
「年賀状~、あ年賀状~♪」
ススムとハヤトは、妙な節をつけた歌を歌いながら、自転車を漕いでいた。
1981年の元日、まだ陽も昇らぬ早朝4時のことである。この2人は、友人へ書いた年賀状を、自らの手で配っているのだ。
どうしてそんなことをするのかというと、
「一番最初に届いた年賀状は、何だかありがたいよな」
こんな話題で盛り上がり、じゃあどうすれば自分たちの年賀状が一番最初に届くかを考え、結局
「直接配達しようぜ」
こう思い至ったわけだ。
「年賀状~っと♪」
「おっ、そろそろ静かにしようぜ。あそこが加藤の家だ」
「よし、投函。明けましておめでとう~」
「次は1丁目方面に行くか」
「いいぜ。しっかし、さぶいなァ!」
当時の仙台は今よりもずっと寒かった。
気温は零下。路面が凍りついており、2人の自転車はしばしばスリップした。
通りには犬一匹歩いていない。
「おっ、月岡の家だ。こいつには盛大に挨拶しておこう。それっ、年賀状~♪」
「月岡おめでとおー! それ年賀状ぉ~っ♪」
月岡というのは2人の後輩である。いつも面倒をみてやってるから、遠慮なく大騒ぎしながら投函しておいた。
そして、学校が始まった日の朝。
部活の朝練で顔を合わせた月岡は、きょとんとした顔で2人に尋ねたものだ。
「先輩たち。正月の朝に、僕ン家の前を極めてバカげた声で歌いながら通り過ぎていきませんでした?」
「何いってんの、お前。新年早々バカだな」ススムが言う。
「夢でも見てたんだろ」ハヤトも真顔で答える。
「そうですかねェ。不思議だ、不可思議だ」月岡は納得がいかない顔をしている。
「んなことより、練習だ練習。お前、まだダブルタンギングがへたくそだろ」
「ハイハイ練習しますよ、すればいいんでしょう。そういえば、先輩たちの年賀状。一番早く届いてましたよ。すごいっすね!」
「まあな。ふっふふふ」
この2人は、その後数年にわたって、年賀状の直接配達を続けるのである。
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