(J.K.ガルブレイス)
おととい(8月3日)の朝日新聞のインタビュー記事、経済学者 吉川洋の『新しい資本主義の行方』にまったく賛同できない。
彼の主張は、3つの部分からなる。
1.資本主義経済は自由競争を前提とするから、勝ち組と負け組ができ、格差が生じざるを得ない。資本主義経済はそれを是正するために、税や社会保障制度で負け組を救済してきた。この是正には元手となる経済成長がいる。
2.バブル経済の崩壊後、経済成長ができていず、色々な問題がでてきている。財政規律も守られず、国債残高がGDPの2倍という危険な状態にある。
3.成長のためには、イノべーションが不可欠で、イノベーションを支える人材、人材を育てる教育の拡充が大前提となる。超低金利からの脱却を模索する必要がある。高齢者に手厚くて若年層に薄い今の社会保障を全世代型に組み替える必要がある。
まず、「格差」が資本主義経済に起因するというのは、まったくの誤りである。「格差」は資本主義経済と関係なく、昔からあったものである。「格差」は「力」関係から生じるものである。「勝ち組」とか「負け組」とかでなく、弱い者は徹底的に搾取されるのである。
JKガルブレイスは『ゆたかな社会 決定版』(岩波現代文庫)で、賃労働者の賃金は子孫を再生産できる最低のレベルまでおとしめられるとアダム・スミスやデヴィッド・リカードなど正統派経済学者が唱えていたと指摘している。
『バルカン「ヨーロッパの火薬庫」の歴史』(中公新書)によれば、オスマン・トルコ時代のバルカン半島の農民たちは平野にいると、とてつもなく搾取された。その結果、農民たちは山岳地帯に逃げて、平野に誰も住まなくなった。しかたがないから、他の地域から農民をつれてきて税を徴収するようになった。
現在、日本では出生率がさがっている。普通の人びとが結婚生活を維持するためには、女も賃労働者として働かないといけない。そのうえ、女は家事や育児と働かないといけない。権利意識があれば、子どもなんか産んでたまるか、という気持ちになる。あるいは、産んでも、子どもを虐待するようになる。
日本社会の「格差」は、「自由競争」によって勝ち組と負け組に分かれたからではなく、政治力の強いものと弱い者とに分かれたから、生じたのである。日本人は政治意識が弱い。階級意識が欠落している。
現在の日本の賃労働者の政治意識のなさは、ストライキやデモがほとんどないことで裏づけられる。賃金は闘ってこそ上がるものだ。
日本の発電は、いまだに石炭が主力である。日本の石炭の輸入量は毎年増えている。しかし、1960年代に石炭から石油にエネルギー転換だとして、政府は炭鉱を閉じるように働きかけた。戦後の日本の労働運動の立役者は、炭鉱の労働組合だったから、その解体が狙いだったのである。その次のターゲットは、国有企業の労働組合である。最強は、国有鉄道(国鉄)の組合であった。政府は国鉄を解体し、JR西、JR東海、JR東、JR四国、JR九州、JR北海道の民間企業に変えた。組合の解体に成功したが、その結果、収益力の弱い地方路線は維持できなくなり、地方の衰退を加速させた。
ガルブレイスは「資本主義経済は自由競争を前提」もウソだと書いている。人間は不確実な状態に耐えられないから、経営者は、企業に対する支援を政府に求める。いろいろな理由をつけて税金の優遇をうける。また、開発の支援も政府に求める。
いっぽう、闘う労働組合になくなり、賃労働者は政府に圧力をかけられなくなっている。
さらに、政府は、賃労働者に正規と非正規の区別を作り、派遣労働者という制度を作って非正規労働者を増大させた。賃労働者のなかの格差も拡大したのである。
労働組合が弱くなれば、給料が上がらない。だから、結婚できない、家庭をもちたくない人が増え、出生率は下がるしかない。
闘う労働組合だけでなく、資本主義経済国に対抗する社会主義国というものもなくなって、資本家、経営者はやりたい放題になっている。
格差を是正するのは、経済成長ではなく、賃労働者、農民、飲食業、女たちなどの弱者が政治意識をもって、すくなくとも弱者といわれないようにすることである。
いっぽう、資本家、経営者がやりたい放題をできるためには、彼らの代弁者である自民党が選挙で勝ち続けないといけない。そのために、自民党は経済成長をもたらしているとウソの宣伝をし、また、それに騙されない人たちを選挙に行かないように仕向けてきた。
低投票率が続くよう、野党だって頼りないと思わせた。対案がない、反対ばかりしているという野党批判をメディアにさせた。
いっぽう、自民党が経済成長をもたらしていると思わせるために、財政規律を破ってまで財政出動させ、いっぽうで超低金利で円安を誘導した。それだけで十分でなく、年金機構や日銀を使って株価操作をした。選挙に勝つために経済成長に悪いことばかりを自民党はしている。
「高齢者に手厚くて若年層に薄い社会保障」もウソで、70代でも体が動けば働かないと生活費にこと欠き、働けないものは生活保護費に頼っているのが現実である。一部の恵まれた高齢者だけが手厚い保護を受けているだけだ。
イノベーションが経済成長に必要だというのはシュンペーターの仮説である。これは、ある程度ホントだと思うが、イノベーションとは、新しい技術をビジネスに取り入れることをいうので、新しい技術の開発することをいうのではない。シュンペーターが言いたかったのは、リスクを冒す起業家が必要だということだ。資本家や経営者は保身に走る官僚のようではいけない。
日本政府は資本家や経営者を甘やかしている。
とにかく、吉川は自民党を弁護するために、事実を捻じ曲げて、論じているにすぎない。なぜ、朝日新聞は、よりによって、こんなやつにインタビューしたのだろうか。同じ東大の経済学者なら、岩井克人のほうが、ずっと真面目に議論する。