100歳まで生きる人に共通する性格傾向、なってはいけない疾患は? 慶應大・百寿総合研究センター長が明かす
>その慢性疾患を病気別に見てみると、百寿者における糖尿病の有病率は6.0%で、一般の高齢者の3分の1程度と非常に低かった。また、がんや脳梗塞といった致死率の高い疾患の罹患率も比較的低い
>五つの性格要素を分析。すると、百寿者は誠実性と外向性が高い水準にある
>百寿者は総人口の1600分の1いますが、超百寿者は2万分の1とガクンと少なくなり、極めて稀少な集団です。スーパーセンチナリアンに至っては90万分の1にまで減ります。
>超百寿者は、心臓と腎臓、そして全身を巡っている血管、この三つの機能の衰え方が非常に緩(ゆる)やかである
>百寿者の心の中で幸せを感じるレベルが自然と変わっていくのだと思います。動けないなら動けないなりの楽しみを見出しているのでしょう。
人生100年時代、どうせ長生きするのなら死ぬまで元気でいたい。そんな願いを実現すべく、慶應義塾大学医学部「百寿総合研究センター」は、30年間にわたって健康長寿を研究し続けてきた。
「百寿者」の秘密、そして「超百寿者」の謎。「100歳の壁」に迫る。
【新井康通/慶應大学医学部「百寿総合研究センター」センター長】 【写真を見る】
「百寿の秘密」を研究する慶應大学病院 ***
人生100年時代を迎え、「百寿」を夢ではなく現実のものとして捉える方が増えてきていると思います。なんとか100歳まで元気で健康に生きたい。そう願い、日々、心身の健康を良好に保とうと頑張っている方も少なくないでしょう。
しかし、もし「百寿者(センチナリアン)=健康長寿のお手本」というイメージを持っているとすれば、それは必ずしも正しい百寿者像ではありません。なぜなら、私たちが共同で行った研究では、百寿者の中でADL(日常生活動作)が高く、自立している方は全体の2割にとどまっていたからです。
〈こう解説するのは、慶應義塾大学医学部百寿総合研究センターのセンター長を務める新井康通(やすみち)教授だ。
老年医学や百寿者研究を専門とする新井教授が属する慶大および同大病院は、1992年以来、30年にわたって百寿者の研究を続けてきた。2014年に正式に組織化された百寿総合研究センターが積み重ねてきた知見のひとつが、「百寿者=健康長寿のお手本」という“常識”に関する意外な真実である。〉
百寿者は30年で20倍
〈慶大が百寿者研究を始めた92年の平均寿命は男性76.09歳、女性82.22歳。それが最新のデータでは男性81.47歳、女性87.57歳にまで延びている。
百寿者の数も92年には4152人だったものが、2021年の厚労省の発表によると8万6510人と、実に20倍超に増えている。
確実に長寿化している日本人。だが、「スーパーセンチナリアン」と呼ばれる110歳以上の人数は、2010年の78人から15年には146人と倍増したものの、20年には141人と減っている。
奥深き100歳超の世界――。
新井教授が30年にわたる研究史と、その知見を続ける。〉
「100歳の人なんか調べてどうするの?」
〈きんは100歳、100歳。ぎんも100歳、100歳。ダスキン呼ぶなら100番、100番〉
広瀬信義元特別招聘教授が中心となって慶應大学が百寿者研究を始めた1992年は、このCMが話題を呼び、「きんさん、ぎんさん」が新語・流行語大賞を受賞した年です。「100歳姉妹」が大注目を集めていたわけです。私はその3年後から研究チームに加わることになります。
とはいえ、まだまだ世間全体では、百寿者の存在は身近なものではありませんでした。学内でも私たちの研究への関心は非常に薄かったですし、他分野の研究者からは、「君たち、100歳の人なんか調べてどうするの?」と言われたこともあります。正直に言って、百寿者研究に対する視線はかなり冷ややかなものでした。当時はやはり、百寿は「夢」であり、「我が事」として捉えるのは難しかったのでしょう。
当時は名簿から百寿者を探して手紙を
広瀬先生を中心とした百寿者研究グループの特徴は、医学にとどまらず心理社会学、栄養学、遺伝学など、さまざまな分野の専門家が集まり、多角的な視点から100歳以上の方々の研究を行った点にありました。そこに魅力を感じて私も一員として加わったわけですが、当時は細々と研究を進めていたというのが実情です。
その頃は厚生労働省が「全国高齢者名簿」をまだ出していたため、それをもとに百寿の方々に手紙をお送りし、研究への協力に快諾していただけた場合、血液検査と簡単なインタビューをさせてもらう。対象者は年間20~30人程度にとどまっていました。
97%が慢性疾患
私たち慶應の百寿者研究グループにとって転機となったのは、2000年から02年にかけて、東京都の健康長寿医療センターと共同で行った「東京百寿者研究」でした。住民基本台帳をもとに、東京23区に住んでいる百寿者にアンケートで514人、実際に訪問したのが304人と、飛躍的に多くの百寿者を調査することができた。そして、この東京百寿者研究から、百寿者に関するさまざまな特徴が浮かび上がってきたのです。
その一つが、冒頭で紹介した話です。私たち自身も、調査を行うまでは百寿者は他の方と比べて病気になりにくいのであろう、だからこその百寿なのだと考えていました。ところが調査の結果、実際は百寿者の97%が何らかの慢性疾患を抱えていることが分かった。つまり、百寿者といえども病気と無縁ではいられなかったのです。
百寿者の性格傾向とは?
