新型コロナ、人類への復讐?>天の遣わされた試練?
日本政府の「胆力」では、残念ながら「人類の危機」とは闘えない
つまり今回の危機は、地球の生態系から人類への「警告」であり「復讐」なのだ。だから、地球上のどの地域も、災禍を免れることはできない。
新型コロナウイルスがアジアに押し寄せる直前、昨年末から今年1月にかけて、日本の周辺国・地域を逍遥した。具体的には、香港、マカオ、北京、台湾だ。コロナ発生源となった武漢にも、高速鉄道で立ち寄った。各地で様々な立場の人々に話を聞いて、2020年のアジアは「大乱の時代」になると確信した。
【写真】安倍政権と財務省の「ケチケチ病」がコロナ危機を悪化させる
それらの見聞と思索をまとめて、『アジア燃ゆ』という新書を先週、上梓した。新型コロナウイルスの発生で、中国国内で一体何が起こっていたのかについても、かなり踏み込んで書いた。どうぞご高覧下さい。
普段アジアを研究している身としては、「日本のことは日々、多くの論客が侃々諤々語っているから、それで十分でしょう」と、つい遠慮がちになってしまう。だが、コロナウイルスという「大乱」は、いまや日本も渦中にある。そこで今回は、諸外国と比較しながら、日本のことも述べたい。
今年1月23日、新型コロナウイルスの蔓延を受けて、中国湖北省の省都・武漢が、世界に先駆けて「都市封鎖」を行った。900万人の武漢人が、4月8日に封鎖を解かれるまで、計76日間にわたって閉じ込められた。
この初期の頃、私はいろんなテレビ番組に呼ばれて、武漢の解説をした。武漢へは、北京駐在員時代を含めて、これまで約20回訪れており、勝手知ったる都市だ。そこで、各テレビ番組が要望する角度から、武漢と中国の危機について述べたが、必ず最後にこう付け加えることにしていた。
「でも、今日の武漢は明日の日本ですよ!」
この一言で、テレビスタジオの「空気」が一変する。「えっ、まさか!」という感じになるのだ。
ある番組では、司会者から、「そんな大袈裟なこと言わないで下さい」と叱られた。別の番組では、「これはあくまでも近藤さんの意見ですから」と、キャスターが断りを入れた。
番組終了後にディレクターから、「世間の不安を煽るような発言は、なるべく控えて下さい」と注意を受けたこともあった。
いまご活躍の西村稔康コロナ担当大臣(経済再生担当大臣)とも会食する機会があったので、大臣にも直接申し上げた。「一刻も早く対策を取らないと、日本は第二の武漢になります」と。
なぜそんなことを言い続けたかと言えば、中国の惨状を日々、中央電視台(CCTV)のインターネット・チャンネルなどで見ていて、これは単なる「中国の災厄」ではない。そうではなくて、「人類全体が試されている」と思えたからだ。
つまり今回の危機は、地球の生態系から人類への「警告」であり「復讐」なのだ。だから、地球上のどの地域も、災禍を免れることはできない。
マクニール教授が説いた「生態復讐論」
シカゴ大学の著名な歴史学の大家である故ウイリアム・マクニール教授は、1976年に名著『疫病と世界史』(邦訳は中公文庫)を著した。
この2020年の災禍を予見しているような大著は、46億年の地球の歴史上初めて、人類は一つの種による地球支配を実現したものの、その対価として、強力な疫病の脅威にさらされることを運命づけられたと説いている。
〈 言語の発達に伴って人類の文化的進化が古来の生物的進化と衝突しだして以来、人類はこれまで存続した自然界のバランスを崩壊させてしまうことが可能になった。これは病気が、一人の宿主の体内の自然的バランスを壊すのと軌を一にしている 〉(上巻56ページ)
〈 ヒトの数が増えると感染の度合いも高くなる。人口密度が高くなるに従って、寄生体が宿主から宿主に移動する機会が増大するのだ。そこで、ある決定的な限界を突破すると、感染症は奔流のように過剰感染となって爆発する 〉(上巻59ページ)
