平和への希い


 
  積極的平和主義とは、世界のすべての国が、日本
  の平和憲法を掲げる努力をすることです。

平和への希い2189 公職追放免れた聖徳太子

2021-04-19 10:41:20 | 日記

今日の、日経朝刊「春秋」で、公職追放免れた聖徳太子ということを知り、日本をコテンパンにやっつけた
連合国が、日本を「二度と戦争出来ない国」にしようと、躍起になっていたことの一つとして、「そこまで
やっていたのか」と、合理的な徹底対処の仕方に、改めて感心した。
連合国は、太平洋戦争を起こした「日本」を、戦争を起こす元になった「軍国主義」「軍国主義の思想に繋
がる歴史も含むすべて」「軍国主義の匂いがする教育」など、徹底的に、取り除こうとしていた。
勿論、戦争を始め、戦争を続けた政治家・軍人・官僚のトップ、戦争に協力した経済界・マスコミ界などの
トップも、罪状を確認して「公職を追放」した

新しい教科書が間に合わず、子供たちが、教科書を、先生の言う通り、「スミ塗り」し、真っ黒教科書に
なった。
追及は「紙幣の肖像」にも。
軍国主義につながる人物として、「紙幣の肖像」には、菅原道真も和気清麻呂も聖徳太子もふさわしくないと、
「肖像という公職」から追放しようとしたが

聖徳太子の政治姿勢を示す十七条憲法の「和をもって尊しとなす」の言葉が決めてとなって、紙幣の肖像と
いう「公職」から、ただ一人追放されなかった、ということのようだ

学生時代、聖徳太子の千円札がまぶしく、その後、5千円札、1万円札でもお仕事され、高額紙幣の顔だった。
あの肖像画が、本当の聖徳太子かどうか、とか、本当に聖徳太子がいたかどうか、とか議論があるようだ。
日本を「二度と戦争出来ない国」にしようとのトドメは、軍隊を持たない、武力で紛争解決をしない、国の
交戦権を認めない、という憲法9条。
お蔭で、76年間、戦争で人を殺すことも、戦争で殺されることも無かった。

聖徳太子の「和をもって尊しとなす」は、憲法9条に盛り込まれた。連合国もやるもんだ。
聖徳太子は、お札のお役目は無くなったが、憲法で、重要なお役目を担って頂いている。感謝、感謝

出会った花々。ムベ(野木瓜、アケビに似た実をつける)という花。

石楠花は今が盛り

五月晴れのような空に、こいのぼり

4月19日「今日は何の日カレンダー」より 地図の日・最初の一歩の日、トークの日(毎月)(NTT)
▲アメリカ独立戦争始まる(1775)▲伊能忠敬、蝦夷地の測量に出発(1800)▲「新約聖書」の日本語訳完成(1880)
▲第1回ボストンマラソン。大衆マラソンのなかで最も歴史の古いレース(1897)▲エールリッヒが初の抗梅毒剤
開発(1910)▲「シトロエン7CV」デビュー(1934)▲ワルシャワで、ユダヤ人の反ナチの武装蜂起が起る(1943)
▲世界初のミス・ワールド・コンテスト(1951)▲第55回ボストン・マラソンで日本人、田中茂樹、初優勝(1951)
▲アジア・アフリカ会議開催(1955)▲アメリカ駐日大使としてハーバード大教授のライシャワーが着任(1961)
▲世界初の宇宙ステーション、発射(1971) ▲長谷川一夫と冒険家植村直巳に国民栄誉賞(1984)▲京都で国連
軍縮会議、31カ国参加(1989)▲米・オクラホマで、爆弾テロ。168人死亡(1995)▲東電福島原発廃止
決定。日本の原発54基から50基に(2012)▲霧島・硫黄山が噴火(2018)▲東京・池袋で高齢者運転の車
暴走で母子など死傷(2019)