小さなルアーを投げては引き、投げては引いたがアタリはない。浅いところ、深いところ、その中間。速くしたり遅くしたり、それをミックスしたり。
これは腕が悪いのである。僕は釣りが下手だった。
「お~い、どこにいるのか教えてくれ」下流で遊んでいた少年に声を掛けた。彼は軽快に岩を伝ってきて深みにどっぼーん。少ししてひょっこりと頭を出したところはカッパのようである。見たことはないが。
「なんだあ、ここん中にいくらでもいるぞお!」
なんだよお、ちっくしょう。ちょいと一服するか。
ハッカ煙草を吸ったあとでビーフジャーキーをくちゃくちゃやっていると、R君がやってきた。
「どうすかどうすか?」顔がすっかり灼けている。
「アタリがない」
「僕は何度かアタッたんですけど、上げられない」
「たくさんいるんだけどなあ」
「ちょっと上流に行って来ます」大岩を超えて、またすぐに見えなくなった。
リュックからルアー箱を引っ張り出して、REBELの白いバッタ君を取り出した。冷たい雨の降る芦ノ湖で、見事な虹鱒を上げたやつだ。水面にプカリと浮くので可愛いやつでもある。久しぶりだな、また頼むぜ。
軽いから投げるのに苦労する。音もなく例の深みに着水。ちょいちょいと鋭く引っ張る。その姿はいかにも「あああ落ちてしまった困った困った・・・」という感じだ。陽はいよいよ天空の真上にあって、このまま釣れなかったらヒルネしよう、などと不真面目なことも考えてしまう。
その瞬間はいつも突然訪れる。水面が割れた瞬間“バクッ”とか“カプッ”という音がして、我が白いバッタ君は一気に引きずり込まれた。ゆるめにしていたアンバサダーが悲鳴をあげて、糸が一気に引き出される。うわわわわ!
興奮してどうしたらいいのか分からない。竿を立てるべきか、下げるべきか。急にこっちに向かって来ると糸がフケる。慌てて巻き取ると今度は上流に向かって突っ走っていく。あああRちゃんこいつはすげえ、どこかで見ていてくれよ!
対岸で見ていた少年が何かを叫んでいるが聞こえない。するとまた水面が割れて、白く輝くぼてっとした姿が現れた。
何だあいつ? あんなに太ったアマゴなんているのか?
一瞬のことだった。たるんだ糸を慌てて巻き取ったが手応えはなくなっていた。バッタ君、無事生還。
「何だよへたくそだなあ兄ちゃん。あれなら三人で食えるぜ」
僕は呆然として声も出なかった。膝が震えている。
「どうすかどうすか」R君が再び現れた。僕は指さして、それから両手を広げようと思ったがやめた。釣り上げることは出来なかったのだ。そんな話しをしてもしょうがない(そういえば今までこの話ししてなかったな。Rちゃんこういうことだったんだぜ)。
「暑いからさ、一回キャンプに戻って潜って遊ぼうぜ。そんで夕方に高原川本流に行ってみよう」
「それもいいっすな。こうなったら網ですくってやる!」
川も鱒もどこにも逃げはしない。休暇はまだまだ始まったばかりなのだ。
おわり
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