「とてもいい演奏だったわ。激しくて、音色が美しくて、思っていたより音が大きかった。はじめは、目の前にしている人たちがその音を出しているんだということが、なかなか認識出来なかった」
鈴原さんはそう言って、自分の言い回しに笑った。
「実は、生でオーケストラを聴いたのは、今日が初めてなの。だから、すごく感動したし、不思議だった。ひょっとして、どこかで大きなスピーカーが鳴っているのかなと思った。あらためて、自分が視覚に頼りすぎているんだな、と思ったの」
隣では町田先生がにやにやと笑っていた。彼女が気付き、軽く肘をつついた。
「町田さん、わたしがあなたを気に入っていると言ったの。そういうことはすぐ分かるんだって。まったくもう。それでいて、今日なんかは演奏の途中で寝てしまったのよ。いい演奏だったから良く眠れたんだ、なんて言い訳してたわ。まったく」
「ああ、それは僕のおやじもよく言っていたな。クラッシックに興味なんかないと言いながら、僕が指揮をするときには必ず聴きに来ていた。そしてすぐに寝てしまったらしい。でも演奏がまずい部分があると、良く眠れないと言っていたんだ。詳しく聞くと、それがうまく出来なかった楽章の部分なんだ。不思議だね」
「これから、予定は、ありますか?」町田先生が訊いた。
「打ち上げの飲み会があります。そうだ、よかったら、お二人とも来てくれませんか? メンバーに紹介したいし」
「いいんですか、メンバーさんの中に入れてもらって?」彼女が町田先生を見て、訊いた。
「もちろん。これからちょっと後片付けがあるけど、そのあとで大きな居酒屋に行くことになっている」
「恋の予感」町田先生が突然言って、肩をすくめてみせた。鈴原さんが赤くなり、彼の腕を強く叩いた。
「君の言うとおりなのかもしれない。僕や君は視覚に頼りすぎている。ちょっと試してみよう」
僕は町田先生の左手を握った。反対の手で鈴原さんの手を握った。彼女はすぐに理解し、三人で手をつないで輪を作った。
「さあ、目を閉じるよ」
それから暫くのあいだ、僕らは目を閉じていた。演奏会が終わったことの、興奮感と脱力感が交じり合った複雑な感情を、二人が受け取っているような気がした。鈴原さんと町田先生からは、種類の違うバイブレーションを受けた。町田先生からは単一で強い波長、鈴原さんからは太く暖かい波長。それらが三人のあいだを回っているようにも思えた。
「みんな、ひとつになっている」町田先生が呟いた。
「こんなのって、初めて。養護学校で仕事をしているのに、大切なことを忘れていたような気がするわ」
目を開けると、視覚が脳を支配した。町田先生は敏感に感じ取り、手を放した。鈴原さんも目を開けた。
何となく気まずい雰囲気になった。町田先生がそれを破った。
「あとでまたやりましょう。楽団の人も入れて全員でね」
おわり
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鈴原さんはそう言って、自分の言い回しに笑った。
「実は、生でオーケストラを聴いたのは、今日が初めてなの。だから、すごく感動したし、不思議だった。ひょっとして、どこかで大きなスピーカーが鳴っているのかなと思った。あらためて、自分が視覚に頼りすぎているんだな、と思ったの」
隣では町田先生がにやにやと笑っていた。彼女が気付き、軽く肘をつついた。
「町田さん、わたしがあなたを気に入っていると言ったの。そういうことはすぐ分かるんだって。まったくもう。それでいて、今日なんかは演奏の途中で寝てしまったのよ。いい演奏だったから良く眠れたんだ、なんて言い訳してたわ。まったく」
「ああ、それは僕のおやじもよく言っていたな。クラッシックに興味なんかないと言いながら、僕が指揮をするときには必ず聴きに来ていた。そしてすぐに寝てしまったらしい。でも演奏がまずい部分があると、良く眠れないと言っていたんだ。詳しく聞くと、それがうまく出来なかった楽章の部分なんだ。不思議だね」
「これから、予定は、ありますか?」町田先生が訊いた。
「打ち上げの飲み会があります。そうだ、よかったら、お二人とも来てくれませんか? メンバーに紹介したいし」
「いいんですか、メンバーさんの中に入れてもらって?」彼女が町田先生を見て、訊いた。
「もちろん。これからちょっと後片付けがあるけど、そのあとで大きな居酒屋に行くことになっている」
「恋の予感」町田先生が突然言って、肩をすくめてみせた。鈴原さんが赤くなり、彼の腕を強く叩いた。
「君の言うとおりなのかもしれない。僕や君は視覚に頼りすぎている。ちょっと試してみよう」
僕は町田先生の左手を握った。反対の手で鈴原さんの手を握った。彼女はすぐに理解し、三人で手をつないで輪を作った。
「さあ、目を閉じるよ」
それから暫くのあいだ、僕らは目を閉じていた。演奏会が終わったことの、興奮感と脱力感が交じり合った複雑な感情を、二人が受け取っているような気がした。鈴原さんと町田先生からは、種類の違うバイブレーションを受けた。町田先生からは単一で強い波長、鈴原さんからは太く暖かい波長。それらが三人のあいだを回っているようにも思えた。
「みんな、ひとつになっている」町田先生が呟いた。
「こんなのって、初めて。養護学校で仕事をしているのに、大切なことを忘れていたような気がするわ」
目を開けると、視覚が脳を支配した。町田先生は敏感に感じ取り、手を放した。鈴原さんも目を開けた。
何となく気まずい雰囲気になった。町田先生がそれを破った。
「あとでまたやりましょう。楽団の人も入れて全員でね」
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