抱きしめて 夏 28

2008-10-10 | イラスト

最終回



東京  恵比寿  寿司屋にて

午後8時25分。



君のねらいが分かった。

マルチ商法だったんだね。

どうりで、君が   。


いぶかしげに振る舞う私だったが

すこしずらしたタイミングで

君の手の甲に

私の手を重ねる・・・

寿司屋の木製テーブルの上。

穏やかな電灯の下で。

私は、君の手の上に私の手をおく。

少し汗ばんでいるが、許して。

手と手が触れる。

私の体には電流が流れる。


瞳は君から離さない。

そして快くその話を飲んだ。


私だって、営業マン。

かなりえげつない保険商品だって

売りさばいてきた。あどけない高齢者たちにも。

だから分かる。

君のその魂胆。

その上で、快く金を流してみせようではないか。

君へ。



買うよ。

壷。



一連の手続きの説明を受ける。

そして君に顔に安堵が見て取れる。


いやらしさは抜け

そこにはただ単に奇麗な君がいる。


私は君にささやいた。


今夜これからあの海へ行かないか と。


寿司屋を後にした私たちは目抜き通りでタクシーを拾った。

そしてあの思い出の海へ向かうことにしたのだ。


タクシーに乗り込む。

暗い個室の中で君と私は海へと向かう。


10年という歳月

そして家庭を持った君

霊感商法

外を流れる景色

それらが私の中で渾然一体となり溶け合う。


しばらくの間 あえて口は開かずいた。

沈黙を保った。


少し 寝た。


ふと目が覚める。


もうすぐトンネルだ。


そのトンネルを抜ければ海が見える。


私は君の方へすり寄り


唐突に 抱きしめた。


全ての物事がひとつになるようだ。


あああ


なんというエネルギーだ


トンネル独特のオレンジな感じ


私の心は桃色になった。


そして 海。


私は顔を君の腕につけたまま

目をこらし海を見た。


月が海を照らす。


窓を開ける。


風が吹き抜け私と君を包む。


あああ。



この甘美な時間は運転手が

声を出すまでつづいた。


つきましたよ。


以前つかった駐車場。


しばらく車をとめ

波の音を聞く。

あのとき空を舞っていたかもめよ

おまえはまだいるか。

君はわずかに微笑でくれた。


さて、もう少し走ろうか。


最後の目的地はバーガー・ショップ。

店の名は『キング』。


現地まで車を走らせるとそこは

ローソンになっていた。





10年、たつんだ。





私はそこで車からでた。

君も。

タクシーはそこで帰した。


あの、真っ白なウッドデッキは残っていた。

奇跡的に。忘れ去れた90年代の遺物として。

君と私を出迎えてくれている。


コンビニの明かりも届かない静かなウッドデッキ。

月明かりのせいでまるで蒼く光る。

足を踏み入れると 「ギッ」 と音がした。

君はとっさに私の腕をとってくれた。

大丈夫だよ。ここは安全だ。


君も私の目を信じてウッドデッキへと進んだ。


あの席だ。


椅子はない。


その前でふたり見つめ合う。



波の音。



鼓動。



今、君への思いをすべて明かそう。


私にはある程度金がある。

それを君の自由にしてかまわない。

欲しいものだいたい買えるくらいはあるんだ。


僕の願いはただひとつ。くわえてほしい。


私には今後のヴィジョンなんてない。

いくらだって君色に染まれる。

なんだってやって金をつくるさ。

君が全てだ。


ただ くわえてほいだけ。

君に くわえてほしいんだ。


ルールも

倫理も

知らない。

マナーも

モラルも

見えない。


くわえてくれ。


海は延々と黒くひろがり

月の明かりは

穏やかな波を照らす。

君と私はどうなるか。

寄せては帰す波のよう。

すべては 波のようだ。



分かりっこないよ。




コメント
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