日記の順序が前後してしまいましたが、『まぼろしのキノコ』の話題に戻ります。
塩抜きしたエゾハリタケの調理をしてみて感じたのは、思ったほど固くはないけれど、コシが強いという雰囲気。これは、山形弁で言う所の『しなっこい』という感覚だ。マタギのイメージとしては、「柔軟だけど繊維が強くて千切れにくい。しかし、味はしっかり染み込むタイプの食材」といったところかな。
キノコの仲間でいうと、生シイタケの柔軟さにトビタケの強靱な繊維質が合体したような(と言っても分かりづらいか)歯ごたえが味わえるのではないだろうか。(歯の弱っている人は、要注意かも)
さて、どうやって食べたらいいかな?
ポクポクポクポク チ~ン
≪エゾハリタケの佃煮≫
味噌漬けにして、更に1年待つのが普通というけれど、その目的の第一は、「保存」だよね。それから、調味料の味をしっかりと染み込ませることを狙っての1年だと想像できる。
だったら、薄切りがいい。そして、しっかりと味を染み込ませることを目指した調理法である佃煮にしてみることにする。
下ごしらえの部
・3/17・19の続きになります
調理・調味料の部
・エゾハリタケは、なるべく薄切りに切り分ける
※味を染み込みやすくすることとしなっこさ対策です
※このぐらい薄いと、歯へのダメージもなさそう
・エゾハリタケ150gに対して
・酒、醤油、みりん:各大さじ2
・砂糖:大さじ1.5
・水:1/2カップ
・顆粒だし:少々
・鍋に全て入れて煮詰めていく
台所中にエゾハリタケ特有の甘い香りが広がってくる。ああ、この香りだ!香りの記憶っていうのも、すごい力を持っていると思う。すっかり忘れていた視覚や味覚の記憶までもが蘇ってくるのだから。
また、あのキノコを楽しめる!という感覚が、リアルに湧き上がってくるのだ。
・水分が飛んで、煮汁が飴状になるまで煮詰め続ける
・あら熱をとって完成
これで、今回戻したうちの2/3が調理完了。
続いて、最後の1/3です。基本的には、上記の佃煮と同じですが、おまけがつきます。
・南蛮ダレ:小さじ1/4を加えます(切り込み南蛮やラー油で代用可)
※それ以外は、同じ手順です
通りすがりの通行人がつまんでいく。
「あら、おいしい!何これ!?」
ってな感じで、売れ行き良好。いいじゃない!これで、我が目的は達成されたかな。
しかし待てよ。この料理って、一皿1000円以上するんじゃないか?
じゃあ、やっぱり、少しは控えめにお召し上がり下さいませってか?
こんなことを言いながら、台所のテーブルに置いておくと、つい自分の手も伸びてしまいます。
『まぼろしのキノコ料理』すごく心配したけれど、ここまで出来上がったんなら OK ですね。
今回、考えたこと。
山菜やキノコ料理には、旨いかどうかという判断が常に人から下される。また、素材自体にも高いか安いかみたいな評価が下されている。(こちらがA)
しかし、採ってきた本人にとっては、どれも大切な収穫物だ(苦労や喜びが内包されているのだ)。更に、考えた末に創った料理の陰には、現在の自分自身ができる最高の味を楽しんでもらいたい(ちょっと嘘くさい)という思いが込められている。(こちらがB)
Bの心を忘れずに工夫した結果、Aの評価を超越するような山菜職人になりたいものです。
塩抜きしたエゾハリタケの調理をしてみて感じたのは、思ったほど固くはないけれど、コシが強いという雰囲気。これは、山形弁で言う所の『しなっこい』という感覚だ。マタギのイメージとしては、「柔軟だけど繊維が強くて千切れにくい。しかし、味はしっかり染み込むタイプの食材」といったところかな。
キノコの仲間でいうと、生シイタケの柔軟さにトビタケの強靱な繊維質が合体したような(と言っても分かりづらいか)歯ごたえが味わえるのではないだろうか。(歯の弱っている人は、要注意かも)
さて、どうやって食べたらいいかな?
ポクポクポクポク チ~ン
≪エゾハリタケの佃煮≫
味噌漬けにして、更に1年待つのが普通というけれど、その目的の第一は、「保存」だよね。それから、調味料の味をしっかりと染み込ませることを狙っての1年だと想像できる。
だったら、薄切りがいい。そして、しっかりと味を染み込ませることを目指した調理法である佃煮にしてみることにする。
下ごしらえの部
・3/17・19の続きになります
調理・調味料の部
・エゾハリタケは、なるべく薄切りに切り分ける
※味を染み込みやすくすることとしなっこさ対策です
※このぐらい薄いと、歯へのダメージもなさそう
薄造りの練習気分で
・エゾハリタケ150gに対して
・酒、醤油、みりん:各大さじ2
・砂糖:大さじ1.5
・水:1/2カップ
・顆粒だし:少々
・鍋に全て入れて煮詰めていく
分量の割に鍋が大きかったかも
台所中にエゾハリタケ特有の甘い香りが広がってくる。ああ、この香りだ!香りの記憶っていうのも、すごい力を持っていると思う。すっかり忘れていた視覚や味覚の記憶までもが蘇ってくるのだから。
また、あのキノコを楽しめる!という感覚が、リアルに湧き上がってくるのだ。
・水分が飛んで、煮汁が飴状になるまで煮詰め続ける
色が変わって ”変身” しました
・あら熱をとって完成
これで、今回戻したうちの2/3が調理完了。
続いて、最後の1/3です。基本的には、上記の佃煮と同じですが、おまけがつきます。
最上郡の友人から届けられた 南蛮ダレです
・南蛮ダレ:小さじ1/4を加えます(切り込み南蛮やラー油で代用可)
※それ以外は、同じ手順です
はい、できあがり!
通りすがりの通行人がつまんでいく。
「あら、おいしい!何これ!?」
ってな感じで、売れ行き良好。いいじゃない!これで、我が目的は達成されたかな。
しかし待てよ。この料理って、一皿1000円以上するんじゃないか?
じゃあ、やっぱり、少しは控えめにお召し上がり下さいませってか?
こんなことを言いながら、台所のテーブルに置いておくと、つい自分の手も伸びてしまいます。
『まぼろしのキノコ料理』すごく心配したけれど、ここまで出来上がったんなら OK ですね。
今回、考えたこと。
山菜やキノコ料理には、旨いかどうかという判断が常に人から下される。また、素材自体にも高いか安いかみたいな評価が下されている。(こちらがA)
しかし、採ってきた本人にとっては、どれも大切な収穫物だ(苦労や喜びが内包されているのだ)。更に、考えた末に創った料理の陰には、現在の自分自身ができる最高の味を楽しんでもらいたい(ちょっと嘘くさい)という思いが込められている。(こちらがB)
Bの心を忘れずに工夫した結果、Aの評価を超越するような山菜職人になりたいものです。