浄心庵・長尾弘先生「垂訓」

恩師の歌集「愛」より

我れ食べず人に施す母の愛
幼き我に布施教えらる

「御垂訓」

2018-03-08 23:43:00 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓

    恩師のご著書「真理を求める愚か者の独り言」より


      第六章 人類滅亡を救う奇跡と癒しの秘密

     心の教えを正しく行うと証がついて回る

不思議なユリの現象

自然現象であったとしたなら、ユリの蕾は必ず一つずつ別々に、
時間の間隔をおいて開花するはずです。
それが同時に全部そろって咲くのですから、
奇跡としかいいようがありません。
「今話させてもらったことを神様がその通りだとおっしゃって、
その正しさを証明してくださったのです。
もし、お話が間違っていたら、
こんな現証は見せていただけるはずがありません」と、
お話させて頂きました。

そういう不思議なことを見せていただくことはよくあります。
浄心庵を訪れた方は必ず目にされるでしょうが、
やはり講演中に百合の花が垂直に立ってしまったという不思議な
現証の写真が額に入れて飾ってあります。
ふつう釣鐘状の花は上を向くことはありません。
上を向いて咲くと花の中に雨水がたまり腐ってしまうからです。
それが茎と同じ方向にピンと上を向いて咲いています。
茎とオシベが一つづきのように直立をしています。
正しい神理を語る時は、神の力が言葉の中に宿ります。
これを言霊と呼びます。

その言霊に自然の植物も動物もすべて感応してくれます。
念力でもなければ、霊能力でもないし、
また神様以外の霊的な存在の応援による力でもありません。
自分の力で起こしているものではなく、
神様が証しを見せてくださっているのです。
山に入って護摩を焚くとか、何もそういう厳しい行をしなくても、
日々の生活の中で正しい法をよりどころとして調和された安らかな心で
生きていけばいいのです。
もっと具体的に言うと、反省と与えられた環境への感謝です。
無償の愛の実践です。

ウィスキーの空き瓶にたまった皆さんの愛の真心の募金を寄付できたのを
神様が喜んでいらっしゃると、お話させてもらっていると、
ユリに奇跡が起きた・・・
ということをもっとわかりやすく説明すると、以下のようになります。
神様はこの物質や肉体の目には見える現れの世界では、
御姿を現わして直接人助けなどの善い行いをされるわけにはいきません。
神様は肉体も声もお持ちにならず、ふつう私たちには見えない存在です。
しかし、「人の目を通して語り給う」という言葉があります。


「我が行為 神の御心あらわさん 父の御心世に示さんがため」(弘)


             ~ 感謝・合掌 ~




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「御垂訓」

2018-03-08 00:34:14 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓

     恩師のご著書「真理を求める愚か者の独り言」より


           第六章 人類滅亡を救う奇跡と癒しの秘密

       心の教えを正しく行うと証がついて回る

不思議なユリの現象

安らかな気持ちで正しい法の中に生活していると、自然界さえもその証明を
見せてくれることがあります。
これは或る会場で起こった出来事で、その場にいたたくさんの人々も同時に
体験したことですが、だいぶ以前に大阪の柏原市という所でお話をさせて
もらった時のことです。
細長いかたい蕾のユリを何十本も生けていただいておりました。
ユリは頭が重いですから、茎が曲がって首を垂れたように四方へ開いた形に
生けていただいていました。
「まあ、綺麗なユリを生けていただいたのですねえ」と、
感動は思わず声になりました。

当時自宅には大きなウイスキーの空き瓶がおいてありました。
その瓶には「あなたさまの愛を恵まれない不幸な方々にどうぞ、
私も実践しております」と書いて貼ってあるのですが、
そこに五円、十円、一円あるいは千円と思い思いに皆さんが
喜捨をしてくださいます。
空き瓶にいっぱいになると、福祉施設から身寄りのない
お年寄りや赤ちゃんの世話をしていただいている施設に
寄付させてもらいます。
幸い大きな瓶二本が一杯になりましたので、
これを柏原市の福祉の方に使ってもらってくださいといって
預けました。
そのことを例にあげながら、奉仕と愛の実践について
お話をさせていただきました。
神様は私たちに何をいちばん望んでいらっしゃるでしょう。

私たちよりもさらに恵まれない不幸な人々のために、
愛の手をさしのべた時、神は、「よくやってよくやってくれました。
私はその思いでいっぱいであるが、
それを形に表すことができない。
私の思いをあなたはよく行ってくれました」と、神様はおおせられ、
お喜びになるにちがいありません。
そのように話しておりますと、何十本も生けてあったユリの、
それまでは細長くかたく閉じた蕾であった花が、
いっせいに全部開いたのです。
曲がっていた茎も一度全部垂直に立ち上がりました。

みなさんがいっせいに驚きの声をあげました。
ただ一本だけ、さっきの状態を証明するかのように茎が曲がったままでした。
実際にすべての蕾が同時にパーッと開いたのです。
わたしの今のお話は間違っていない。
そんな確信を与えるように、植物も喜んで応えてくれたと思います。
二部屋向こうの鏡台の上に一輪ざしで生けてあったユリもいっしょに開きまいた。
大勢のみなさんが見ている目の前で起きた出来事です。


               ~ 感謝・合掌 ~




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