まだ君はあの家に住んでいるのか
アパート、「キャロット・ハウス」
へんな名前だからまだ覚えてる
私は家電しかしらない
私は家に帰るまでの道すがらずっと考えた
電話でなんと言おうか
10年ぶりになんと声を出せばよい
そして家につくなり
かつての手帳をとりだす
一番大切なページをひらく
あった 君の番号
よし
そしてかける
受話器を持つ手、汗ばむ
現在使われておりません・・・
そうだよな、私もこの10年で2回ひっこしているんだ
やっぱり いないよな
でも諦めきれない
なんとか君とつながりたいんだ
手帳をめくる
めくる
あった 君の実家の番号
付き合い始めた当時
君はまだ実家にいたんだった
横須賀の 海の見える丘
何度かいったな
よし
かけよう
君の母親がでた
私のことを覚えていれくれた
特に怪しまれはしなかったが驚いていた
そして
君は既に結婚し今は二児の母であると
私は子機を手に持ったままソファーに沈み込んだ
そうですか
そ それは良かったです
受話器をもつては脱力し今にもおとしそう
君の母親は以前と全く変わらず丁寧なひとだ
いろいろとその後の君の話をしてくれた
私と君とのあの日々はもう二度とない
二度と
気がつくと電話は切れていた
最後になんと言ったっけ
きちんと挨拶したかな
二人の子供と旦那と幸せに暮らしているのだろう君は
それがいいよ
それがいい
(よくない~)
子供がいるから幸せかい
旦那がいいから幸せかい
人は生きてるうちは苦しみだぜ
もし幸せだとしたらそれは
搾取だ
何かの犠牲をしいているんだ
私は、不幸だよ
なんの建設的なこともしていない
それで詳しく知らない君の現在を批判している
私は最低だよ
私は底にいる
確実なのは、君の方が正しいということ
私にも分かる
でも希望を言えば
君も不幸を望んでほしい
不幸になって欲しいのでない
少し後ろを向いてほしい
電話をかける前、私はエベレスト登頂を引き合いに出した
今はどうか
今、君は火星にいる
私にとっては
物理的に不可能
そういう次元の話になってしまった
君を抱きしめるということは
今は社会的に許されないのだ
もう、終わりだ
つづく