マクニール教授も説く「生態復讐論」を分かりやすく言えば、地球が人間に対して怒っているということだ。人間は勝手に地球全体を支配し、自然破壊や都市建設を行っている。自然をブチ壊して、コンクリートを敷いたりビルを建てたり、地下鉄を掘ったりする人類は、人間以外の動植物にとってみれば、地球上の生態系をブチ壊すウイルスに他ならないというわけだ。
そんな人間が恐れるのは、もはや人間だけ、すなわち戦争だけという状況だ。そこで、この人間の横暴をとっちめるには、「ウイルスにはウイルス」で、細菌を繁殖させて一気呵成に人間の数を減らしてしまうのがベストだというわけだ。
何だか滑稽にも思えてくる論理だが、理屈は通っている。過去数万年くらいの「地球の現代史」を繙くと、人類が農耕や牧畜を始めるに従い、ウイルスは生態系の中で居場所を失い、農地用水や家畜などに付着するようになった。そし時折、地殻が大地震を起こすように、ウイルスも大繁殖を起こして人類を苦しめる――。
国家の「胆力」の差があらわに
新型コロナウイルスの話に戻ろう。この3ヵ月近くというもの、世界中の国々が、この人類の新たな難敵に対峙することを迫られ、「胆力」を試された。そこで分かってきたのは、国家の「胆力」の差によって、被害が拡大したり鎮静化の方向に向かったりするということだ。
では「胆力」とは何か。私は、次の二つの要素が含まれていると思う。第一に、中央政府の強力なリーダーシップである。
最初に発生した中国では当初、新型コロナウイルスは「武漢市と湖北省の問題」だった。ところが事態の深刻化に伴って、春節の直前、正確に言えば1月20日に習近平主席が指令を出してから、国家の最重要緊急課題となった。以後は、完全に中央政府が主導して対処を進めた。
前述の武漢封鎖、2月初旬の火神山病院(1000床)と雷神山病院(1300床)の竣工、2月13日の蒋超良湖北省党委書記(省トップ)と馬国強武漢市党委書記(市トップ)の更迭、3月10日の習近平主席の武漢視察……。そしてついに先週4月8日、武漢市の封鎖を76日ぶりに解除した。
中国では4月12日現在、8万3523人が感染し、3349人が死亡したと発表している。本当はもっとはるかに多いという説もあるが、ともかく感染のピークを押さえ込んだのは事実だ。いまや中国人の知人にコロナの話を聞くと、逆に日本のことを心配される。
中国が感染のピークを押さえ込めたのは、「中央>地方」という力関係を前提にして、「中央→地方」という明確な指示系統が機能していたことが大きかった。社会主義の強引さとも言えるが、たとえ法律や前例がどうあろうと、トップの習近平主席が「やれ!」と号令をかければやるのだ。

韓国も同様のケースだ。韓国は社会主義国ではないが、大統領の権限が強大で、「国を挙げたスピーディな取り組み」が可能である。
そもそも韓国の憲法は、日本の「平和憲法」とは対照的で、準戦時憲法のようである。過去70年以上、北朝鮮と対峙していて、男子に2年近い徴兵制を敷いていることもあり、臨戦態勢が整っているのである。そのため、ひとたび危機が起こるや、大統領の命令一下、国民が総動員する。
ニューヨークでの感染拡大の背景
逆に失敗例は、アメリカである。アメリカは、正式名称を「アメリカ合衆国」と言うように、50州からなる「合衆国」である。それぞれの州の権限が強大で、州兵組織まであるほどだ。
しかも、現在の大統領は、「地球環境に優しくない」言動を繰り返しているゴジラのようなドナルド・トランプである。この「怪物大統領」に最も強い抵抗を見せてきたのが、ニューヨーク州とカリフォルニア州だった。共に東西の民主党の金城湯池である。
