無駄を省け~って
最近の風潮。
無駄。
今夜はこれについて、考えてまいりましょう。
満★乳斎です。
無駄
以前、私は無駄に惹かれると書きました。
無駄なところには静けさがある。
つまりは人のいないところや
ひとが気にしないところ
そんな部分には素朴な魅力があると考えました。
意味ないことがしたいんだと。
そんな素朴な魅力、というのは土地やら
物に染み付いており、それを過剰な演出で
ブランド化する傾向がここ数年目につきます。
私の身近でいうならば、横浜。
150年前にアメリカに港を開いてから
無理矢理に荒波にもまれ
苦しんで苦しんで、きたのです。
欧米からの客を相手しないと行けないから
もうしょうがなくてつくった建物たち。
精一杯見栄をはんないとやられるって言うね
もう命かけてたんです。国として。
その時代の価値とは、対外的な面子を保つ
ことにあった。
であるので、第二次大戦後ともなれば
すでにその目的は終了し、無駄サイドに送られる
存在となる。欧米の亡霊に取り憑かれている
一般社会はその後も尚、歴史的価値とかいう
念仏みたいのを唱えて墓標みたく保存したがるが
それは単に無駄なものとなっていたんです。
本来の価値を失った時点で。
クソ見たく大事に扱われたものであっても
そのまま放置されたものであっても
現存する無駄なものには趣があって
山下公園付近のキング、ジャック、クィーンは
静かだった。
放置されていた赤レンガ倉庫だって
まったく意味がなくて良かった。
乱雑に放置された瓦礫の中に
埋没する無駄な物たちがあって
横浜だった。
立ちのぼる悲しい香りがいたるところにあった。
観光地として脚光をあびてもゆるがないほどの
無駄があったんだ。
価値に変換できない無駄なもの。
BLUES。
しかし時は流れ、経済は停滞し
過去への回帰思考が金を産む時代
もっといえば、新しいものを何も生み出せなくなった時代
死にものぐるいでやっていた過去を愛でるという
気色の悪い流れができた。
無駄としてそっとされてきた物たちを次々と再開発として
ブランド化し価値をつけて売るという。
なんでもかんでも意識して
で効率的に処理する輩。
ちょっと待てと、言いたいんだ。
ちょっと、待て。とね。
無駄がいかに大切か、知らないといけない。
私など、人生のほとんど意味なくていいって思います。
生きるためになんとかやるだけ、みたいなものです。
地球に緑が必要なように
私たちには広大な無駄が必要。
横浜の古いエリアはかつては森のようなイメージであった。
それは価値がなかったから。
それが今ではフィギアみたいになってしまった。