ただし、その慢性疾患を病気別に見てみると、百寿者における糖尿病の有病率は6.0%で、一般の高齢者の3分の1程度と非常に低かった。また、がんや脳梗塞といった致死率の高い疾患の罹患率も比較的低いことが分かりました。
さらに遺伝的な傾向としては、百寿者はアポリポタンパク質E4(ApoE4)という遺伝子を保有している方が少ないことも明らかになりました。ApoE4はアルツハイマー病のリスクが高まる遺伝子として知られています。このことから、百寿と認知症には何らかの関係があると推察されます。
そして東京百寿者研究では、百寿者の性格傾向も調査し、やはりある特徴が見られました。具体的には、開放性、誠実性、外向性、協調性、神経症傾向と、「ビッグファイブ」と呼ばれる五つの性格要素を分析。すると、百寿者は誠実性と外向性が高い水準にあることが分かったのです。
誠実性が高いということは、責任感があり、勤勉で真面目であることを意味します。つまり百寿者は、自らを律する力が強く、決まり事をしっかり守る方が多いといえる。おそらく、医師からの指示や薬の用量・用法を厳守し、朝は6時に起きて夜10時には必ず寝る、運動をルーティンとして行うといったような生活習慣を守ることができるので、自然と長寿につながっているのではないかと考えられます。
高齢者にこそ必要な「コミュ力」
もうひとつの外向性の高さは、要するに人付き合いが良いことを意味します。人の輪の中にちゅうちょなく入っていけたり、コミュニケーションをとったりするのが苦にならない方が、百寿者の中には多かったのです。
例えば平均寿命を超えて90歳になると、同じ年の方々との友だち付き合いはどうしても減り、困難になっていきます。こうした環境で、外向性が高い方は、年下のグループにも積極的に入っていける。そうやって人付き合いを維持し、孤立を防ぐ。その結果、認知機能も高いレベルにとどまることができているのではないでしょうか。
105歳以上は激減
そして何よりも驚いたのは、先に述べたように百寿者でADLが高く、自立している方は2割に過ぎないという調査結果でした。「百寿者=健康長寿のお手本」とは言い切れないことになります。しかも、その後の追跡調査の結果、100歳の時点で自立できている方は、105歳以上まで長生きされる可能性が高いことが分かったのです。
なお、110歳まで到達された方を「スーパーセンチナリアン」、105歳まで到達された方を「超百寿者(セミスーパーセンチナリアン)」と分類していますが、ADLに関する調査結果は何を物語っているのでしょうか。それは、健康長寿の生きる見本としては、百寿者より超百寿者のほうがふさわしいのではないかということです。つまり長寿を分析するには、百寿者研究に加え、「超百寿者研究」が必要となるわけです。
ちなみに、百寿者は総人口の1600分の1いますが、超百寿者は2万分の1とガクンと少なくなり、極めて稀少な集団です。スーパーセンチナリアンに至っては90万分の1にまで減ります。
85歳時点の生活習慣も調査
このように、東京百寿者研究では百寿者のさまざまな特徴・傾向を抽出するのには成功したものの、ではなぜ、そのような特徴・傾向を獲得するに至ったのかは判然としませんでした。そこで、100歳になる少し前の85歳の時点での生活習慣等も調査することになったのです。
なぜなら、百寿の方々は、かつてはいろいろな趣味や運動、社会的活動をされていたケースが多い。それが健康長寿につながっていると考えられます。
しかし、例えば85歳までウオーキングを続けていた方でも、さすがに100歳の頃にはやめてしまっている場合がほとんどです。同時に、100歳になると程度の差はあれ認知機能は衰えていますから、85歳の頃、自分がどんな生活習慣を心掛けていたか、実践していたかを明瞭に記憶されている方も多くはありません。
枝分かれした二つの研究で分かったこと
そこで85歳の方にアンケート調査を行い、その時点での生活習慣などを記録しておく。その後、追跡調査をすることで、結果的にどのような方が百寿者になるのかがはっきりとします。
こうした経緯をたどって、東京百寿者研究以降、私たちは百寿者研究を「超百寿者研究」と「85歳以上の後期高齢者研究」へと枝分かれさせていきました。
枝分かれした二つの研究から、健康長寿のお手本というべき「百寿者以上の方」は、二つのバイオマーカー(指標となる物質)において優れた数値であることが判明しました。