現在、最も深刻な事態に陥っているニューヨーク州は、財政が豊かで、かつトランプ共和党政権に対する反発もあって、当初はニューヨーク州の力だけでコロナ問題を解決しようとした。ところがウイルスの猛威に、ニューヨーク州の医療設備が対応できず、ギブアップせざるを得なくなった。アンドリュー・クオモ州知事は毎日午前11時から記者会見を開いて頑張っているけれども、どうにもならない。
そのうち、ウイルスは全米に広がり出し、株価は急落。底値をつけた3月23日には、ダウ平均が1万8591ドルと、トランプ大統領の就任時(2017年1月20日)を大きく割り込んだ。
また失業者も、とてつもない数に上っている。アメリカ労働省は4月9日、過去3週間の失業保険の申請者数が1600万人を超えたと発表した。リーマン・ショック後のピーク時も、一週間で66万件が最高だから、これは1929年の世界恐慌ペースだ。
このため、まるで対岸の火事のように高をくくっていたトランプ大統領も、このままでは秋の自分の再選が危うくなることを悟って、3月13日には国家緊急事態を宣言した。そして3月27日には、アメリカで過去最大となる2兆ドル(約220兆円)規模の景気刺激策法案に署名した。
だが、ニューヨークは自身の故郷であるにもかかわらず、4月14日現在、ただの一度も同州の病院などを慰問に訪れていない。「どうせ何をやってもニューヨークは民主党の基盤だから」と思っているのではないか。
クオモ知事も会見で、州民には口を酸っぱくして様々なことを訴えているけれども、トランプ大統領に直訴するためホワイトハウスには行っていない。同じニューヨーク人ではあるけれども、互いに顔を見るのも嫌なのではないか。
このように、ニューヨークで感染が拡大した背景には、「中央vs.地方」の対立の構図があるのである。
バージョンアップした蔡英文政権
「国家の胆力」の二つ目の要素は、IT(情報技術)とAI(人工知能)を駆使する能力である。
ITとAIの活用に成功している国と地域は、感染のピークを、比較的早期に食い止めることができている。アジアで言うなら、中国、台湾、香港、韓国、シンガポールが「合格点」だ。
逆に、欧米の先進国は、100年、200年という技術の蓄積があるがために、かえって最新のITとAIの技術が浸透していない。これは経済用語で言う「Leapfrog現象」だ。つまり、先進国で何十年も前に建ったビルに最新技術を継ぎ足していくよりも、発展途上国の更地に最新技術を備えたビルを建てた方が、先進的なものができるという論理だ。
スマートフォンを発明したのはアメリカだったが、それにAIを組み込んだアプリを応用し、発展させたのは東アジアだった。今回のコロナウイルスの災厄で、そうしたIT+AIの技術が、東アジアにおいて感染防止に、いかんなく発揮されたというわけだ。
具体例を挙げれば、中国は「健康グリーンカード」なるものを国民のスマホに搭載させた。4月8日に武漢が解放された時、中国のある関係者に「武漢は本当に大丈夫なのか」と聞いたところ、こう答えた。
「武漢にいた900万人のビッグデータを綿密に解析した結果、問題ないと結論づけた。今後、『健康グリーンカード』を持った武漢人が中国全土に散らばっても、彼らの詳細なデータを把握できるので大丈夫だ」
つまり、武漢解放を可能にしたのはAI解析による「科学」だというのだ。
同様に、韓国は詳細な「感染者位置情報」をスマホで適宜、公開することによって、健常者が感染者に接近しないようにした。こうした結果、例えば4月12日の新たな感染者数は32人で、同日の日本の感染者数743人の4.3%にすぎない。韓国はこのご時世に、15日に全国で総選挙を実施するというのだから驚きだ。
また、台湾もコロナウイルス対応では、並々ならぬ「胆力」を示している。私は1月に総統選挙の取材で台湾へ行き、新著『アジア燃ゆ』で詳述したが、そこで見たのは蔡英文民進党政権の「進化」だった。
