の使っている教科書も見ていないので、どこまで話していいのかが、わからない。時間をかけて教材を作り始めると、大学1年のレベルの力学を理解してもらうのに、ずいぶん微積分の知識がいるのに気づいた。そんなこともあって、私のリモート講義にわかったという顔をしてもらえず、気まずい思いをした。

先週は、微積分と力学の講義を続けるのをやめて、アインシュタインの話をした。アインシュタインは一般相対論で数式をいじり回したが、もともとの彼は、数学に頼らず直観的に自然を理解することで、論文も簡明だ、と話しをした。特許庁に務めて、そこで最新の論文を読み、一人で研究した。子どものときは語学や歴史が嫌いで成績が良くなく、彼のお手伝いさんは「知恵遅れ」と思っていたと話した。

私の愛すべき彼は、突然、「アインシュタインは天才だ」と叫び始めて、ぱっと顔が明るくなった。「アインシュタインは8歳まで言葉が話せなかった」と言い出した。

ひさしぶりに顔が輝いた彼をみて、私は うれしかったが、せっかく作った教材『高校生のための微積分と力学』が反古(ほご)になったのは、なんとなく惜しく思う。