>高齢化が進み、鉄道の駅がなく「陸の孤島」とも呼ばれる鳩山町がなぜトップ
日本一幸せな街」に選ばれた鳩山町、埼玉の“陸の孤島”がなぜ
5/18/2022
建設大手大東建託(東京)が3年間の大規模調査で全国の50万人以上から「幸福だと思うかどうか」を10段階で聞いた。すると、幸福度が最も高かったのは埼玉県鳩山町民たちという結果に。高齢化が進み、鉄道の駅がなく「陸の孤島」とも呼ばれる鳩山町がなぜトップ=「最も幸せな街」に選ばれたのか。背景には健康寿命を延ばすための10年以上に及ぶ取り組みがあった。(共同通信=須田浄)
>大東建託の宗健賃貸未来研究所長(57)によると、そもそも住む場所や建物は幸福度に大きな影響は与えないという。その上で鳩山町を「バブル期を生き抜いた町民が幸せに老後を過ごしている街」と分析する。
▽「街の幸福度ランキング」とは 調査は2019~21年に実施し、全国47都道府県1883市区町村に住む20歳以上の男女約52万人が回答した。「非常に幸福だと思う」から「非常に不幸だと思う」まで10段階で評価してもらい、50人以上から回答があった1237市区町村を対象に、平均点でランキングを作成した。
調査票はインターネット経由で配布、回収した。各自治体の人口0・3~0・6%から回答を得ており、自治体の規模や回答数で結果に偏りが出ないよう、統計処理がされている。
▽鳩山町はどんな街?
鳩山町は東京都から車で約1時間の県中部に位置する。自然豊かなベッドタウンとして発展し、人口は約1万3千人だ。町内には大型スーパーマーケットが2店舗あり、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の研究施設もある。
高齢化率は45・5%(22年4月1日現在)と全国平均の29・1%(21年9月15日現在の推計)より高いが、
自立して日常生活を送れる「健康寿命」は19年現在で男性84・16歳、女性86・12歳といずれも近年の全国平均より大幅に長い。
▽健康な高齢者が多い秘密
健康な高齢者が多いのはなぜか。鳩山町は09年から、東京都健康長寿医療センターとの共同研究などにより、健康長寿の秘訣を「運動、栄養、社会参加」と分析し、健康寿命を延ばすための取り組み「鳩山モデル」を推進してきた。
連携協定を結ぶ大東文化大スポーツ健康学部(埼玉県東松山市)が町民向けに筋力トレーニング教室を開き、女子栄養大(埼玉県坂戸市)が食生活改善のためのセミナーを開催。町民の有志が「健康づくりサポーターの会」を組織し、町内4カ所で健康教室を毎週開き、30~100人が集まって筋トレなどに継続して取り組んでいる。
活動は実を結び、20~21年の町民意識調査では7割が「幸福と感じている」と回答した。
▽調査した大東建託の分析は
大東建託の宗健賃貸未来研究所長(57)によると、そもそも住む場所や建物は幸福度に大きな影響は与えないという。その上で鳩山町を「バブル期を生き抜いた町民が幸せに老後を過ごしている街」と分析する。
町民の約半数は、1970年代から開発された高級住宅地「鳩山ニュータウン」に住む。収入が多かった住民が子育てや住宅ローンの支払いを終え、十分な年金を得ていることが高い幸福度の背景だと指摘する。
▽住民は「理想の環境」
実際の町民の声はどうか。
ニュータウンに約40年暮らす酒井貞次さん(96)は、背筋をまっすぐに伸ばし、90代とは思えないしっかりとした足取りで歩く。毎月床屋で整える髪形も爽やかだ。「自然の中で暮らすのが夢」と都内から移り住んだ。昨年9月に93歳で妻を亡くすまでは、一緒に毎朝1時間以上、自然の中を散歩するのが生きがいだった。2人の子どもは独立し、県内に住む長男が毎週会いに来る。
筆者が「幸せですか」と尋ねると、
「おかげさまで子どもにも恵まれ、自分としては満足です」と満面の笑みだ。健康の秘訣は「運動と気配り。ぼうっとしていないで何にでも関心を持つこと」と教えてくれた。生涯学習の講座を積極的に受け、知識のアップデートにも余念がない。「陸の孤島」と呼ばれても、「若い世代には交通の便が悪いかもしれないが、私たちの世代には理想の環境です」
▽町民を支える「鳩山町デマンドタクシー」
鳩山町は22年4月末の時点で09年からの「交通死亡事故ゼロ」が継続中で、県内では「ゼロ」が最も長く続く自治体となっている。安全で便利な街づくりのために力を入れているのが、高齢者が利用しやすいタクシーの整備だ。
酒井さんは家族の勧めで昨年12月に免許を返納した。現在の移動手段は、町内であればどれだけ乗っても200円の「鳩山町デマンドタクシー」。09年に運行を開始し、今年3月末までは利用料100円だったが、気軽に乗れる価格であることに変わりはない。町民から予約の電話が鳴ると、AIが4台のタクシーの位置から迎車時間を瞬時に計算し、オペレーターが手配してくれる。町外の病院などへの運行便もある。酒井さんは月に2~3回利用するが「いつも正確なんですよ」と驚く。
▽
町長、「生きがい持てる生活を」
自宅の庭から肉眼でも星がよく見えるため、天体観測が趣味の小峰孝雄町長(64)は、デマンドタクシーを公約に08年に就任し、高齢化を見据えた健康づくりを町政運営の柱に据えてきた。「鳩山モデル」の生みの親は、大東建託の調査結果を「リタイアした団塊の世代が、思い描いた老後を過ごせているのでは」と分析する。
小峰町長は町政を14年間率いた経験から、「健康寿命を延ばすには、生きがいを持って生活するための社会参加が大切。結果として介護費用の抑制につながることが分かってきた」と明かす。
江戸時代初期から8代にわたり鳩山町に暮らしてきたこともあり、「生まれ故郷をより良い街にしたい」という思いは衰えない。待機児童ゼロを04年度から継続中で、今後は高校までの医療費無償化などを目標に掲げる。
「高齢者だけではなく、若い世代も幸せを感じる街づくりに挑戦したい」