体調については快調と断言できる。しかし、さすがにこの時期、梅雨前のはっきりしない天気が続くと、例年、何とも譬えようのない不具合に悩まされ、ときに支障を来たすことがある。
喩えると、こうだ。
美味しいご馳走を目の前にしながら、しかもすこぶるつきの大好物を目の前にしながら、食指が動こうとしない。
体調不良?
とんでもない!
ぼく自身、外見も中味もどこも悪くないはずだ。悪い感じもしない。寧ろ前のめりになるほど気持ちが傾いているのにお箸をとると何かが消失するみたいなのだ。
「さあ、召し上がれ!」
「…あれっ、食べないの?」
さぁ、何と答えよう。ふだん饒舌なくせに言葉を濁す。自分にも異和の兆しが感じられ、それが説明つかない。でも、回りが進んでいく。厚意が温もって通ってくる。
「いやぁ、そのぅ…」
しどろもどろになるのも無理はない。相手のおもてなしの気持ちがビンビン伝わるだけに引っ込みがつかない。取り繕えばさらに無様になる小心者。夢なら覚めろ。
「あるんだよな、そういうの。大切な場に限って得てして起こり得るのよ。」
連休に立ち寄った友人のSが呑んでる席でそうボヤク。彼はぼくの友人には珍しく業界の人だ。音楽プロデューサーのY氏の別荘が的矢湾沿いにあり、そこに居候を決め込んだ。Y氏も同席で、すぐに
「タニちゃん」
「Yちゃん」
と呼びあう仲になった。
「ワシさぁ、苗字のフルに『ちゃん』付けられるとゴウ沸くんよ、タニちゃんならOKなんやけどね」
「ナニよ、ごおわく…って?」
酔っ払ってるから脈絡もない話を行ったり来たり。そのうち痺れを切らしたようにSが囁く。
「なあ、タニ公、お主、昔はファルセット綺麗に出たよな。今も大丈夫か?」
あれ~、まだ覚えてくれてたのか、ワシのベルベット・ヴォイスを。訳すとこうなる。学生の頃、ぼくは裏声が綺麗で、ぼくがハモると、マヒナスターズ、違う! モトイ、タイム・ファイブのようなコーラスになったのだ。事実、今でも、ぼくがカラオケで歌うのが、ジミー・ジョーンズのファルセットが見事な「素敵なタイミング」で、この曲は坂本九ちゃんがカバーしたし、今でもコマーシャルで「光のタイミングゥ」なんて登場してくる。
「なあ、タニ公。お前、バックコーラスやらないか?」
ぼくは咽た。
「ノ、のっけにナニを言うんやなぁ!」
「いや、冗談じゃないんですよ。」
とY氏。顔が真剣だ。
「ココだけの話にしてください。実はもうまもなくあるビッグなロックグループが活動を休止するんですよ。インサイダー絡みで微妙なので詳しく申し上げませんが、株価が変動するほどの大事です。」
そこで、A社の意向を受けてアダルト・コンテンポラリなバンドを急造する役目を担ったのが、目の前の二人。もちろんかつてアイドルとして時代の寵児だったNがメインのヴォーカル、楽器が達者なスタジオ・ミュージシャン上がりを数名添えて、さらにファルセットの名手であるぼくがバックアップ…となるとそれはそれは最強のグループになるのだとか。
豚もおだてりゃ…、その勢いで歌いまくったのは当然だろう。気分はオーディション。
「昔のまんまや。それ以上や」
感涙するSと、
「いいっす、そこんとこのエロキューション!」
と、のせまくるY氏。弾みというか、下戸の酔った勢いというものは怖ろしい。瞬く間に、すっかりしぐさもプロ並だ。
最近ブログの更新が途絶えがちなのはそういう訳である。しかもプロ・デビューが7月と決定し、実は、毎晩レッスンに余念がない。おそらくブログのエントリーも今夜が最後になるかも知れない。
そんな訳でとても信じられないだろうが、本当のつくり話だ。