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---------- 朝ドラ『らんまん』の主人公・槙野万太郎のモデルとして注目をあつめる牧野富太郎。
【写真】牧野富太郎が対抗し続けた矢田部教授の写真
彼は日本の植物学を独力で切りひらいた天真爛漫な植物学者でした。
幼いころから植物をひたすら愛し、その採集・分類に無我夢中。 ひたむきに研究に没頭しつづた「日本の植物学の父」が採集した標本は、なんと60万点、命名した植物は2500あまり。 こんな牧野の研究生活は順風満帆とはいかず、じつは苦労の連続でした。 つぎつぎと新種の発表したりなど大活躍を見せる一方で、植物学教室の矢田部良吉教授との摩擦が生じ、ぶつかりあってしまうのでした…。 独特の牧野節でつづった波乱万丈な「わが半生」(『牧野富太郎自叙伝』所収)を一部抜粋、編集しながら紹介します。 ----------
時の権威・帝大の矢田部教授との出会い
矢田部良吉(『創立六十年』 東京文理科大学)
私の長い学究生活は、いわば受難の連続で、断えず悪戦苦闘をしながら今日に来た。
私は土佐の出身で、学歴をいえば小学校を中途までしか修めないのであるが、小さい時から自然に植物が好きで、田舎ながらも独学でこの方面の研究は熱心に続けていたのである。
それで明治17年に東京へ出ると、早速知人の紹介で、大学の教室へ行ってみた。
時の教授は矢田部良吉氏で、松村任三氏はその下で助手であった。
それで矢田部氏などに会ったが、何でも土佐から植物に大変熱心な人が来たというので、皆で歓迎してくれて、教室の本や標品を自由に見ることを許された。
それから私は始終教室へ出かけて行っては、ひたすら植物の研究に没頭した。
その当時、日本にはまだ植物志というものが無かったので、一つこの植物志を作ってやろう──そういうのが私の素志であり目的であった。
もっとも当時は植物学が今のように発展せぬ時代だから、そんな物を出版したところで売れはしない。
で出版を引受ける書店のあろう筈もないので、自費でやることを決心し、取敢えず『日本植物志図篇』という図解を主にしたものを出版した。
勿論薄っぺらなものではあったが、連続して6冊まで出した。
大学の教室へ行って、そこの書物や標品を参考にしていたことはいうまでもない。
しかるにこの時になって、矢田部博士の心が変わって来た。
ある日、博士は私に対[むか]って「実は今度自分でこれこれの出版をすることになったから、以後、学校の標品や書物を見ることは遠慮してもらいたい」 こういう宣告を下された。
横綱との名誉な取組
大学からみれば、私は単なる外来者であるから、教授からこういわれてみれば、どうしようもないが私は憤慨にたえないので、矢田部博士の富士見町の私宅を訪ねて、
「今、日本には植物学者が大変少ない。だから植物学に志す者には、出来るだけ便宜を与えるのがわが学界のためである。且[か]つ先輩としては後進を引立てて下さるのが道であろうと思う。どうか私の志を諒として、今までのように教室への出入りを許していただきたい」
そういって、大いに博士を説いてみたが、博士は肯[うべな]ってはくれなかった。
大学の矢田部教授と対抗して、大いに踏ん張って行くということは、いわば横綱と褌担[ふんどしかつ]ぎとの取組[とりくみ]のようなもので、私にとっては名誉といわねばならぬ。
先方は帝国大学教授理学博士矢田部良吉という歴とした人物であるが、私は無官の一書生に過ぎない。
その時、今は故人となられた杉浦重剛先生に御目にかかってこの矢田部氏の一件を話すと、先生も非常に同情して下すって、
「それは矢田部君が悪い。そんな事をするなら、一つ『日本新聞』にでも書いて、懲らしてやるがよい」
またある時、矢田部氏の同僚である菊池大麓博士にこの事を話したところ、
「それは矢田部が怪[け]しからぬことだ」
と、私に大変同情して下すったこともある。
こうした苦難の間にも、私はとにかく矢田部氏に対抗しつつ、出版を続けて11冊まで出した。
ところが、この頃になって、郷里の家の財産が少しく怪しくなって来た。
あっけない結末…
私はこれまでの生活費だとか、書籍費だとか、植物採集の旅行費だとか、また出版費だとか、すべて郷里からドシドシ取寄せては費っていたので、無論そういつまでも続く筈はなかったのである。
それで郷里からは一度帰って整理をしてくれといって来るので、やむなく私は二十四年の暮に郷里へ帰った。
整理をすませたら、また出て来て今度は大いに矢田部氏に対抗してやる考えであった。
ところが、私が郷里へ帰ったあとで、矢田部氏は急に大学を罷職になってしまった。
もとより私との喧嘩が原因したわけでなく、他に大いなる原因があったのであるが、とにかく当面の敵が大学を退いてみると、また多少の感慨がないこともなかった。
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さらに、「15人大家族、そしてドンドン積みあがる借金の山。苦悩する『らんまん』モデル植物学者を支えた存在」(4月12日公開)では、権威とのぶつかり合いだけにとどまらない困窮との闘いについて詳しく紹介します。 ----------
学術文庫&選書メチエ編集部