料理においてはネタの鮮度がモノをいう。新鮮な素材に神経を尖らすのは和食も洋食も同じだが、その日の食材をその日に使う和食とは異なり、フレンチとなると、さらにソース作りやデザート作りなど、仕込みに時間ばかりか手間も暇もかけねばならないことが多い。たとえ肉や魚がぎっしり揃っていても、ソースが切れた途端に即店終いである。しかも、
「明日、またねぇ」
という訳にはいかない。仕込みには何日もかかるものもあるのだから。今日の仕込みは、明日、明後日、明々後日…のためのもの。シェフの頭ん中は、緻密な計画性と根気のよい持続性と責任感に支配されている。毎日、教室の窓を通し、馨しい匂いが漂ってくるのはそういう訳だし、その瞬間にも、完璧を求めるシェフの鋭いまなざしと細心の気配りが鍋に注がれている。
およそ"ええ加減"という言葉なぞ無縁で、常に自分のコード(基準)に厳しいのが、ヴェル・ヴァーグ・ヴィアンフェのシェフである。見かけや喋りはソフトでも、仕事に一切手は抜かない。頑固で、一途な部分は誰にも見せないが、そうではなかろうかとぼくは睨んでいる。
そんなシェフが、シェフでも…、失敗することがあるということを知った。成功の母であるのだから、ミスは誰にでもあるし、プロにもある。しかし、普通は隠すところをブログに残したのが彼らしい。芸風がこちらに向いてきたのか。
ブログを読むや、激励に行ったつもりのぼく。冷やかしに来たと思う(ふつう)シェフ。歓びも哀しみも分け与えよう。で、二人で処理させていただいた。
「これって失敗作?! 一昔前、ぼくらはお金を払って食べていたぞ、こんなのぉ」
というレベルなのだが、思いの外、シェフのコードは手厳しいようだ。
ここまで読んで、そのシェフと対極にいる男のことを頭に思い浮かべたことと思う。
「言わなくても良いです」
さらに、その男(ぼくだ)が歩いて通勤の際、目撃したことがある。途中に畏友、Y氏宅があり、敷地内は自然がいっぱいなのだ。そこの夫人が道にまで出っ張って、何かしている。訝(いぶか)るぼくに、篭いっぱいの葉っぱを見せてくれた。見れば、ひいらぎ、きんもくせい、いまめの葉っぱがぎっしり詰まっている。何でも「葉っぱのしおり」を作るのだとか。
申し遅れたが、夫人は学校の保健室の先生である。やんわり優しくて、学校でのオアシスの役割を果たされておられる。彼女の仕事ぶりは外部に居てもよく見える。ふだんから心くばりの丁寧な人で、生徒たちへの配慮も創意工夫に充ちていて、"みおつくし"という言葉がよく似合う。
さて、ここで聞いたしおりの作り方である。
- 葉を水酸化ナトリウム水溶液の中に入れて煮沸する。
- 葉を良く水洗いして、歯ブラシを葉に垂直に立てて軽くたたいて葉肉をとる。
- 乾燥させる。
- 適切なサイズの紙におきラミネート加工する。
- 紐をつける。
例によって、ざっくりと聞いている(;´゜Д゜) 。が、懐かしい気分になる。水酸化ナトリウム水溶液って苛性ソーダの水溶液だし、葉脈の強い葉っぱって他になかったっけ。そうそう、高校時代、蜜柑の葉っぱのしおりをもらったっけ。
彼女の工夫のポイントは、
- 葉っぱをチソを使って梅干色に、コーヒーで珈琲色に染めたい
- しおりの紐はお菓子など家庭に転がっているものを利用したい
何時やるのか尋ねたら、11月半ばの文化祭でだと言う。まだ一月以上先なのに、もう準備である。彼女の計画性とモチベーションの持続性に驚くしかない。ぼくの周りは凄い人ばかり、暢気なのはぼくだけだ。
遅刻しそうなので駈け出そうとするぼくに、背中から声がかかった。
「いい栞になりそうな葉っぱの持ち主さんが居たら、教えて~っ」
分けていただける方、よろしく! と、皆さんにフル。ぼくの名って、フリのぶ?
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枯葉 価格:¥ 1,500(税込) 発売日:2005-09-22 |