トランプ大統領の“追い打ち”で揺らぐ東京五輪開催 IOCと放映権料を支払う米放送局NBCが「損切り」で合意したら…
3月11日に世界保健機関(WHO)が新型コロナウイルス感染症をパンデミック(世界的大流行)と表現する以前から、通常スケジュールでの東京五輪開催に海外メディアは疑問を投げかけていた。そこに追い打ちをかけるように翌12日、トランプ米大統領が1年延期を提案。トランプ大統領は「無観客よりもその方が良い」と説明したが、確かに無観客で実施したとしても東京五輪には約1万1000人ものアスリートが集まる。現在は世界中で感染者が急増している真っ最中。開幕まで4カ月以上の猶予があるといっても、選手村や競技場での集団感染、それに伴う再流行のリスクを完全に払拭(ふっしょく)できなければ、スケジュール通りでの実施は厳しい。
【写真】無観客なのに…スタジアムの外に人の波

仮定の話にはなるが、もしもトランプ大統領の1年延期案を受け入れると、懸念されるのは同時期の来年8月6日から15日まで陸上の世界選手権が米オレゴン州ユージンで予定されていることだ。次々回の2023年陸上世界選手権はブダペストが開催地。陸上は米国で絶大な人気を誇る。東京五輪が1年延期となれば、陸上世界選手権の開催準備を進めてきた米国にスケジュール変更をのませる難題がのしかかる。東京五輪・パラリンピック組織委員会の高橋治之理事が語った「2年延期プラン」はこの点で現実味がある。
IOCのバッハ会長は12日、ドイツ公共放送ARDのインタビュアーからWHOに大会中止を求められた場合の対応を聞かれ、「WHOの助言に従う」と開催断念の可能性を初めて口にした。IOCと開催都市との契約には「戦争や内乱」などのほか、「大会参加者の安全が理由のいかんを問わず、深刻に脅かされると信じるに足る合理的な根拠がある場合」にIOCが単独の裁量で大会を中止にできる権利がある。今回の新型コロナウイルスがまさにこれに当たる。しかも開催都市や大会組織員会は「損害賠償などの権利をすべて放棄する」とのIOCに有利な条項もある。
しかしIOCの結論を大きく左右するのは、2014年ソチ冬季大会から2032年夏季大会まで総額120億ドル(約1兆2000億円)以上の五輪放映権料を支払う米放送局NBCの意向だ。東京五輪マラソン開催地の変更でも分かる通り、開催都市の意見をはね返せるIOCといえども、NBCには忖度(そんたく)せざるを得ない。NBCとしても放映権料を払う以上は中止にしてほしくないだろう。
ただしAP通信などの海外メディアによれば、NBCだけでなく、IOCも五輪大会中止に備えて損失を補てんする保険に加入しているとされる。たとえ損害全額を保険金でまかなえないとしても、双方が「損切り」することで合意することがあれば―。そんな最悪のシナリオだけは想像したくないが、WHOとIOCの権威にあらがうすべは日本にない。56年ぶりに東京で開催される五輪の運命はWHOとIOCの判断に委ねられた。