今日は、午後から畑で、ナス、ピーマン、オクラ、ミニトマトの収穫をしました。
ミニトマトだけ家に持ち帰り、あとは袋詰めして、無人販売に出しました。
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毎日、亡くなった主人の父の祭壇の五膳の用意や、お水、お茶のお供えをしたり、お花の取り換えをしていますが、
主人の父のことを思い出します。
食卓を囲んで、いろんな話をしてくれましたが、
その中でも、やはり、記憶に残るのは、戦争中(第二次世界大戦)のときのことです。
辛いことも多くあっただろうに、聞く者を「ふーん」と思わせる話し方で
ぜんぜん、苦労話に聞こえないのです。
大空襲に遭った時も、命からがら助かったのですが、その時のことでさえ、
一生の思い出というふうに語るのです。
私の父は、主人の父より、年齢が上で、赤紙が来て、戦争に行きましたが、戦地に行く船の中で終戦を迎えました。
戦争のことは父は、私たちに語ろうとせず、ただ、軍隊の厳しさは、
父の母(つまり祖母)から、さんざん聞かされ、
上官から、そうとうないじめがあったであろうことがうかがえました。
私の母も、体験した空襲の怖さを語って聞かせてくれました。
あの戦争を体験した人が,また、ひとり、亡くなってしまったのか・・
と、思うと、
戦争体験を語ってくれる人が、いなくなってしまうのか、と思うと
ぽっかりと、胸に穴が開いた気持ちです。
戦争は、軍の上層部の意向で始められますが、
被害を受けるのは、民間で、何の罪もない人々です。
子供たちも被害者になるのは、なんともやるせない。
二度と戦争は嫌なのに世界を見るとあちこち戦火で悲しいです