まず、心臓から分泌されるホルモンの一種である「NT-proBNP」の値です。これは心不全の診断に使われる検査数値で、心臓から全身へ血液を送るポンプ機能が低下するほど多く分泌され、数値は高くなります。一般的に、加齢とともにこの数値は高くなっていくのですが、100歳の時点で測定した値を比較してみると、百寿者よりもスーパーセンチナリアンのほうが顕著に値が低かったのです。
アルブミンの濃度が低いほど、死亡率が高い
次に、体内で合成されるたんぱく質の「アルブミン」に関してです。アルブミンは、血液や体内の水分量を調節し、血管内の物質の運搬を助ける役割を果たしています。そして、85歳以上の高齢者1427人の血液データを解析した結果、血液中のアルブミンの濃度が低いほど、死亡率が高いことが分かりました。平たく言うと、85歳以上長生きする方の体内には、アルブミンが多くあるということになります。
これら二つの結果から、こう考えることができるでしょう。
超百寿者は、心臓と腎臓、そして全身を巡っている血管、この三つの機能の衰え方が非常に緩(ゆる)やかである――。
私たちの心臓と腎臓は、互いに密接に協調して血圧や体液などの量を調節し、全身に万遍なく血液を行き渡らせています。そのため、心不全や心筋梗塞などを発症し、心臓の機能が低下すると腎臓の働きも落ちます。逆に、糖尿病や高血圧等で腎臓が弱っていると、次第に心臓の働きも低下していきます。これを「心腎循環システム」と言いますが、このシステムを高い水準で維持すること、すなわちいかに心臓と腎臓の機能を保つか、それが健康長寿につながる道であると考えられるのです。
「老年的超越」
この分析結果を参考にしつつ、誰もが健康長寿を享受できる社会が理想ではあります。しかし、残念ながら現実はそうではありません。繰り返しになりますが、百寿者で自立した生活ができているのは2割に過ぎず、残りの8割は何らかの形で介助・介護を必要としています。
以前の自分と比べて思うように体を動かすことができないと、一般の高齢者は「幸福感」が落ちます。自分は不幸である、悲しいと感じる傾向が強まるわけです。高齢者に限らず、生活上の不自由さが強まれば、幸福感が低下するのはある意味で自然といえるでしょう。
しかし、不自由さを悲観する必要はないのではないかと私は考えています。ADLが低く、必ずしも健康長寿とはいえない状況で、100歳まで生きながらえるのはむしろ不幸なのではないか――そんなふうに考えなくてもいいと思うのです。
なぜなら、百寿の方々は、思うように体を動かせなくても、周りが想像するよりもご自身の中では幸福感が高く保たれているからです。寝たきりの高齢者を見ると、周囲は勝手に「この人、生きていて楽しいのだろうか」などと思ってしまいがちです。ところが、寝たきりの当人にしてみれば、その生活がさして苦ではなかったりするのです。これを「老年的超越」と言います。
「生きる意味」を持てるかどうか
おそらく、百寿者の心の中で幸せを感じるレベルが自然と変わっていくのだと思います。動けないなら動けないなりの楽しみを見出しているのでしょう。若い頃は何か目標を掲げてそれをクリアする達成感が幸福感に結びついていることが多い。ところが百寿者は、それとは違った形で喜びを感じることができる。例えば、介護してくれるヘルパーさんとのつながりの中に幸せを感じるといったような具合に。
もちろん、体が思うように動かない百寿者の中に、「死にたい」「早くお迎えが来てほしい」と訴える方がいないわけではありません。
しかし、「今、幸せですか?」と聞くと、「幸せです」と答える方が多い。「あとどれくらい生きたいですか?」と尋ねられて、「もう十分です」と仰(おっしゃ)る方はまずいません。少し前ですと「東京オリンピックを見たい」、あるいは「ひ孫の結婚式までは」などと、いろいろとできないことが増えていくなかでも、百寿者なりの「生きる意味」をしっかりと見つけているのです。これが、「健康長寿」とはまた異なる「幸せ」の秘訣(ひけつ)なのではないかと考えています。
新井康通(あらいやすみち) 慶應義塾大学看護医療学部教授。1966年生まれ。専門は老年医学、百寿者研究、脂質代謝。100歳以上の高齢者に関する疫学調査や長寿遺伝子等の研究を続けている。日本老年医学会専門医・指導医。現在、同医学部百寿総合研究センターのセンター長を務める。 「週刊新潮」2022年9月8日号 掲載