「ススキノ頭部切断事件」精神科医・容疑者父の“精神鑑定”は正しくできるのか 鑑定医に見解を聞いた(AERA dot.) - Yahoo!ニュース
「ススキノ頭部切断事件」精神科医・容疑者父の“精神鑑定”は正しくできるのか 鑑定医に見解を聞いた
9/2(土) 9:32配信
AERA dot.
元精神科医の田村修容疑者
札幌市・ススキノのホテルから、頭部を切断された男性(62)の遺体が見つかった事件で、田村瑠奈容疑者(29)と、父の修容疑者(59)、母の浩子容疑者(60)が殺人などの疑いで逮捕されているが、8月28日、3人の鑑定留置が始まった。しかし、修容疑者は元精神科医。精神医学のプロに対し、精神鑑定は正しく機能するのだろうか。豊富な鑑定経験を持つ、つきじ心のクリニックの榊原聡院長に見解を聞いた。
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そもそも精神鑑定とは、何をどうやって調べるものなのか。
これまで60件ほどの鑑定実績を持つ榊原院長によると、まず鑑定医は「被告が責任能力に関わる精神疾患を持っているか」を見極めるという。
「代表的な疾患は、統合失調症ですね。15年くらい前までは、統合失調症の診断がついた瞬間、責任能力なしと判断されました。でも今は、『幻聴や妄想に支配されたがゆえの行動だったのか』など、病気が犯行に影響を与えたのか、責任能力はあるのか、というところまで鑑定します」
また鑑定では、疾患だけではなく、被告の知能や性格についても調べる。
知能は、「低いかどうか」がポイントになる。一般的にIQが70以下だと知的障害とされるが、たとえば、「知能の低さによって衝動のコントロールが難しく、その結果万引きをした」と認められれば、減刑の対象となる。榊原院長によると、「裁判官はすごくIQを気にする」ため、WAIS-IIIやWAIS-IVといった標準的な知能検査を行い、知能と犯行の関連性を検討するという。
性格についても、たとえば人の気持ちが分からないサイコパス気質や、高い攻撃性などが認められれば、犯行に及んだ背景として加味できる。また、「非常に温厚」という結果が出ても、それはそれで「犯行時に性格が豹(ひょう)変した」可能性を示すことになり、何か精神疾患があったのか、それだけの強い動機があったのか、という観点で犯行の理由を探っていく。
性格検査の代表的なツールは、ロールシャッハ試験だ。インクの染みを見せて、何に見えるか答えてもらう。
「ロールシャッハ試験は100年の歴史があり、『こういう答えをする人はこういう傾向』という経験値が積みあがっている。うたぐり深い、被害妄想の傾向がある、くよくよしやすい、などの思考パターンを判定できます。統合失調症だと、『ここに妖精がいる』というような奇妙なことを言う場合がありますね。逆に常識的なことしか言わないと、『心の奥底を隠している』と判断されることがあり、どう答えても何かしらの所見がつきます。あくまで“傾向”なので絶対に正しいとは限りませんが、参考にはします」
疾患や知能、性格にとどまらず、面接によって「犯行当時の精神状態」を明らかにすることも鑑定医の役割だが、相手が“患者”ではなく“被告”である以上、一筋縄ではいかないケースも多い。「正直に話すことで裁判で不利になるかも」とうそをついたり、もはや何もしゃべらなかったりする人もいる。
そこで鑑定医は、面接の質問にさまざまな工夫をこらす。
「たとえば、時期をずらして同じ質問をすることがあります。前と言っていることが違ったら、本人の話のほころびに気づけます。あとは詐病を見抜くための質問もあります。公になってはまずいので詳しく話せませんが、たとえば統合失調症のふりをしていないか確認するために、『一般の人には統合失調症の症状っぽく見えるけど、実際はありえない症状』があるか尋ねて、『ある』と言われたら、詐病の可能性が高いと判断します」
では、札幌遺体切断事件ではどのような鑑定が行われるのか。逮捕された容疑者3人は、来年2月28日までの半年間、精神鑑定を受けることになっている。6カ月という鑑定期間について、榊原院長はこう分析する。
「殺人のような重大事件の場合は基本的に精神鑑定が行われますが、2~3カ月が一般的なので、異例の長さですね。今回、娘の瑠奈容疑者は、引きこもりで社会から隔絶されていた一方、親子関係は異常なほど濃かったと報道されています。殺害に至った経緯を把握するには、家族3人の関係を含めて慎重に調べる必要があると判断されたのでしょう」
鑑定期間中は、拘置所や病院に留置され、外出の自由はない。鑑定についての専門的な知識やスキルを持つ精神科医は全国で100人ほどしかおらず、多くの医師は病院での診察業務と掛け持ちのため、鑑定が行われるのは週に1回ほどだという。
今回の鑑定でネックとなるのは、瑠奈容疑者の父親の修容疑者が、元精神科医ということだ。榊原院長は、「地元の権威である北海道大学の医師が担当するはず」と推察するが、それでも同じ精神科医だけに手の内がわかってしまい、正確な鑑定ができなくなる恐れはないのだろうか。
「もし修容疑者に精神鑑定の専門知識があれば、『今の質問はこれを確認しようとしているな』とか、逆に『なんでこの質問を聞いてこないんだ』と思われてしまい、鑑定医もやりづらいでしょうが、一般の精神科医であればそこまでは分からないと思います。通常の精神科の診察は、患者の“今”の状態にアプローチしますが、鑑定の場合は“過去のある時点”にさかのぼり、当時の心の様子を再現する。同じ精神科医と言えど、鑑定医の手法はかなり特殊なのです」
しかし、精神疾患の知識が豊富だからこそ、巧みに“詐病”ができる可能性はある。だからこそ、逮捕前に勤務していた病院での仕事ぶりなど、周囲の証言が重要な意味を持つという。
さらにもうひとつ、修容疑者を鑑定するうえで注意すべき点がある。
「修容疑者は、病院では精神科科長を務めていて、疾患を患っていたとは考えづらい。この事件は、病気ではなく、親子間の人間関係の問題によって引き起こされた可能性が高いと思います。人間関係というのは、精神医学よりも心理学の領域に入ってくるので、心理士に入ってもらってサポートを受けるのではないでしょうか」
半年後、担当鑑定医はどのような結論を出すのだろうか。
(AERA dot.編集部・大谷百合絵)
大谷百合絵