~ 恩師のご著書「愚か者の独り言」より ~
講演集 一
「この世はかげろうの存在」
あの世の世界とは、先程も言いましたように、光の量の区域で、
一方にはすごく明るく光輝く世界があり、それは仏教で言っております極楽です。
また、苦しく、暗く、つらくて悲しい、恐ろしい闇の世界があり、それが地獄です。
その極楽と地獄の間に物質と化して現れている世界がこの世であって、物質化した
現象世界であるこの世界へ、私達は魂の修行に出ているのです。
いわば、かげろうのようなものです。
そんなおかしなことはない、かげろうではない、この現実は確かに在るというように思いますね。
お菓子、お湯呑み、お茶、テーブル、家などは確かに現実に在ります。
しかし、一番早く分かるのは、口にいただく食べ物です。
出していただいたお菓子を、ああおいしそうだな、いただこうかなと思って口に入れて
飲み込んだとしますと、もうこの世から消滅します。
現実に在るのですが、消えていく存在です。
お茶も同じことです。
いただいて飲んだら、その瞬間にこの世から消えます。
今度お尻から出る時は別の物質になって出て来ます。
お菓子がそのままでて来たら、えらいことです。
お菓子のままでは再び決して出て来ません。
ご飯にしても、果物にしても同じことです。
この見方からしますと、私達の一人一人の存在についても同じことが言えます。
私は現在ここに存在しておりますが、もう三、四十年の間には、
この世から消えるでしょう。
精一杯生きて、あと五十年、もう五十年もしたら、私は使いものになりません。
皆さんに助けてもらって連れて歩いてもらわねばならない存在です。
人間の命は五十年から百年の間にこの世から消え去ってしまいます。
どなたも避けることはできず、必ず消滅してしまう姿です。
その五十年、百年を、ああ何と苦しい人生やなあと思って、人は苦しんで生きるのです。
地球がこの宇宙に現れて、はや四十六億年という長い年月の中の、私達人類のこの世に
許される時間は、僅か五十年、百年の時間です。
私達の生きる時間は百年としましても、全く瞬間に現れては消えていく存在です。
もう電子顕微鏡で見ても見えないくらいの瞬間のはかない存在が人間の姿です。
まばたき一つする間もない時間です。
長い宇宙時間からしますと、現れては消え現れては消えしているのです。
~ 感謝・合掌 ~