喫煙や放射線は直接の原因ではない」ヒトががんになる"最大のリスク因子"
がんの唯一で最大のリスク因子は年齢だ。私たちがどれだけ健康的な暮らしをするよう心がけても若返ることだけはぜったいない。このまま平均寿命が延び続ければ、全員ががんになる時代が来るかもしれない。
仕事の視野を広げるには読書が一番だ。書籍のハイライトを3000字で紹介するサービス「SERENDIP」から、プレジデントオンライン向けの特選記事を紹介しよう。今回取り上げるのは『ヒトはなぜ「がん」になるのか』(河出書房新社)――。
1・27・2022
がんは「エラー」が積み重なり、進化したもの
長らく「不治の病」として恐れられ、治療法、予防法などが研究されてきた「がん」。その最新の成果によると、がんは化学物質や喫煙、放射線などの外的要因による直接作用で生じるものではなく、生まれてから成長の過程で不可避的に起こるエラーが積み重なり、体内で「進化」したものなのだという。
どのように進化するのだろうか。
本書では、世界のがん研究の歴史に触れながら、人ががんを患う理由、体内でがん細胞がどのようなメカニズムで「進化」していくのか、治療法や「がんとの付き合い方」などについて、数々の研究・実験などのエビデンスをもとに詳細に解説している。
がんの進行は自然界の生物進化の縮図であり、がん細胞は体内の環境に適応して突然変異を繰り返すことで、その勢力を広げ、転移していく。そのため、治療にあたっては体内のがん細胞の勢力をコントロールする「適応療法」が有効であることがわかってきている。
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がんの唯一で最大のリスク因子は「年齢」
がんが始まるのは、一定数の変異を拾った細胞が無秩序に増え出すときではない。細胞が、多細胞社会のルールを守らなくても生きていけるような変異を拾い、環境への適応度が上がって周囲の細胞より増えるようになったとき、がんが始まるのだ。疲れて管理がおろそかになった環境にうまく適応した不良細胞は、生存と増殖を有利に展開し、がんになる道を歩みはじめる。
がんの唯一で最大のリスク因子は年齢だ。私たちがどれだけ健康的な暮らしをするよう心がけても若返ることだけはぜったいない。このまま平均寿命が延び続ければ、全員ががんになる時代が来るかもしれない。
写真=iStock.com/Halfpoint
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裏切り細胞の出現をできるだけ長く阻止するために細胞組織を若く美しく保つ方法を見出すには、もっと多くの研究が必要だ。5年か10年、老化を遅らせるだけで大きな効果がある。20年以上遅らせることができたら、大転換となるだろう。
害虫「コナガ」対策から得られたヒント
腫瘍というのはどれも、同じがん細胞でできているのではなく、遺伝子的に少しずつ違うがん細胞集団(クローン)の寄せ集めであり、その一部が転移しやすい変異をもつクローンだったり、治療に抵抗しやすい変異をもつクローンだったりする。
フロリダ州にあるモフィットがんセンターのロバート(ボブ)・ゲイトンビーは、100年以上前から農家を悩ませていた害虫、コナガがすべての農薬に耐性をつけてしまったという記事を読んだとき、これはがんをめぐる状況と同じだと気がついた。
コナガが農薬に耐性をつけてしまう問題に対し、農家は数十年前から「総合的害虫管理」という方法をとってきた。害虫の群れには遺伝子的に多様な集団が交ざり合っている。農薬に屈しやすい集団もあれば、農薬に耐性をもつ集団もある。
そうした群れに大量の農薬を浴びせると、農薬に屈しやすい集団は全滅し、農薬に耐性をもつ集団だけが生き残ってライバルのいなくなった生息地で好きなだけ繁殖する。一方、農薬の量を少なくすれば、農薬に屈しやすい集団がそれなりに残って、耐性をもつ集団が増えすぎないよう抑制してくれる。
がんにも同じことが言えるのは明白だ。ゲイトンビーは、腫瘍内にはいつも(*がん治療薬が効かない)耐性細胞がいる、という前提からスタートすることにした。その耐性細胞は、増殖スピードが遅いので増えすぎることはなく目立たない。しかし、薬に反応するがん細胞が全滅すればそのあとを埋めるように勢力を広げるだろう。
薬剤耐性細胞を抑制し続ける「適応療法」
この場合、薬を最大耐用量にするのではなく逆に低用量にして、薬に反応するがん細胞の量をある程度保ち、そのがん細胞に耐性細胞を抑制させたほうがいい。薬に反応するがん細胞が増えすぎたら、薬を増やして以前と同じバランスに戻す。ゲイトンビーはこの方法を「適応療法」と呼ぶ。
キャット・アーニー『ヒトはなぜ「がん」になるのか』(河出書房新社)
ゲイトンビーらのチームは、ラボ実験で得られた測定値をもとに、薬の効く細胞と耐性細胞の増殖スピードと、薬投与による勢力争いの変化を法則化する一連の数式を考案した。その数式を使って、薬を与えたとき、その2集団がどれだけ拡大または縮小するかを仮想シミュレーションし、薬の用量と適切な投与タイミングを割り出した。
適応療法は、薬剤耐性細胞の集団を患者の体内でコントロールしてがんを安定させるのが目的だ。耐性細胞はいつも存在し、増殖している(かなりゆっくりではあるが)。その耐性細胞の集団がいつなんどき優勢になってもおかしくない状態だが、ゲイトンビーの数学モデルによれば、治療回数20期ほどまではバランスを保持できそうだという。
根絶が無理なら、がんを同じ円の上をぐるぐると回らせ続けよう。観察し、待ち、薬で治療し、観察し、待ち、薬で治療する……これを場合によっては数十年続ける。この方法はこれまで私たちが追い求めてきた「完治」のイメージとは違うかもしれないが、それでもかなり似たものになるだろう。
コメント by SERENDIP
たとえばオセロゲームで、序盤に相手のコマを返しすぎると、終盤に大逆転を許すことがある。相手の残りコマが1~2個まで追い詰めながら、結果として大敗を喫するのは、ひっくり返す対象の相手のコマがなくなり、逆に相手が返すことのできる自分のコマを大量に残しているからだ。序盤は大量にひっくり返すチャンスがあったとしても我慢し、ある程度相手のコマを残しながら、自分が優位になるようなコマの配置を探っていくのが必勝法の一つだ。本文にあるがんの「適応療法」も、これと似た考え方なのだと思う。社会や組織についても同様に、少数の「異分子」「非主流派」「反対派」などを排除せず、多様性を維持することがレジリエンスを高めることにつながるのだろう。