2000年に民進党が初めて台湾で政権を取った時は、その主張に実行力が伴っていなかった。だが20年を経た現在、民進党はしなやかかつ老獪になり、加えてITとAIを駆使した先端技術も「搭載」した。
今回のコロナ騒動では、バージョンアップした蔡英文政権は、いち早く「マスク配給制」を実現。他にも、病院情報の詳細なアプリとか、韓国同様の感染者位置情報アプリなどを、次々に展開していった。
その結果、4月12日現在で、台湾の累計の感染者数は385人と、日本の一日の感染者数の半数強にすぎない。そして、やはりこのご時世というのに、4月12日には台湾プロ野球が開幕した。
東京は第二のニューヨークになるか
さて、そうした中で、日本である。日本は4月9日に、緊急事態宣言が発効した。いまや深刻な顔がすっかり定着した感のある安倍晋三首相が、8日夜、1時間余りにわたる記者会見を行って、緊急事態を宣言した。コロナ危機の「津波」が、4月に入って、ついに日本にも襲ってきたのだ。
それでは、国家の「胆力」を示す日本政府のリーダーシップ、及びIT&AIの活用能力はどうか。
まず、日本政府と地方自治体の関係は、微妙である。日本は一応、中央集権国家ということになっているが、47の地方のトップである都道府県知事の権限も強大である。
例えば、日本政府と東京都の関係を見ると、安倍首相やその側近たちと小池百合子都知事の関係は、明らかにぎくしゃくしている。ある首相官邸関係者は、小池都知事をこうこき下ろした。
「小池は安倍総理を、3度も裏切っている。一度目は、2007年の第一次安倍内閣で防衛大臣を務めていた時。二度目は、2016年に勝手に東京都知事選に出馬した時。三度目は、2017年の衆院選の『クーデター未遂』だ。だから本来なら、今年7月の都知事選挙で強力な自民党公認候補を擁立し、小池を永久に葬ってやるつもりだった。
それが降って沸いたようにコロナ騒動が起こって、小池が息を吹き返した。自民党が公認候補擁立を断念したことで、事実上の小池続投が決まった。いま小池が連日、パフォーマンスを繰り広げているのは、7月の都知事選挙用というより、次期首相を狙い始めているからだ。都知事選を過去最多得票数で勝ち抜き、それをテコに、一度は諦めた首相の座を再び獲ろうということだ。
その野心がミエミエだから、安倍政権としては、コロナは退治したいが、小池の得点には絶対にさせたくない」
こうした話を聞くと、何となくトランプ大統領とクオモ知事の「冷たい関係」を髣髴させるのである。すなわち、「東京は第二のニューヨークになるのではないか」との懸念が沸いて来るのだ。
日本はいまだ20世紀
第二に、ITとAIをコロナ防止に活用する点である。日本は20世紀にはアジア唯一の先進国だったが、21世紀に入って、前述のLeapfrogによって、ITとAIの発展が出遅れてしまった。
そのため日本では、スマホを駆使したコロナウイルスの対策も、アジアの周辺国・地域に較べて、大きく劣っている(北朝鮮を除く)。
そもそも、日本政府がマイナンバーの発行を始めたのは2016年のことで、今年1月現在の統計でも、国民の14.9%しか持っていない。政府が国民を把握できていないのに、的確かつ早急な対策を打てるはずもないのだ。
4月1日のエイプリルフールの日に、安倍首相が「国民にマスク2枚を配る」と宣言した時、アメリカのブルームバーグ通信が「アベノミクス」をもじって、「アベノマスク」と酷評した。この時、私がある外国メディアの東京特派員に感想を求めると、「アホノマスク」と、さらに悪辣に酷評していた。続いて、「日本はいまだに20世紀なんですね……」。
ともあれ、日本は政府のリーダーシップも心もとなければ、IT&AIの活用も心もとない。すなわち国家としての「胆力」が乏しく、本格的に襲ってきつつあるコロナウイルスとの戦いに、悲観的にならざるを得ないのである。
せめて国民が賢くなって、自己防衛を心がけるしかないのかもしれない。