いよいよ帰国の日。
荷物のパッキングも終わった我々は、宿でのんびりと昼食を摂っておりました。
折しも晴天。フィレンツェ市内で観光してなかったところも、その日の朝から精力的に回っておいたのであります。
「いよいよ帰国ですね」
「ユーロスターの切符はどこだい?」
「バッグに入ってる」
「確か、12時40分発だったよな。まだ小一時間はある」
「荷物の点検をしておきましょう」
「そうだね...」
最後の「...」は僕。ふと頭をよぎったことがあったのだ。
この日。
フィレンツェ駅から特急列車のユーロスターに乗り、ローマへ移動。そこで1時間ほど観光して、成田行きの日航機に乗る手配をしてあった。
「一応、ユーロスターの発車時刻を確認しておこうか」
「そうね、一応ね。ええと...」
細君が切符を取り出し、目を通したとたんに青ざめた。
「大変! 20分に発車だって!」
「なんですとお。あと10分もないじゃん!」
ともかく無事にローマへ到着
ぎりぎりで電車に間に合ったのだけど。
あんなに慌てたことはなかった。
駅までスーツケースを引きずりながら全力疾走し、ホームにいた駅員に大声を掛けて乗せてもらったのだ。
通常の国内旅行だったら、電車が一本遅れようと、慌てることはない。他に手だてはいくらでも考えられるのですね。
しかしこれが海外となると、些細なことが大きなパニックを誘発する。
ひょっとして、もう二度と、祖国の地を踏むことは出来ないのだろうかとさえ思う(そんな馬鹿な)。
どこに行ってもネコをかまう人
現代の人が行き交う背後に、紀元前のコロッセオ
十数年前、トレビの泉にコインを投げたっけ
かくして旅は終わったのであります。
成田に着いて最初に感じたことが興味深かった。
どこもかしこも清潔で、人々がこじんまりとしていて、駐車場に駐めてある車がみんな新車のように光っていた。
チェーン店の居酒屋で食べたものが、信じられないほど美味かった。
こういう異邦人的感覚は2週間ほど続き、それからゆっくりと日常が戻ってきたのだ。
しかし。
ラグーサの風景は、明け方の静けさや湿った大気とともに、心に深く刻み込まれている。
フィレンツェは水道水の匂いをまっさきに想い出すし、立ち寄った街それぞれに、出会った人々の顔が浮かんでくる。
こうして、いろんな土地に想い出を作っていくことが、生きていくうえでの喜びとなるのだろうなあ。
読者諸賢よ、もっともっと旅に出ようではないかい。
おわり