くらぶアミーゴblog

エッセイを綴るぞっ!

言葉

2004-06-06 16:34:56 | インポート
『ぱんだのくろまめ』“さけよふるさとへ(その2)”~にトラックバック。
 naoさんのこのシリーズもの、とてもいいドキュメンタリーです。ぜひ読むべし♪ で、内容とはすいぶん離れているけど、思いついたことを書きますね。元々はtentenさんの『TB 音声??』にインスパイアされたものです。
「さけ」この文字を見て、最初に浮かぶ絵はどんなものでしょう。僕は正直に申しますと、切り身のシャケです。脂ののったカマの部分がついた、うんっと美味そうなシャケの切り身・・・。
「鮭」「シャケ」どの単語でも食べ物としてまずは思い浮かべる。こいつは少々問題あるなあ、と思います。鮭族に対してこの場をお借りして陳謝します。「すまなかった!」「本当に申し訳ない!」
 言葉は不思議なものですよね~。その昔、草原に恐ろしい動物がおりました。集団で狩りをするほど頭がいい。走って逃げたって、我々人間はかなわない。そして掴まったら強靱な力で押さえつけられる。当時の草原の民はこの動物を怖れていました。
 やがて言葉が誕生します。全てのモノ、生き物には名前が付けられて、整然と分類されるようになります。そしてあの恐ろしい動物は“ライオン”と名付けられる。それからもはやあの恐ろしい動物はいなくなってしまった。あれはただの“ライオン”という動物だ・・・。
 言葉=分類です。これは便利だけど、ややキケンな認識方法でもあります。
「新しい彼女、どんな娘?」
「えっと、顔はタレントの○○系、話し方は○○みたいな。あ、でも雰囲気は○○風かなあ」
 って。みたいなって。って、あんた・・・。
 でもこれで会話が成り立っているのが現状。すると訊いたほうが自分なりにイメージを作る。そして実際に会ったときにはびっくり。全然違うからです。「想像してたのと違うね~」あのなあ。
 いくら便利でも、こんな安易な分類による認識(想像)はキケンですよね。こういう笑い話ならいいけど、我々は新しいものを目の当たりにしたときに、必ずこうやって分類して小分けして認識する癖がついています。それが簡単、手っ取り早いからですね。そうして今まで知らなかったタイプ(これもやーらしい言葉かも)を見ると不安になる。「あいつは変わってるよ」「変」となることしばしば。
 目の前にあるもの。それをあるがままに見る。受け止める。勝手にタイプ分けしないで、ありのままに認める。これがうんと難しい。そして言葉がややおろそかになっている今は、ますますこの「あるがままに」というのが大事じゃないかなあ~、と実感しています。
 あ~、言葉を使ってくどくど書いてしまった♪ それでもがんばって言葉をうまく使うぞ使うぞ。