伊藤浩之の春夏秋冬

いわき市遠野町に住む元市議会議員。1960年生まれ。最近は遠野和紙に関わる話題が多し。気ままに更新中。

イボタノキに感謝

2021年05月31日 | 
 このシーズン、ウツギが次々と花を咲かせる。枝を切ると、ストローのように中空になっている。これがウツギの名の由来。漢字を当てると「空木」と書くと記憶している。





 同じ時期に、ウツギと同じように白い花を密生させる木があった。



 ウツギ?
 しかしよく見ると、違いが見えてくる。ウツギの花びらは5枚。一方、この花はラッパ型の花の先は4枚に分かれている。以前にも調べているかもしれないが、もう忘れている。あらためて調べるとイボタノキという花だ。

 イボタノキの開花に気がついたのは5月22日。23日に通りかかると、このイボタノキに、何と、何と、アオスジアゲハがやってきて蜜を吸っていた。



 アオスジアゲハは温暖な気候を好む。以前は関東以西が生息域の中心だった。しかし、多くはないが、ここ数年、本市内でも飛び回っている姿を見かける。
 そのたびに、幾何学的な一筋の青模様を持つこのチョウを、何とか、まともに写真に撮りたいと思ってきた。しかし、なかなかその機械を得ることが出来なかった。

 ところが、ところが、だ。この日、イボタノキの蜜を吸うため、花から花へ渡り、この場所に止まってくれた。
 ラッキー。イボタノキのおかげだ。

 アオスジアゲハが飛び去っていった後、陰の方に何かがうごめいている。別のチョウがいるようだ。花を渡って近寄ってきた。



 ミヤマセセリだ。

 少し前、別の場所に咲いていたグミにいて、写真に撮ろうと追いかけた。しかし、良い場所に来ることはなく、写真を撮らぬまま逃げていったチョウだ。悔しい思いをしたが、この時、その気持ちを埋め合わせてくれた。



 今日も、チョウが来ていた。



 イチモンジチョウだ。花を渡って蜜を吸っていた。



 道端の茂みには、ヒカゲチョウの仲間をよく見るようになった。



 地味な色合いではあるが、模様の美しさを実感できる。電柱に止まっていた。ピントを合わせていたら飛び立った。



 さて、我が家の裏庭の小屋の前に行ってみると、クロアゲハがいた。



 かわいそうなことに、翅が縮れている。たぶん、羽化の時に、翅を十分伸ばすことができない場所を選んでしまったのだろう。こアゲハのすぐ脇に、ユズを剪定した後の枝を刻んで置いてある。このどこかが、彼が羽化に選んだ所だったのかもしれない。

 アゲハは飛ぶことができない。ここにいても飢えるだけ。そこで、花の咲いている場所に移動することにした。



 サツキに連れて行き、



近くのビオラにも連れて行った。



 すると、口吻を伸ばそうとするのだが、蜜を吸う姿は確認できなかった。蜂蜜を溶かした容器を近くにおいてもみたが、容器は、1mm程の多数のアリで図漏れてしまった。餌をとれなければ、早い段階で死んでしまうだろう。静かに見守ってあげたい。

 ふと木の上に目を向けると、黄色い繭があった。青葉が茂る前にはなかった。おそらく、春になって羽化したガのたぐいの繭、こう考えた。



 ヤママユガの仲間に違いない。よく見るとてっぺん付近に破れた跡がある。この繭からは成虫が巣だったようだ。

 雨上がりの朝となった、2日後の5月22日、雨上がりの路上にきれいなガが死んでいた。



 ヤママユガの仲間で、オオミズアオかオナガミズアオだと思う。先日見つけた、巣だってしまった繭の主ではないか。かってに決めつけた。



 いろいろ画像を見ていると、繭はヤママユガのものかもしれない。だとしても、ちょっと悲しい場面かなと思う。

 さてこの間、毎朝、東に向けて海上自衛隊の哨戒機P3Cが福島沖に向けて飛んでいく。これまで何度も飛んでいったが、通常、時間をおいて3機から4機が東の空に消えていった。ところが、わずかに1機が飛んでいくだけだ。





 5月26日の朝、本市の塩屋崎沖を航行中の海上自衛隊のヘリコプター搭載護衛艦・・護衛艦とはいうが、全通甲板を持つ空母型の船舶・・から、乗組員が行方不明になったとの報道があった。船から落ちたのではないかとみられているという。

 海上保安庁の船舶等での捜索活動がされているらしい。毎朝、本県沖に向かうP3Cも、捜索活動に参加しているのかもしれない。

 夕方5時前頃に、今度は西に飛んでいく。基地に帰るのだろう。



 私の叔父は、中学校を卒業した後に漁船に乗り、船から落ちて亡くなったと聞いている。私が生まれたのが1960年。そのずっと前のことだ。叔父の話を聞いているだけに、この行方不明事件が気にかかる。

 見つかったという報はまだない。発見されることを祈りたい。


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